第17話「英雄でも、悪党でもなく」
ヴェルダンとの決戦から、半月が過ぎた。
あの灰色の荒野での出来事は、静かに、だが確実に、この国を揺るがし始めていた。
ガレスと、彼が率いる国の良心派が、禁書庫に眠っていた真実を、一つずつ明るみに出していった。消えた都市エルの大事故。原初の獣への、長年の実験。俺が荒野に残した報告書も、彼らが回収し、動かぬ証拠として突きつけた。
国家管理局は、大混乱に陥った。
監察卿ヴェルダンの失脚。隠蔽されてきた、数々の罪。長年、国を蝕んできた膿が、一気に噴き出した。
「……まさか、こんなに早く、国が動くとはな」
俺は、奈落市場の隠れ家で、一枚の新聞を眺めていた。
表の世界の新聞だ。一面に、躍る見出し。『管理局、不正の全容解明へ』『消えた都市、エルの真実』。誰も知らなかった真実が、今、白日の下に晒されようとしている。
「あなたのおかげ、でしょう」
隣で、リンが、紅茶を傾けながら言った。
「十年がかりで、あなたが引きずり出した真実。それが、ようやく形になってきた。……感慨深いものは、ないの?」
「さあな」
俺は、新聞を卓に置いた。
「正直、ぴんとこない。十年、ずっとこれを目指してきた。なのに、いざ叶ってみると……妙に、静かな気分だ」
復讐は、終わった。俺を消した男は、裁かれる。隠された真実は、暴かれる。
なのに、胸の中は、晴れやかというより、どこか空っぽだった。憎しみという、長年の燃料が、燃え尽きてしまったような。
◇
その時、隠れ家の扉がノックされた。
ガレスだった。表の世界で忙しく立ち回っているはずの男が、久しぶりに顔を見せた。
「兄貴。少し、いいか」
その表情は、晴れやかではなかった。むしろ、苦渋に満ちている。
「どうした。国の浄化は、順調なんだろう」
「ああ。それは、進んでる。ヴェルダンの罪も、エルの真実も、もう止められない。……だが、一つ、厄介な問題がある」
ガレスは、椅子に座り、声を潜めた。
「原初の獣の、ことだ」
俺は、膝の上で丸くなっていたハクを、思わず見た。
「真実を公表すれば、当然、原初の獣の存在も明らかになる。ダンジョンが、自然のものではなく、原初の獣が生み出していること。国の資源が、すべて、あの獣たちの犠牲の上に成り立っていたこと。……これを、民が知ったら、どうなると思う」
「……混乱、するだろうな」
「ああ。資源は、無限じゃない。一匹の獣を、搾取して得ていた。そう知れば、経済は揺らぐ。それだけじゃない。中には、こう考える者も出てくる。『なら、もっと上手く、獣を管理すればいい』『搾取を、効率化すればいい』とな」
俺の、背筋が冷えた。
「ヴェルダンと、同じ発想か」
「そうだ。ヴェルダンは、倒した。だが、ヴェルダンを生んだ『仕組み』そのものは、まだ残ってる。下手をすれば、第二、第三のヴェルダンが現れる。原初の獣を、また檻に戻そうとする連中が、な」
膝の上で、ハクが、不安げに、きゅう、と鳴いた。
俺は、その小さな頭を、そっと撫でた。
◇
「それに、兄貴」
ガレスは、さらに声を落とした。
「禁書庫の記録を、調べていて、わかったことがある。……囚われている原初の獣は、ハクの親だけじゃ、ない。この国には、いくつかの『核』となるダンジョンがあって、その最深部には、それぞれ、原初の獣が封じられている。今も、搾取され続けている個体が――複数、いる」
俺は、目を閉じた。
いつだったか、ザイルが言っていた。原初の獣は、ダンジョンを生み出す、根源の生命体だと。一匹じゃ、なかった。この国の繁栄の裏で、いくつもの命が、今も、檻の中で苦しんでいる。
「ハクは、たまたま、卵の状態で外に流出した。だから、自由になれた。だが――まだ、檻の中にいる連中が、いる」
「きゅう……」
ハクが、俺の手を、じっと見上げた。
まるで、「家族が、まだ囚われている」と訴えるように。この子には、わかるのかもしれない。同じ、原初の獣の苦しみが。
「……なあ、ガレス」
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、ずっと、自分のために戦ってきた。十年前に奪われたものを、取り返すために。復讐のために。だが――それは、もう終わった」
俺は、膝の上のハクを抱き上げた。傷の癒えた、小さな体。決戦で、家族のために命を懸けて戦った、この子を。
「次は、こいつのために戦うのも、悪くないかもしれん。まだ檻の中にいる、こいつの家族を、解放するために。――どうせ俺は、英雄にも、悪党にもなれなかった半端者だ。なら、半端者には、半端者の戦い方がある」
リンが、ふっと笑った。
「あら。復讐が終わって、腑抜けになったかと思ったら。……次の、無謀な目標を見つけたわけね」
「無謀、か。だが、無謀をひっくり返してきたのが、俺たちだろう」
俺は、立ち上がった。
胸の中の、空っぽだった場所に、新しい何かが灯り始めていた。憎しみではない、もっと温かい炎が。
◇
その夜。
アパートに帰ると、ノアが、また絵を描いていた。
「ボス、見て! あたらしい絵!」
差し出された画用紙には、たくさんの白いもこもこが描かれていた。ハクと、よく似た、白い獣たち。それが、檻の中ではなく、広い緑の野原を、自由に駆け回っている。
「これは……?」
「あのね、夢で見たの。ハクの、お友達。いっぱいいるの。みんな、暗いところに、閉じ込められてて……でもね、いつか、ハクと、ボスたちが、助けに来てくれるって。みんな、待ってるの」
俺は、息を呑んだ。
ノアの夢は、いつも、何かを指し示す。過去を。今を。そして――これから、起こることを。
「……そうか」
俺は、ノアの頭を撫でた。
「その夢、正夢にしてやらないとな」
「うん!」
ノアが、嬉しそうに笑った。その腕の中で、ハクも、きゅう、と誇らしげに鳴いた。
窓の外には、満天の星空が広がっていた。
十年前、俺は、すべてを失った。名前も、力も、仲間も。
だが今、俺の隣には、家族がいる。守るべきものが、進むべき道が、ある。
復讐の物語は、終わった。
ここから始まるのは――解放の物語だ。
まだ見ぬ、囚われた原初の獣たちと。
その先で待つ、もっと深い、国の闇と。
俺たちの、新しい戦いが、幕を開ける。
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<あとがき>
第17話を読んでくださって、ありがとうございます!
ヴェルダンとの決戦から半月。今回は、戦いの余韻と、新たな目標を描く回でした。復讐を成し遂げたヴァンが感じたのは、達成感よりも、どこか空っぽな感覚。長年の憎しみという燃料が、燃え尽きてしまったからです。
そんな彼が見つけた、新しい戦う理由。それは「ハクのために、まだ檻に囚われた原初の獣たちを解放する」こと。自分のための復讐から、誰かのための解放へ。ヴァンの戦いは、新たな章へと進みます。
そして、ノアの夢が示した、囚われた白い獣たち。彼女の予知夢が、次の物語の扉を開きます。長らく描いてきた第一部が、ここで一区切り。第二部は「解放編」として、さらにスケールアップしてお届けします。
ここまで本当にありがとうございました。続きが気になった方は、ブックマークと★★★★★評価をいただけると跳び上がって喜びます。感想も執筆の何よりの励みになります。第二部でも、またお会いできますように!




