表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/22

第9話「もふもふが、本気を出した」

 白い光が、爆ぜた。


 俺の腕の中にいたはずのハクの体が、ぐにゃりと歪み、膨張していく。

 まるで、俺が――そしてアパートで待つノアが――脅かされていることに、我慢の限界を超えた、とでも言うように。守るべき家族に向けられた刃に、この小さな獣が、本気で応えようとしている。

 手のひらサイズだった体が、見る間に膨れ上がる。一抱え、二抱え――やがて、路地を埋め尽くすほどの、巨躯へ。


「な……なんだ、これは!?」


 ガレスの部下たちが、悲鳴を上げて後ずさった。


 光が、収まる。

 そこに立っていたのは、もう、あのモフモフではなかった。


 全長、十メートルはあろうかという、白銀の獣。

 四肢は鋼の柱のように太く、背には氷の結晶めいた鬣がたなびく。雪のように白い毛並みは健在だが、その一本一本が、今は刃のように研ぎ澄まされている。

 そして、その双眸は――燃えるような、金色。


「これが……ハクの、本当の姿」


 俺は、思わず呟いた。

 あの卵を初めて抱え上げたときに感じた、あの「密度」。竜が一頭、折りたたまれているような――いや、違う。竜などでは、ない。

 これは、ダンジョンそのものを生み出す、根源の獣。原初の(プリム)の、真の姿だ。


「……ねえ、ボス」


 いつの間に現れたのか、隣にリンが立っていた。今夜も、約束を破って、こっそり後をつけていたらしい。さすがの彼女も、その顔は、わずかに引きつっていた。


「あたし、結構な修羅場をくぐってきたつもりなんだけど。……これは、ちょっと、規格外すぎない?」


「同感だ」


「あの手のひらサイズが、これ。あなた、家で一緒に寝てるのよね、これと」


「ノアが、な」


「……あの子の心臓、強いわね」


「グルルルルル……」


 ハクが、低く唸った。その振動だけで、路地の石畳が、びりびりと震える。

 金色の瞳が、ぎろりと、ガレスの部下たちを睥睨した。


「ひっ……」


 歴戦の特務隊員たちが、腰を抜かして、武器を取り落とす。

 無理もない。これは、生き物としての「格」が、違う。格闘や剣技で抗える次元の存在ではない。目の前にいるだけで、本能が「敵う相手ではない」と、悲鳴を上げる。


  ◇


「ハク、待て」


 俺は、巨大な獣の足元から、静かに声をかけた。


「殺すな」


 ハクの耳が、ぴくりと動いた。金色の瞳が、ちらりと俺を見下ろす。


「こいつらは、命令で動いてるだけだ。本当の敵は、こいつらじゃない。――威すだけでいい。それで、十分だ」


 ハクは、しばらく俺を見つめていたが、やがて、小さく喉を鳴らした。

 わかった、とでも言うように。


 そして、巨大な獣は、天に向かって、咆哮した。


 ゴオオオオオオオオッ――!!


 空気が、震えた。

 咆哮は、目に見えない衝撃波となって、路地を一直線に駆け抜けた。だが、それは肉を裂き骨を砕く咆哮ではない。突き飛ばし、なぎ倒すだけの、ぎりぎりまで手加減された威圧。

 特務の隊員たちが、木の葉のように吹き飛ばされ、壁に背を打ちつけ、ずるずると崩れ落ちていく。何人かは、白目を剥いて気を失った。何人かは、武器を投げ捨てて、這うように逃げ出した。

 だが――一人として、命を奪われた者は、いなかった。

 血の一滴も、流れていない。ただ、絶対的な力の差を、魂の奥底に刻みつけられただけだ。


 俺は、内心で唸った。

 これだけの力を持ちながら、加減して、誰も殺さない。それは、この獣の「気性」が、本来どれほど穏やかなものかを、物語っていた。

 こんな獣を、国は、何百年も檻に閉じ込めて――搾り取り続けてきたというのか。


 数秒後。

 立っていたのは、ただ一人。

 腰を抜かしながらも、それでも逃げずに踏みとどまった、指揮官の、ガレスだけだった。


  ◇


 ガレスは、剣を取り落とし、呆然と、巨大な獣を見上げていた。

 その顔から、血の気が、引いていた。


「これは……こんなものが……国が、隠していた、だと……?」


 俺は、巨獣ハクの足元から、ガレスに歩み寄った。


「見ただろう、ガレス。これが、お前たちが『資源』と呼んでいたものの、正体だ」


「資源……? いや、これは、生き物じゃ……」


「そうだ。生きてる。心も、ある。そして、国は何百年も、こいつを――こいつの仲間を、檻に閉じ込めて、生かさず殺さず、魔力だけを搾取し続けてきた。お前が今、回収しようとしてたのは、そういう『命』だ」


 ガレスの体が、震えていた。

 今度は、剣を握る手の震えではない。もっと根本的な、十年間信じてきたものが、足元から崩れ落ちていく――そんな、震えだった。


「嘘だ……国が、そんな、むごいことを……あり得ない。俺たちは、人々のために、資源を……」


「その資源が、どこから来てるか、考えたことは?」


 俺の問いに、ガレスは、言葉を失った。


「ダンジョンに潜れば、いくらでも魔石が手に入る。モンスターを狩れば、素材が剥げる。当たり前のように、そう思ってきただろう。だが、その『当たり前』が、どこから湧いてくるのか――誰も、問わなかった。問わせないように、国が仕向けてきたからだ」


「……っ」


「答えが、これだ。お前の目の前にいる、この獣の苦しみが、お前たちの『豊かさ』の正体だよ」


 ガレスは、崩れ落ちるように、その場に膝をついた。

 信じてきた正義の、裏側。それを、これ以上ないほど残酷な形で、突きつけられて。


「信じたくないなら、信じなくていい。だが、お前は今、自分の目で見た。お前が守ってきた国が、何を隠してきたのか。その『答え』を、な」


 俺は、ハクの巨大な前足に、そっと手を置いた。

 巨獣は、まるで子供のように、その手に、頭をすり寄せてきた。さっきまでの威容が嘘のような、甘えた仕草で。


「こいつは、ハクだ。俺たちの、家族だ。資源でも、実験体でも、ない。――それを忘れるな、ガレス」


「……ヴェルダン監察卿は」


 ガレスが、絞り出すように言った。


「監察卿は、これを……この『真実』を、知った上で、回収しろと?」


「ああ。あの男は、何もかも知ってる。知った上で、隠し、利用し、邪魔者を消す。十年前の俺も、今日のお前も、あの男にとっては、秘密を守るための駒に過ぎない」


 ガレスは、奥歯を噛みしめた。自分が、誰の手駒として動かされていたのか。その重さに、耐えるように。


  ◇


 その時、異変が起きた。


 巨獣ハクの体が、ふいに、ぐらりと傾いだ。


「グ、ル……」


「ハク!?」


 白銀の体が、急速に光を失い、しぼんでいく。十メートルの巨躯が、みるみる縮み――やがて、元の、手のひらサイズのモフモフに戻った。

 ぽふん、と地面に転がったハクを、俺は慌てて抱き上げる。


「きゅぅ……」


 ハクは、ぐったりと、俺の腕の中で目を閉じていた。荒い息。あの姿を保つのは、まだ幼いこの体には、相当な負担だったらしい。


「……無理を、させたな」


 俺は、小さな体を、そっと撫でた。

 切り札ではある。だが、無尽蔵じゃない。この力は、本当に守りたいものがあるときの、最後の一手だ。


 そして、俺は、ガレスを振り返った。


「行け、ガレス。今日見たものを、どう受け止めるかは、お前次第だ」


 ガレスは、長い間、立ち尽くしていた。

 気を失った部下たちと、俺の腕の中の小さなモフモフを、交互に見つめて。

 やがて、彼は、何も言わずに、ただ一度だけ、深く頷いた。

 そして、部下たちを担ぎ、闇の中へと消えていった。


 その背中は、来たときよりも、ずっと、迷っているように見えた。

 ――いや。迷いを、抜けかけているのかも、しれない。


 ガレスの足音が完全に消えると、リンが、ふう、と長い息を吐いた。


「行っちゃったわね、あの真面目くん。……ねえ、ボス。あいつ、見逃してよかったの? あれだけのものを見られたのよ。国に報告されたら、終わりじゃない」


「報告は、しないさ」


「どうして言い切れるの」


「できないんだよ、あいつには。『原初の獣を見ました、しかも逃しました』なんて報告を上げたら、ガレス自身が消される番だ。ヴェルダンは、秘密を見た人間を生かしておかない。俺がそうだったように、な」


「……なるほど。あいつは、見たことで、こっち側に片足を突っ込んだわけね」


「ああ。あいつはもう、国を百パーセント信じる場所には、戻れない」


 リンは、感心したように、肩をすくめた。


「こわい人。敵を、追い詰めるんじゃなくて……『戻れなくする』のね」


「とんでもないものを、家族にしちゃったわね。あたしたち」


 リンは、話を変えるように、俺の腕の中で眠るハクを覗き込んだ。


「ああ。だが――」


 俺は、腕の中で眠るハクを見下ろした。


「家族ってのは、選んで増やすもんじゃない。気づいたら、そこにいるもんだ。ノアも、こいつも……お前も、な」


 リンが、一瞬、虚を突かれたような顔をした。

 それから、ふっと、今まで見せたことのない、無防備な笑みを浮かべた。


「……ずるい人。そういうことを、さらっと言うんだから」


 その横顔が、いつもの底の見えない仮面ではなく、ただの一人の女のものに見えて。

 俺は、なぜだか、目をそらしてしまった。


 夜風が、路地を吹き抜けていく。

 俺の腕の中で、原初の獣の幼体は、家族の温もりに包まれて、安らかに眠っていた。


-----


<あとがき>


第9話を読んでくださって、ありがとうございます!


ついに、ハクが本気を出しました! 手のひらサイズのもふもふが、全長十メートルの白銀の獣へ。それでいて、誰一人殺さず、威圧だけで制圧する――原初の獣の「格の違い」を感じていただけたら嬉しいです。そして戦いの後、元のちびっこに戻ってぐったりするハク。可愛さも、忘れていません。


ガレスは、国が隠していたものの正体を、その目で見てしまいました。彼の「迷い」は、いよいよ核心へ。そしてリンの、最後の無防備な笑顔も……ヴァンとの関係に、少し変化が?


次回は、この騒動を受けて、ヴェルダンがついに本格的に動き出します。そして、ザイルが約束した「物証」とは――。


▼ 応援していただけると、続きを書く力になります!

ハクの覚醒に「待ってました!」と思っていただけた方は、ブックマークと、ページ下部の★★★★★評価をいただけると跳び上がって喜びます。

あなたの一票が、この物語をランキングに押し上げ、もっと多くの人に届ける燃料になります。


感想も一言いただけると、執筆の何よりの励みになります。

それでは、次話「監察卿が、自ら動く」でまたお会いしましょう!




▼ 面白かったら「★」で応援してください!

ページ下部の「おすすめレビュー」からいただける★が、何より励みになります。

続きが気になったら、ぜひフォローもお願いします。更新通知が届きます!

(♥応援も、押してもらえると小躍りします)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ