17 逃走劇の傍観
周囲に広がるのはただ荒涼とした砂漠の境界線と、どこまでも不毛な岩肌が続く峻険な峠道。
さっき、リオに耳元で執拗に囁かれた軽薄な声を思い出し、トレンは二本足の乗用生物『アシ』の背の上で、ただでさえ目つきが悪い顔をさらに険しくした。
結局、上官に根回しされていて断れなく、パトロールの名目で連れ出されたものの、非番の気楽な朝を満喫しているはずだったトレンは、失われた片腕の残りの肩で、甲冑の重みを感じながら忌々しげに隣を見る。そこには、スクーターのような形状の装甲に身を包んだアシに跨がり、振り落とされないようにハンドルを握りつつ、足先のペダルを器用に踏み込んでニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべているリオの姿があった。
「トレンなら来てくれると思ったよ」
「だまれ」
トレンは短く返し、視線を進行方向へと戻した。
足先のペダルを僅かに踏み込むと、アシの強靭な脚がそれに応え、絶壁にへばりつくような未舗装の悪路を踏みしめて下っていく。不意に、トレンは自分たちのものとは異なる複数の鉄削蹄の音を捉えた。
うねるように続く七曲りの崖下の道に視線をやると、そこでは一触即発の、いや、すでに牙を剥き出しにした追走劇が繰り繰り広げられていた。モトラの伝令兵が、三人のカレン教徒実行部隊に追いかけられていたのだ。
激しく土煙を上げ、スクーターのような装甲を軋ませて山道を逃げる一羽のアシ。跨っているのは、鮮やかな黄色いニット帽を被った運び屋の少年、シエンだった。モトラ正規兵の制服を風にはためかせ、必死に追っ手から逃れようとしている。その背後からは、三人のカレン教徒実行部隊がじわじわと距離を詰めていた。彼らは「モトラ兵は見つけ次第処刑する」という冷酷な掟の通り、容赦なくシエンを追い詰めていく。
「あの軍服はモトラか」
トレンはアシを止め、険しい視線を崖下に向けながら呟く。すかさず、隣のリオに向けて言葉を叩きつけた。
「関係ねぇ!行くぞ!リオ」
冷淡に言い放ち、この場から立ち去ろうとする。ここはサンブルク国の領土であり、あそこで起きているのはモトラとカレン教徒という、わざわざ別の二つの国の争いだ。勝手につぶし合えばいい。それがトレンの出すべき割り切りだった。
「助けねぇーのか?一応、同盟国だぞ」
リオが、一応反論してみる。
「けっ! 誰がモトラ兵の肩を持つかよ!」
トレンはイラついた顔で吐き捨てた。カレン教徒の三人組を眺めながら、
「勝手にカレン教徒の餌食になればいいんだよ」
トレンは、その追走劇を冷ややかに眺めていた――が、次の瞬間、彼の視線がカレン教徒の一人に釘付けになった。
見覚えがある。
違法取引を押さえに行ったら囲まれてボコボコにしやがったあいつらだ!
思い出した。あの女にボウガンで頭を殴られた。今、トレンに十字の絆創膏が貼ってある原因の一つだ!
じわじわと、トレンの脳裏に復讐心の怒りと、それ以上の歓喜が湧き上がってくる。
トレンは悪い顔をしてニヤっとした。
「あいつら・・・忘れてねぇーぜ」
一瞬にして士気が高揚するのを感じながら、アシのハンドルを握り直し、足先のペダルを踏み込み進みだす。
突然やる気が出だすトレン。
「予定変更だ!俺一人でも奴らをやってやるぜ」
その身勝手な豹変に、後ろでリオは呆れている。
「好き勝手なやっちゃなー」
呆れつつも、リオはお調子者の色を出して、愛用のボウガンをストックから取り出し構えるポーズをした。
「援護はしてやるから、安心して行ってきな」
やれやれとリオはボウガンを構えてトレンを送り出す。トレンはリオに背を向け去り際に手を振った。
「アテにしてねぇ」
残されたリオは取り合えずお約束の一服をした。
一触即発の戦場へ一足早く急行していくトレンの猛進とは対照的に、取り残された崖の上には、ただタバコの煙が心地よい風に流れた。




