第18話「解放者の、最初の一歩」
一枚の古い地図から始まった。
ガレスが、禁書庫の記録から書き写してきた、国の機密。
そこには、この国に点在する「核ダンジョン」の位置が、記されていた。原初の獣が封じられ、今も搾取され続けている、いくつもの檻。その、ありか。
「全部で、五つ」
俺は、地図の上に並んだ印を、指でなぞった。
「五体の原初の獣が、まだ、檻の中にいる。ハクの、仲間が」
「きゅう……」
俺の肩の上で、ハクが、悲しげに鳴いた。地図の印を見つめる、その金色の瞳が、わずかに揺れている。この子には、わかるのだ。同じ原初の獣が、どこで、どんなふうに苦しんでいるのか。
「五つ全部を、一気には無理だ」
ガレスが、慎重に言った。
「国は混乱しているとはいえ、まだ完全に倒れたわけじゃない。原初の獣を『資源』として手放したくない連中も、残ってる。下手に動けば、また潰される」
「わかってる。だから、まずは一つ」
俺は、五つの印のうち、一番手前の一つを指した。
「ここだ。『北嶺の核ダンジョン』。一番、警備が手薄になってる。国の混乱で、管理の人手が、他に割かれてるからな。解放するなら、今しかない」
◇
「でも、ボス」
ハルが、首をかしげた。
「原初の獣を解放するって、具体的に、どうするんすか? 檻を、ぶっ壊せばいいんすか?」
「そう単純じゃない」
俺は、地図の脇に書かれた、ガレスの覚え書きを示した。
「原初の獣は、ダンジョンの最深部で、特殊な『魔力枷』に繋がれてる。その枷が、獣の魔力を吸い上げて、ダンジョンを維持し、資源を生み出す仕組みだ。枷を、ただ壊せばいいわけじゃない。獣が衰弱しきってる場合は、枷を外した瞬間に、命を落とすこともある」
「じゃあ、どうすれば……」
「枷を外すと同時に、外から魔力を補ってやる必要がある。それができるのは――」
俺は、肩のハクを見た。
「同じ、原初の獣だけだ。ハク。お前の力が、いる」
「きゅっ」
ハクが、任せろ、とでも言うように、胸を張った。
その小さな仕草が、なんとも頼もしい。この子は、もう、ただ守られるだけの存在じゃない。仲間を救うために、自分の力を使おうとしている。
「ただし、無理はさせない」
俺は、釘を刺すように言った。
「お前の力は、まだ、長くは持たない。決戦のときも、すぐに消耗した。だから、段取りは、俺が完璧に組む。お前が力を使うのは、本当に必要な、その一瞬だけだ。それまでは、俺たちが、道を作る」
◇
北嶺の核ダンジョンへの道のりは、険しかった。
切り立った山の、さらに奥。万年雪に閉ざされた、人を寄せつけない秘境。その地下深くに、核ダンジョンの入口は隠されていた。
国が、わざわざこんな辺境に核を封じたのは、人目を避けるためだろう。原初の獣の存在を、誰にも知られないように。
「寒い……っす。手が、かじかむっす」
ハルが、白い息を吐きながら、身を震わせた。
「我慢しろ。もうすぐ、入口だ」
俺たちは、雪の中を進んだ。リンが先頭で、隠された道の痕跡を読み、ガレスが、国の残存警備の配置を予測し、ハルが、不測の事態に備えて、しんがりを固める。
そして俺は、全体を見ながら、最適なルートを、頭の中で組み続ける。
やがて、雪の岩壁に、ぽっかりと口を開けた、ダンジョンの入口が見えてきた。
その入口を守るように、数人の、国の警備兵が立っている。
「思った通り、手薄だな」
俺は、物陰から、その様子を観察した。
「四人。だが、油断はするな。あいつらは、原初の獣を『管理』する専門部隊だ。普通の警備兵とは、わけが違う」
「どうするの? 正面から?」
リンが、囁いた。
「いや。ハルとリンで、音もなく無力化しろ。殺すな。気絶させるだけでいい。あいつらも、国に使われてるだけの駒だ」
「了解」
リンが、影のように滑り出していく。ハルも、それに続いた。
二人の連携は、見事だった。リンが色香で一人の注意を引きつけ、その隙にハルが、当て身で意識を刈り取る。声を上げる間もなく、四人の警備兵が、雪の上に崩れ落ちた。
「さすがだ」
俺は、立ち上がった。
「行くぞ。原初の獣が、待ってる」
◇
ダンジョンの、最深部。
そこは、巨大な、地下の空洞だった。
中央に、鎖と魔力の枷に、幾重にも縛られた、巨大な影。
原初の獣だった。だが――その姿は、痛ましかった。
ハクと同じ、白銀の獣。だが、その毛並みは、ぼろぼろに乱れ、痩せ衰え、光を失っている。長い、あまりに長い搾取の歳月が、その体を、ぼろぼろにしていた。
「ひどい……」
ハルが、絶句した。
「これが……何百年も、搾取され続けた、姿……」
「きゅう……! きゅううっ!」
俺の肩の上で、ハクが、悲痛な声で鳴いた。今にも、駆け寄ろうとする。
俺は、その小さな体を、そっと押さえた。
「待て、ハク。まだだ。枷の仕組みを、見極めてからだ」
俺は、原初の獣を縛る、魔力の枷を観察した。
その構造。魔力の流れ。吸い上げる、リズム。すべてを、頭の中で、数字に変えていく。
ダンジョンの障壁も、火竜の核も、禁書庫の警備も、そして、この枷も。仕組みがあるものには、必ず、理がある。理を読めば、攻略の糸口は、必ず見える。
「……見えた」
俺は、呟いた。
「枷の魔力は、一定周期で、強弱を繰り返してる。一番弱まる、その瞬間に、枷の結節点を断つ。同時に、ハクが、魔力を注ぎ込む。そうすれば、この子を、衰弱させずに、解放できる」
俺は、仲間たちを見回した。
「全員、配置につけ。一度きりの、チャンスだ。――この子を、十年分の、いや、何百年分の檻から、解き放つ」
その時だった。
地下空洞の奥から、ゆっくりと、拍手の音が響いてきた。
「素晴らしい。実に、見事な手際だ」
聞き覚えのない、しかし、ぞっとするほど聞き覚えのある種類の声。
振り返った先に、立っていたのは――見知らぬ、国の高官だった。ヴェルダンと、同じ匂いのする男。冷たく、計算高い目をした。
「君が、ヴァンか。監察卿を失脚させた、ね。お初にお目にかかる。私は、ヴェルダン卿の、後任でね」
男は、にやりと笑った。
「原初の獣の管理は、これからも、続く。君がいくら暴れようと、この国は、獣なしでは立ち行かない。――さあ、その忌々しいカルテルごと、ここで、消えてもらおうか」
男が指を鳴らすと、空洞の四方から、新たな部隊が、姿を現した。
俺たちは、囲まれていた。
「……第二、第三のヴェルダン、か」
俺は、ふっと笑った。
ガレスの、言った通りだ。膿は、一人を倒したくらいでは、出しきれない。
「上等だ。何人でも、出てこい。――俺たちは、もう、止まらない」
原初の獣の、解放。
その最初の一歩は、新たな敵との、戦いの幕開けでもあった。
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<あとがき>
第18話を読んでくださって、ありがとうございます!
第二部「解放編」、本格始動です。ヴァンたちの新たな目標は、まだ檻に囚われた、五体の原初の獣の解放。その第一歩として、北嶺の核ダンジョンへ。
痛ましい姿で搾取され続けてきた、原初の獣。それを見たハクの悲痛な鳴き声に、胸が締めつけられます。そして解放には、同じ原初の獣であるハクの力が不可欠。守られる存在だったハクが、仲間を救う側になる――その成長も、見どころです。
しかし、立ちはだかるのは、ヴェルダンの後任。膿は、一人倒したくらいでは出しきれない。新たな敵との戦いが、始まります。
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