21 エピローグ
寝静まった夜。窓の外には広大な闇が広がり、客室のベッドでは長旅の疲れを癒すようにシエンが穏やかな寝息を立てていた。
その傍ら、微かなランプの光に照らされたデスクで、エルウイはシエンから手渡された機密文書の手紙に目を走らせていた。書面に踊る文字を厳かに追い、エルウイは重い顔で静かに呟く。
「やはり、奴らが森林の子を嗅ぎつけてきたか」
エルウイはその場で、手元にあった灰皿の上に手紙を乗せた。懐から取り出した火を静かに灯し、証拠隠滅の為、書面を焼却する。暗闇の中で燻る炎が、一瞬だけ彼の峻烈な横顔を赤く照らし出した。やがて炎は燃え尽き、再び部屋には深い暗闇が訪れた。
次の日の朝。世界を覆う緑の空から柔らかな光が降り注ぐ中、エルウイはシエンのアシに一緒に乗り、どこまでも続く瑞々しい草原を一心に進んでいた。
シエンが乗っている運び屋のアシ『ルビーカ』は、一般的な乗用生物と違って、後部に座席が拡張された二人乗り用の特殊な仕様になっている。人の足先のペダル操作によって、ルビーカは軽快に草原の風を切り裂いていく。
「エルウイ、集荷が終わったら今日発つよ」
前を向いてペダルを踏むシエンが、背後の騎士へ声をかけた。
「やはり手紙の内容は知らされてないか。次の配達場所まで俺と共に行動することになった」
エルウイは表情を変えず、淡々と大人の事情を説明する。
シエンは心地よい風に髪をゆらしながら、不思議そうにエルウイの方へと顔を振り向いた。
「エルウイが関わるくらいの危険な運送物…都市が破滅するクラスの違法の兵器とか二十メートルくらいの召喚兵器かな?」
無邪気なシエンの指摘は、エルウイの胸中において、図らずも完全なる図星であった。しかし、国家の命運を左右する真実をそのまま少年の肩に乗せるわけにはいかない。エルウイはいつもの調子で軽妙に返す。
「そんなところだ」
エルウイはさらに言葉を重ねた。
「シエンがうっかり作動させたら危険だから、俺が監視役にさせられたのだ」
これから少年が否応なく巻き込まれていくであろう、あまりにも過酷な運命。エルウイはそれを予感しながらも、目の前の純粋な少年が恐怖に怯まないよう、わざと軽口を叩いて茶化すことにしたのだ。
「なっ! ゜д゜」
予想通りのシエンの驚愕の反応。
「着いたぞ」
そんな他愛のないやり取りを交わしているうちに、ルビーカの視界の先に目的地が見えてきた。
広大な敷地の中に、畜舎の脇にそびえ立つサイロがあり、その奥には素朴な住居が佇んでいた。周囲には何羽もの二本足の乗用生物がのんびりと佇んでいる。
「アシ牧場?」
シエンにとっては全くの予想外の場所だった。機密兵器の保管庫か何処かだと思い込んでいた少年は、目を丸くする。
「ああ。何頭かアシを買わないといけないからな」
到着を告げると同時にアシの速度を落とし、繋ぎ場へとルビーカを止めた。
エルウイはアシの背から降り、牧場の瑞々しい緑が広がる庭で、シエンへ向けて次の目的地と「運送物」の紹介を始めた。
「シエン。次に運ぶのはこの子だ。行き先は森林。外界の方だ」
エルウイの示す先、あまりにも意外なものが目の前に立っていた。シエンは声も出せず、その場にただ呆然と立ち尽くしている。
そこに佇んでいたのは、厳めしい兵器などでは断じてなかった。
栗色の伸ばしたくせっ毛を小さな指先で愛おしそうにつまんで、どこかあどけない上目使いでエルウイをじっと見つめている、一人の可憐な少女の姿だった。
「名前はアズキだ。仲良くやれよ」
エルウイの言葉に促されるように、アズキはゆっくりとシエンへと視線を移した。記憶を失った生体兵器の中にいた少女は、自らの過酷な素性を隠すように、目の前の少年へ向けて静かに微笑んだ。
――第二章「砂漠の少年」 終わり
来週月曜に第三章 「森林の幹」がはじまります。
少年と少女が出会い、物語が動き出します。
10月30日にイラストでキャラクター紹介を投稿します。




