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第8話「監察卿の影、そしてハクの秘密」

 ハクの正体を調べ始めたのは、半ば、意地のようなものだった。


 国が、ガレスの特務を動かし、ヴェルダンの暗殺部隊まで差し向けてきた。それほどまでに、国はこの「卵」を――いや、卵から孵ったこのハクを、血眼で取り戻したがっている。

 ただのモフモフのために、国家管理局の最高幹部が、自ら手を汚すわけがない。そこには必ず、釣り合うだけの「理由」がある。


「こいつが、何者なのか」


 俺は、机の上で丸くなって眠るハクを見下ろしながら、呟いた。

 その答えの中に、十年前、俺が触れてしまった「国の秘密」への、入口がある気がしていた。

 ……いや、気がする、なんてものじゃない。確信に近かった。

 俺が消されかけた事件と、この卵を国が追う執念。二つの「国の本気」が、同じ匂いをさせている。点と点が、線で繋がろうとしている。その予感が、俺の背中を押していた。


  ◇


 手がかりは、奈落市場の、ある老人から得た。


 名を、ザイル。かつて国家管理局で、ダンジョン生態の研究をしていたという、元・研究者の老人だ。今は市場の片隅で、怪しげな古文書を売って細々と暮らしている。国に追われた過去を持つ、俺と似た境遇の男だった。

 こういう「国から消された人間」の情報網は、奈落市場の俺の財産だ。三年かけて、少しずつ繋がりを作ってきた。


「死人さんが、わざわざ儂のところへ? 珍しいこともあるもんだ」


 ザイルは、皺だらけの顔で、警戒するように俺を見た。

 俺は無言で、布にくるんだハクを、そっと差し出して見せた。


 その瞬間。

 ザイルの目の色が、変わった。商売人の警戒が、研究者の驚愕に塗り替わる。


「……まさか。これは」


 老人の手が、震えていた。皺の寄った指が、ハクの白い毛に、おそるおそる伸びる。


「『原初の(プリム)』。いや、その、幼体……だと? 馬鹿な。生きた個体など、もう……」


「知ってるのか、ザイル」


「知っている、とも」


 ザイルは、ごくりと喉を鳴らした。


「これを知っていることが、儂が国を追われた、その理由そのものだからな」


 ザイルは、声を潜め、店の奥へ俺を招き入れた。周囲を、何度も確かめながら。


「いいか、若いの。よく聞け。ここから先は、聞いたら最後、お前さんも儂と同じ『消される側』だ。……もっとも、お前さんはとっくにそっち側のようだがな」


「構わない。続けてくれ」


「ダンジョンというものはな――自然に湧いた、ただの資源庫なんかじゃない」


 俺は、息を呑んだ。


「ダンジョンは、『何か』を封じ込めるために、作られた檻なのだ。そして、その檻の中心で眠る『何か』こそが――この、原初の獣。ダンジョンそのものを生み出す、根源の生命体よ」


「……ダンジョンを、生み出す? この、手のひらに乗る生き物が?」


「今は幼体だからな。だが、本来の姿は、そんなものではない」


 ザイルは、震える指で、古びた羊皮紙に何かを描いた。山のように巨大な、獣の輪郭。


「原初の獣の魔力が、周囲の空間を歪ませ、階層を、モンスターを、魔石を生み出す。つまり――国が独占し、貪っている『資源』のすべては、元をたどれば、たった一匹の、この獣から溢れ出たものなのだ」


 俺は、布の中で大人しくしているハクを見た。

 手のひらサイズの、白いモフモフ。この小さな体が、ダンジョンを生み出す、根源。

 あの卵をはじめて抱えたときに感じた、あの「密度」。竜が一頭、丸ごと折りたたまれているような、あの異常な魔力の密度の――正体が、これだ。


「国は」


 俺は、掠れた声で問うた。


「国は、それを、知っているのか」


「知っているとも。だからこそ、必死に隠している」


 ザイルの目が、暗く沈んだ。


「考えてもみろ。もし、民が知ってしまったら、どうなる。『資源は無限に湧くものではない。たった一匹の獣から、無理やり絞り出されているだけだ』とな。そして――その獣を生かし続けるために、国が何をしてきたかを」


「何を、してきた」


「実験だよ」


 老人の声が、抑えきれない憎しみに、震えた。


「より多くの資源を搾り取るため、国は原初の獣を、何百年も実験台にしてきた。生かさず、殺さず。ただ、魔力を搾取し続けるためだけにな。儂は、その実験に関わっていた研究者の一人だ。そして――その光景に耐えられなくなって、すべてを捨てて逃げた。それだけのことよ」


 ザイルは、ハクを見て、ふっと、泣きそうな顔で笑った。


「……儂が逃げ出した『あの檻』から、よくぞ、外へ出てきてくれた。お前さんだけは、自由におなり」


「ザイル。一つ頼みがある」


 俺は、立ち上がりながら言った。


「今の話、もっと詳しく聞かせてくれる人間や、証拠は、どこにある。国の嘘を暴くには、お前さんの証言だけじゃ足りない。物証がいる」


 ザイルは、しばらく俺を見つめ、それから、ゆっくりと頷いた。


「……欲深い目だ。だが、嫌いじゃない。いいだろう。命がいくつあっても足りん話だが――どうせ、儂はもう長くない。次に会うときまでに、あるものを用意しておこう」


「恩に着る」


「礼はいらん。その子を……原初の獣を、二度と檻に戻さんでくれ。それだけが、儂の、せめてもの罪滅ぼしだ」


 俺は頷き、ハクを抱いて、店を後にした。


  ◇


 その帰り道。

 俺の腕の中で、目を覚ましたハクが、じっと俺を見上げていた。


「きゅう?」


 まるで、「ぜんぶ聞いていたよ」とでも言うように。


 国が封じ、何百年も搾取し続けてきた、ダンジョンの根源。

 その幼体が、何の偶然か、卵の状態で外に流出し――俺たちの手に渡った。

 ヴェルダンが血眼で取り戻そうとするわけだ。これは、ただの希少生物じゃない。国家の最大の秘密、そのものだ。世に出れば、国の屋台骨が、根こそぎ揺らぐ。「資源は無限ではない。一匹の獣を、拷問のように搾り続けているだけだ」――その事実が暴かれれば、国民は黙っていない。


 そして、俺は――ようやく、わかった。

 十年前。俺が触れてしまった「国の秘密」。あの日、奥地の調査任務で、俺が偶然見てしまったもの。あれは、きっと、これだったのだ。

 原初の獣。あるいは、それを搾取する実験施設。何を見たのか、混乱の中で記憶は曖昧だ。だが、国が俺を「事故」に見せかけてまで消そうとした理由が、今、はっきりと像を結んでいく。

 俺は、知ってはいけないものを、見た。だから、消された。


「……そういう、ことだったのか」


 十年越しの謎が、腕の中の、小さな温もりの中に、答えとしてあった。

 なんという、皮肉だろう。


「ハク。お前は……とんでもないものを、背負って生まれてきたんだな」


「きゅぅ……」


 ハクは、少し寂しそうに鳴いて、俺の指に頭をこすりつけた。

 まるで、自分のせいで、と詫びるみたいに。


「気にするな。お前のせいじゃない」


 俺は、その白い頭を、そっと撫でた。

 守ると、決めた。この小さな命を、国の檻には、二度と戻させない。それは、ノアを守ると決めたのと、同じ重さの誓いだった。


 その時だった。


 路地の奥から、複数の足音。前からも、後ろからも。完全に、囲まれている。

 ヴェルダンの暗殺部隊――ではない。あの汚れた気配とは違う。もっと統率の取れた、規律ある、訓練された足音だ。


「……ガレス」


 影の中から現れたのは、特務を率いた、ガレスだった。

 だが、その表情は、廃坑のときとは違っていた。苦渋に、満ちている。眉根を寄せ、唇を噛み、まるで自分自身と戦っているような顔だった。


「兄貴。……すまない。命令、なんだ」


 ガレスが、ゆっくりと剣を抜いた。その動きは、いつもの彼らしくなく、ひどく重い。


「その『獣』を、引き渡してもらう。監察卿の、直々の命令だ。お前が……いや、あんたが、それを抱えてるって情報が、上に流れた。俺の隊に、回収命令が下った」


「お前が、自分から志願したわけじゃ、なさそうだな」


「……っ。当たり前だ! 俺は……俺は、ただ」


 ガレスの声が、揺れた。


「抵抗しないでくれ、兄貴。頼む。お前が刃向かえば、俺は……俺は、本当にあんたを斬らなきゃならなくなる。そんなことは、したくないんだ……!」


 俺は、ハクを背にかばいながら、静かにガレスを見据えた。

 ノアの夢の中で、泣きながら剣を向けていた、あの男。その迷いが、今、目の前で、痛いほどに溢れ出している。


「ガレス。一つだけ、教えてやる」


「……何を」


「お前が引き渡そうとしてる、この『獣』が何なのか。お前は、知らないだろう。国が、何百年、何をしてきたか。お前が忠誠を誓ったその国の、本当の顔を」


「黙れ……! 惑わすな!」


「断る、と言ったら、どうする」


「……っ」


 ガレスの剣先が、また、激しく震え始めた。

 斬れない。この男は、やはり、斬れない。


 そして、その時。

 俺の腕の中のハクが、低く、唸った。

 今まで聞いたことのない、地の底から響くような声。

 その小さな体から、白い光が、膨れ上がっていく――。


「ハク……?」


 金色の瞳が、かっと見開かれた。


-----


<あとがき>


第8話を読んでくださって、ありがとうございます!


ついに明かされた、ハクの正体の核心。「ダンジョンは資源庫ではなく、何かを封じる檻」「ハクはダンジョンを生み出す根源・原初の獣の幼体」――この物語の世界観をひっくり返す秘密に、一歩踏み込みました。国が血眼でハクを追う理由、そしてヴァンが十年前に触れた「秘密」の正体も、ここで繋がってきます。


そして、苦悩しながら現れたガレス。命令と良心の板挟み。そんな絶体絶命の場面で――ついに、ハクが動き出します。次回、ハクの「真の姿」が、ついに明らかに!


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それでは、次話「もふもふが、本気を出した」でまたお会いしましょう!




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