13 早朝の旅立ち
徐々に空が明るくなる早朝。乗用動物アシが繋がれている厩舎には、まだ冷たい朝の空気が満ちていた。
黄色いニット帽に防塵眼鏡をつけ、モトラ正規兵の制服を身にまとった少年――シエンは、これから運ぶ予定の積み荷を退屈そうに検分していた。検分とは名ばかりで、その実態はただの覗き読みである。
「人妻GETの攻略法はココ」「エロ道お姉さんのミユキです」
「あっ経理のねぇーちゃんと同じ名前だ」
独りごちながら、シエンはさらに手紙をめくっていく。
「今すぐしちゃうー?ハルカ」と書かれた広告葉書には、脱ぎかけの服を着た女性の写真がわざとらしく貼られていた。
さらに次をメールの束をめくると、今度はよくわからない文字列が並んでいる。
「えっとー外国の言葉? 読めねえ」
眉間にシワを寄せながら、さらに次をめくる。
「ユカさんからエロミク申請が届いてまーす」
だんだんムカついてきた。まー興味のない迷惑メールを丁寧に読む人はいない。せっかくの早朝の静けさが、下俗な文字の羅列で汚されていくようだった。
「迷惑メール五〇件付きの混載便か」
シエンは呆れた顔で手紙の束をまとめ、革製の固定式サイドバックに入れ、蓋をしめた。パチン、と金具の閉じる音が静かな厩舎に響く。
「早いな」
後から声が聞こえる。ふりむくと、ベテラン伝令兵で五十代後半の男性が、穏やかな笑みを浮かべてそこに立っていた。同じ運び屋として、幾度も過酷な砂漠を渡り歩いてきた男だ。
「あっ、おっちゃん」
ベテランの運び屋は手慣れた手つきで、アシにつながれたロープを解く。その無駄のない動きは、長年の経験が染み付いたものだった。
「朝からはりきってるじゃねーか」
シエンはロープを柱に巻きつけながら、弾んだ声で答えた。
「そりゃあもう、あのエルウイとコンビ組めるんですよ」
「場所は?」
ベテラン兵は話を返す。シエンは作業を続けながら言った。
「ルーブランド難民キャンプ」
ベテラン兵は作業を終わらせ、シエンの横顔を見ながら呟いた。
「難民キャンプとエルウイの組み合わせか」
弄りたくなった老兵は少年をからかった。
「さすが向かうとこ敵だらけのトラブルメーカーだ」
その不名誉な通り名にシエンの我慢の糸は一瞬で切れた。
「何ですと! 失礼な」
ベテラン兵相手でも怒鳴る少年。
カッとなったシエンは、巻きかけたロープを乱暴に投げ捨て、そのままアシの背へと飛び乗り込んだ。
ベテラン兵はあわてて地面に落ちるロープを目で追いかけるのであった。
少年の相変わらずの血気の多さに、苦笑するしかない。
よっこらしょと座っていたアシは立ち上がる。
その背の上でまだぷんぷんと怒っているシエンに対し、ベテラン兵はまるで、かわいい息子を送り出すように優しい視線を向けた。
「気を付けろよ。あの辺は盗賊がいるからな」
その言葉に、さっきまでの怒りはどこへやら、単純なシエンは満遍な笑顔で右手を高く掲げて親指を立てた。現金なものである。
「持ってけ」
ベテラン兵は朝食用のパンが入った小袋をシエンに手渡した。香ばしい匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。シエンはベテラン兵の方へ振り向き、嬉しそうに笑った。
「ありがとう。おっちゃん。行ってくる」
シエンが足先のペダルを操作すると、アシは力強く地面を蹴り、表通りへ進む。
目指すは遠く離れた、トレンたちの待つサンブルグの国境の町。遠ざかっていく少年の背中を、ベテラン兵は静かに見送る。
二人がいた厩舎は、昇ってきた朝日に鮮やかに照らされた。
◇
完全に夜が明け、すっかり明るくなった街。
微風で柔らかく髪が揺れる、爽やかで乾燥した空気が心地いい。シエンはアシを進めながら、さっきベテラン兵士からもらったパンを頬張る。
一方、向かった先のT字路の角から二人の子供が元気に、追いかけっこをしている。一人は口にアイスを咥えている。ずるいと、もう一人が追いかける。
T字交差点でアシに乗ったシエンと鉢合わせ。シエンは操舵ペダルでアシに急停止をさせた。食べかけのパンは道に放り出され、急停止のショックでハンドルに頭をぶつけた。
「危ねぇーな」
シエンは起き上がり、子供の無事を確かめると怒鳴る。
その足元で、アシは道路に転がった缶詰を踏んでしまいバランスをくずして、たまたま前を横切った果物をカゴに積んだ、運送用アシにぶつかってしまった。
中に入っていた果物を道路にぶちまけてしまった。シエンと被害者の行商のおばちゃんもぶつかった衝撃で道路に放り出される。
二人の子供はあっけにとられて突っ立っていたが、なぜかツボにはまり笑い出してしまう。
「痛てて…」
何とか上体を上げるシエン。
笑う子供にイラついて「てめーら!」と怒りをあらわにしたところで、後ろから手が伸びてシエンを掴む。まるで子猫の首をつまんで持ち上げられたような姿になった。
苦しむシエンが上を向くと鼻血を出した行商のおばちゃんが鋭い形相で睨みつけていた。
「くどくどくどくど」と説教させるシエン。
全ては子供のせいだと不満そうに上目使いでおばちゃんを見る。
「だからー、俺はトラブルメーカーじゃないよ」
小さい声で呟いた。
日も完全に上った爽やかな午前の日差しだった。




