4 赤い刃の残骸
いち早くその視線に気づいたエルウイが、整った顔の目を鋭く細める。
「生き残りがいたのか」
その言葉に弾かれるように、トレンもまた視線を上層へと移した。
――赤刃兵の、あの白濁した骸骨マスクの眼窩と、目が合った。
瞬間、脳髄の奥で悍ましい記憶の蓋が弾け飛んだ。
隣で穏やかに座り、優しく微笑んでいる少女。
それが次の瞬間には、血まみれになって横たわる同僚兵士たちの凄惨な死体の山へと切り替わる。
熱い返り血が自分の両手を濡らしているのを、ただ呆然と見つめる。
視界を埋め尽くすのは、死体を囲んでカサカサと蠢く赤刃兵の群れ。
そして、容赦なく肉を断ち切られた自分の左腕。
最後に見えたのは、同じく血まみれになって冷たくなっている彼女の姿だった。
「ぐっ……!」
ただでさえ目つきが悪いトレンの瞳が、怒りと狂気で血走る。
腹の底からドス黒い感情が、叫びとなってせり上がった。
「よこせー!」
「わっ!」
突然暴走したトレンに、リオが素っ頓狂な声を上げた。
トレンは隣のリオから、支給品のボウガンを強引に奪い取った。
円柱状の取っ手を掴み、銃口を上空へ向ける。
狂ったように引き金を引いた。
だが、その狂刃のような一撃は届かなかった。
割り込んだエルウイによって、強引に銃身の矛先を変えられたのだ。
パシュンと放たれた矢は、虚しく斜め上の壁へと突き刺さる。
激しい動的な暴走から、世界が一瞬で完全な静寂へと叩き落とされた。
言葉はなかった。
至近距離で激しく睨み合う二人。
エルウイが右手に持つ短剣の切っ先は、トレンの左目の瞳孔を寸分の狂いもなく正確に捉えていた。
石の脳で制御された刃が、チリチリと冷たい殺気を放っている。
エルウイの左手はボウガンの銃身の付け根に添えられ、トレンの自由を完全に奪っていた。
赤い正規兵服が、すぐ目の前で冷徹に静止している。
張り詰めた空気の中、トレンはゆっくりと両手を挙げた。
怒りを必死に押し隠しながら、へらへらとした強がった笑みを作る。
「わかったよ。マジになるなって」
トレンは奪ったボウガンを、背後のリオに向けて放り投げた。
お、おい!?とリオは受けそびれ、大きな頭を揺らしながら、おっとっと、と何度もお手玉のようにはじいた末、何とか両手でつかみ取る。
「お……おおう」
掴んだ後、リオの視線は気まずそうにトレンを追った。
トレンは行き場のない怒りをぶつけるように、近くのコンクリート壁に思い切り拳を叩きつけた。
直後、凄まじい激痛が走る。
「う……んぐぐ……!」
トレンはそのまま床にうずくまり、拳を抑えて悶絶した。
だが、エルウイとリオは、そんな痛がるトレンを完全に無視して、淡々と仕事の話を進める。
「我々はあの赤刃兵を追跡する。奴は必ず赤刃兵を襲うはずだ」
エルウイの言葉に、リオが納得したように頷く。
「なるほど、囮ってわけね」
「そうだ」
リオはボウガンをひょいと肩にかつぎ、不敵な笑みを浮かべた。
「そして俺の出番ってわけか」
その言葉を聞いた瞬間、トレンは手の痛みよりも突っ込みたい衝動が勝り、バッと急に跳ね起きた。
「雑魚に出番はねえ!」
だが、彼らが喋っている間に、赤刃兵にわずかな動きがあった。
それにいち早く気づいたエルウイは、
「あっ……ついてこい」
と言い残すや否や、人間としてはおよそ考えられない高さの壁を垂直に跳躍してみせた。
そのまま二階の窓枠を掴み、軽々と部屋の中へと侵入していく。
奥でカサササと足音が響いたが、すぐに遠ざかって行った。
地上に取り残された2人。
トレンは、すでにそこには誰もいない虚空の窓を見上げ、呆然とツッコミを口にした。
「ついてこれるか!」
すると、隣のリオがフッと自信たっぷりにニヤリと笑った。
無言のまま、膝を少し曲げ、じっくりと下半身に力を溜め込むような動作をする。
その顔には「俺の跳躍を見ろ」と言わんばかりの余裕が満ちていた。
トレンは「?」を浮かべるような表情で、その異様なタメのポーズをとるリオをじっと見つめる。
そして、リオは力強くジャンプした。
かっこよく空中を舞う――。
……。
その距離、わずか30センチ。
元の地面からほんの少し浮いただけの場所で、リオは「ぴょん、ぴょん」と意地になって何度もその場で垂直ジャンプを繰り返している。
フードを被れないその大きな頭が、虚しく上下に揺れていた。
トレンはあまりのポンコツぶりに呆れ果て、吐き捨てた。
「けっ、雑魚は雑魚らしくしてろよ! さっさと行くぞ!」
トレンは一人で建物の入り口を探すため、狭い通路の奥へと背を向けて歩き出した。




