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20 難民キャンプ

 布切れと廃材の柱をロープで固定しただけの粗末なテントが果てしなく連なる、難民キャンプのスラム街。トレン、リオ、シエンの三人は、排他的な熱気が渦巻く市場の前へと無事にたどり着いた。

 周囲の視線を警戒しながらアシから降りると、シエンは深く頭を下げた。


「案内までしてくれて、ありがとう」


 感謝の言葉を述べて、シエンはリオから借りていた国境警備隊の制服を脱ごうとした。その瞬間、彼の細い肩から衣服が滑り落ち、下に着込んでいたモトラ正規兵の制服が白日の下に晒されそうになる。


「っ……!」


 トレンとリオの顔色が変わった。二人は目にも留まらぬ速さでシエンの前後に回り込むと、モトラ兵の紋章や色合いが周囲の難民に見えないよう、必死の形相で制服の端を掴んで力任せに引っ張り下ろした。

 後ろに回り込んだトレンは、シエンの華奢な首を太い肘でがっちりと挟み込み、逃げられないように固定する。そして、周囲に聞こえないよう、その耳元で低く凄みのある声を囁いた。


「シエン君。難民に袋叩きになりたくなかったら、服変えてからリオに返そうな」


 トレンの激しい気性とこれまでの苦労を考えれば、今すぐにでもその脳天に苛烈な拳骨の一発でも叩き込みたいところだった。だが、ここは無数の難民が目を光らせるスラムのど真ん中だ。一瞬の油断が命取りになるこの場所で、余計な騒ぎを起こすわけにはいかなかった。


「はっ はい」


 トレンの放つピリついた空気とただならぬ威圧感を鋭く感じ取ったのか、シエンはおとなしくその指示に従った。

 三人は人目を忍んでさっそく近くの露店のような服屋へと向かい、シエンをどこにでもいる民間人の衣服へと着替えさせて変装を完了させた。思わぬ出費を強いられたシエンは、懐から取り出した革製のコイン袋を開け、中の残金を寂しげに数えている。


「宿代足りないかも」


「生きているだけマシと思え」


 ぼやく少年に、トレンがぶっきらぼうに現実を突きつける。


「うん。その通り」


 隣でリオも深く同調するように頷いた。

 市場の隅にある繋ぎ場にいるアシの元へと戻った三人は、ここをひとまずの終着点として、解散することにした。


「じゃーな」


 トレンとリオは軽く手を振ってアシのペダルを踏み込み、雑踏の奥へと去っていった。

 一人残されたシエンは、目的地である高級なホテルの道脇に設置してある繋ぎ場へ向かい、アシの装甲についてる金具と繋ぎ場の柱についている金具をロープで頑丈に繋ぎ止める。


「ルビーカ、待ってて」


 アシの名前呼んで、シエンはホテルの重厚な扉をくぐった。格式高いフロントへと進み、上品な制服を着た受付嬢に事情を説明する。


「エルウイ宛に手紙を届けに来ました」


 受付嬢は礼儀正しく頭を下げ、静かに返した。


「恐れ入りますが所属とお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「モトラ領事館、伝令兵のシエンです」


 このホテルの周辺は先ほどの荒んだ難民キャンプとは厳重に隔離された特権地帯であり、モトラ兵としての身元がバレても何ら問題のない安全な場所であった。


「かしこまりました。しばらくお待ちください」


 受付嬢は柔らかな笑みを浮かべて返事をした。エルウイもまた、シエンという名の伝令が遠からず自分を訪ねてくることを、事前にホテル側へしっかりと伝えていたのだ。

 ロビーのふかふかとしたソファーに腰掛け、しばらく待つシエン。


「よっ」


 どれほど時間が経った頃か、リラックスした表情のエルウイが、片手を軽く挙げて奥から出迎えた。

 緊張感なくソファーにだらーんと腰掛けていたシエンは、その姿を認めた瞬間にいきなり跳ねるように立ち上がり、背筋をピンと伸ばしてビシッと完璧な敬礼を決めた。


「エルウイ騎士団長殿、モトラ領事館伝令兵のシエンより機密文書を引き渡します」


 広いロビーに響き渡るシエンのハキハキとした大声は、静粛な空間にいた周囲の宿泊客たちの視線を一気に集めてしまう。

 公衆の面前だぞ……。

 あまりの空気の読めなさに呆れ返ったエルウイは、頭を掻きながら溜息混じりに口を開いた。


「ああ、確か向かう所敵だらけのトラブ…」


「その通称やめてください」


 全部は言わせまいと、シエンはエルウイの言葉に勢いよく自分の声をかぶせて遮った。

 これ以上周囲の注目を浴びたくないエルウイは、苦笑しながら苦肉の策で話題を切り替える。


「久しぶりだな。順調に来れたか?」


「山賊に襲われたけど国境警備隊の人に助けてもらった」


 シエンは真っ直ぐな、濁りのない目で事実を返した。その言葉を聞いた瞬間、エルウイの眼光がわずかに鋭くなる。


「たぶんカレン教徒だ。最近、この辺にもいるからな。」


 重苦しい現実を呟いた後、エルウイはすぐに表情を和らげて少年の細い肩を見つめた。


「長旅で疲れたろ?」


 その温かい労いの言葉に、シエンは深く深くうなずく。


「今日はここに泊まれ」


 先の服屋での出費により宿代が完全に足りなくなっていたシエンは、断る理由もなく、そのありがたい好意に甘えることにした。


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