第19話「凍てつく檻の、攻防」
囲まれた。
地下空洞の四方から、国の管理部隊が、じりじりと距離を詰めてくる。その数、ざっと二十。北嶺の核ダンジョン、その最深部で、俺たちは退路を断たれていた。
「逃げ場は、ないぞ」
ヴェルダンの後任を名乗る高官が、薄く笑った。
「投降したまえ。そうすれば、せめて、楽に死なせてやる」
「断る」
俺は、即答した。
退路がない、というのは、向こうの思い込みだ。俺の頭の中には、ここへ来るまでに通った道のすべて、空洞の構造のすべてが、刻み込まれている。
「ハル、リン。前を頼む。ガレスは、俺の隣で、敵の動きを読め。――ハクは、まだ動くな。お前の出番は、最後だ」
「きゅっ」
ハクが、ぐっと身を縮めて、力を溜める姿勢を取った。聞き分けのいい子だ。
俺の合図一つで、すべてが動き出す。
「行くぞ」
◇
ハルが、地を蹴った。
先頭の部隊員へ、一直線。大剣が、唸りを上げて振り抜かれる。だが、相手も、ただの兵じゃない。原初の獣を管理するだけあって、魔力で身体を強化している。ハルの一撃を、武器で受け止めた。
鋼と鋼が、激突する。火花が、地下の闇に散った。
「こいつ……硬いっす!」
「力で押すな、ハル! 流れを読め!」
俺は、叫んだ。
「そいつの強化魔力は、三秒ごとに、一瞬だけ途切れる! 呼吸と同じだ! 受けの瞬間じゃなく、そいつが次に踏み込む、その足が地を離れた瞬間を狙え!」
「っ……はいっ!」
ハルが、剣を引いた。そして、待つ。相手が、勝ちを確信して、踏み込んでくる、その一瞬を。
部隊員の足が、地を蹴った。強化魔力が、攻撃に転じるため、防御から、ほんのわずかに逸れる。
その隙に、ハルの大剣が、下から跳ね上がった。相手の武器を弾き飛ばし、鎧の継ぎ目を、的確に打つ。部隊員が、白目を剥いて、崩れ落ちた。
「やった……! ボスの言う通りだ!」
「喜ぶな、まだ十九人いる! リン!」
「ええ、わかってる」
リンは、すでに動いていた。
影から影へ。煙のように、敵の隊列を縫っていく。その手には、細い針のような暗器。急所ではなく、痺れを誘う一点を、的確に突いていく。彼女が通り過ぎるたびに、部隊員が一人、また一人と、糸の切れた人形のように崩れていった。
「あら、こんなにいい男ばっかり。倒すのが、もったいないわね」
軽口を叩きながらも、その動きに、一切の無駄がない。誘惑と、暗殺。リンの戦い方は、相変わらず、美しくて、恐ろしい。
◇
「ガレス、左の三人が、回り込もうとしてる」
「ああ、見えてる! あいつらの動きは、俺が一番よく知ってる。元・同僚だからな!」
ガレスが、俺の隣で、的確に敵の動きを読んだ。
元・特務指揮官の知識は、こういうとき、何よりの武器になる。彼が敵の動きを先読みし、俺がそれを聞いて、全体の指示を出す。二人の連携で、敵の包囲は、じわじわと崩れていった。
だが、敵も、ただではやられない。
管理部隊の高官が、いらだたしげに、声を荒げた。
「何をしている! 相手は、たかが、はみ出し者の集団だぞ! ……いいだろう。出し惜しみは、なしだ」
高官が、懐から、黒い宝珠を取り出した。
俺の、記憶が、ざわついた。あれは――決戦のとき、ヴェルダンが使ったものと、同じ。原初の獣の力を、無理やり引き出す、触媒。
「まずいな」
俺は、舌打ちした。
「あいつ、この檻の原初の獣を、暴走させる気だ。衰弱しきった、あの子を、最後の最後まで、道具に使う気か」
高官が、宝珠を、縛られた原初の獣へと、かざした。
黒い光が、痛ましい姿の獣を、包み込もうとする。
「きゅううっ!」
その時、俺の肩で、ハクが、悲痛に叫んだ。
仲間が、また、道具にされる。その苦しみを、見過ごせない、とでも言うように。
◇
「ハク、今だ!」
俺は、叫んだ。
段取りは、とっくに、頭の中で組み上がっていた。敵が触媒を使うことすら、計算のうちだった。
「枷の魔力が、宝珠に反応して、乱れた! 一番、弱まってる! 行けるぞ!」
「きゅうううっ!!」
ハクが、俺の肩から、跳んだ。
空中で、その小さな体が、白銀の光に包まれ、見る間に膨れ上がる。全長十メートルの、真の姿。だが、今回は、戦うためじゃない。仲間を、救うために。
巨大化したハクが、縛られた原初の獣に、寄り添った。
そして、その口から、白銀の光を――今度は、砲撃ではなく、優しく、温かい魔力の奔流を、衰弱した獣へと、注ぎ込んでいく。
「ぐ……っ、何を!? やめろ、その獣は、国の資源だ!」
高官が、喚いた。だが、遅い。
「ハル! 枷の結節点だ! あの、青く光ってる三箇所を、断て!」
「うおおおっ!」
ハルが、跳んだ。
ハクが魔力を注ぎ、原初の獣が力を取り戻していく、まさにその瞬間。ハルの大剣が、枷の結節点を、一つ、二つ、三つと、正確に断ち斬った。
ぱきん、と。
澄んだ音を立てて、何百年もの檻が――砕けた。
◇
解放された原初の獣が、ゆっくりと、体を起こした。
ハクの魔力を受けて、その毛並みに、少しずつ、光が戻っていく。痩せ衰えた体は、すぐには元に戻らない。だが、その瞳に、確かに、生きる力が、灯った。
「グルルル……」
原初の獣が、ハクを見て、優しく、鳴いた。
まるで、「ありがとう」とでも言うように。ハクも、嬉しそうに、その大きな獣に、頭をすり寄せた。
「ば、馬鹿な……原初の獣が、二体……!? こんなもの、聞いていないぞ!」
高官が、後ずさった。
その顔に、初めて、恐怖が浮かぶ。
「言っただろう」
俺は、静かに告げた。
「俺たちは、もう、止まらない。お前たちが、何百年もかけて、檻に閉じ込めてきたものが――今、目を覚ます。一体ずつ、確実にな」
二体の白銀の獣が、高官の部隊を、静かに見据えた。
もはや、勝敗は、明らかだった。
北嶺の核ダンジョンの解放。
それは、長い長い、解放の戦いの、確かな、最初の勝利だった。
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<あとがき>
第19話を読んでくださって、ありがとうございます!
北嶺の核ダンジョン、攻防戦。ヴァンの「理を読む」指揮のもと、ハルの剣、リンの暗器、ガレスの内部知識が噛み合い、管理部隊を打ち破りました。それぞれの得意分野が活きる、カルテルの連携を楽しんでいただけたら嬉しいです。
そして、ハクの新たな力。これまで「戦う」ために使ってきた巨大化を、今回は「仲間を救う」ために使いました。衰弱した原初の獣に、優しく魔力を注ぐハクの姿に、この子の成長を感じていただけたでしょうか。
ついに、二体目の原初の獣が解放されました。残るは、あと四体。ヴァンたちの解放の旅は、まだ始まったばかりです。
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