表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/22

第15話「呪われた荒野の、決戦」

 かつてエルがあった荒野は、灰色だった。


 草一本生えていない。十年前、原初の獣の魔力が暴走し、十二万人もろとも都市を消し飛ばした、その爪痕。空気そのものが、濁った魔力で淀んでいて、肺に入れるたびに、肌がぴりぴりと痺れる。

 ここに、確かに街があった。人が暮らし、笑い、明日を信じていた。それが今は、何もない。本当に、何もない。


 正午。

 俺は、報告書を手に、その荒野の中心に、一人で立っていた。


「来たね、ヴァン君。約束を守る男は、嫌いじゃない」


 灰色の風の向こうから、ヴェルダンが現れた。

 白髪を撫でつけた、紳士然とした姿。その背後には、武装した護衛が十数人。そして――。


「ノア!」


 護衛の一人に腕を掴まれた、小さな影。ノアだった。その傍らには、鎖のついた檻。中で、白いハクが、ぐったりと横たわっている。魔力を抑え込む特殊な檻だ。巨大化も、できないようにされている。


「ボス……!」


 ノアが、俺を見て、目に涙を浮かべた。だが、気丈にも、泣き声は上げない。怖いだろうに。心細いだろうに。この子は、俺の前では、いつも強くあろうとする。


「待たせたな、ノア。すぐに、迎えに行く」


「感動の再会は、後にしてもらおうか」


 ヴェルダンが、手を差し出した。


「報告書を。それを渡せば、娘は返す。話は、それからだ」


「その前に、一つ聞かせろ」


 俺は、動かなかった。


「なぜ、ここを選んだ。エルの跡地を。ただの趣味とは、思えない」


 ヴェルダンの口元が、笑みの形に歪んだ。


「鋭いね。さすがだ。……いいだろう、冥土の土産に教えてやろう」


 彼は、灰色の大地を、愛おしむように見回した。


「この土地には、十年前の暴走の魔力が、今も濃く残っている。そして、その魔力は――原初の獣に、共鳴する。つまり」


 ヴェルダンが、檻の中のハクを、指さした。


「この場所でなら、私は、あの獣の力を、強制的に引き出せる。十年前、できなかった『完全な制御』を、今度こそ、成し遂げる。あの忌々しい暴走を、今度は、私の手で、兵器に変えるのだ」


 俺の、背筋が凍った。

 こいつは、ハクを――原初の獣を、兵器にするつもりだ。十二万人を消した、あの力を。今度は、意図的に。


「正気か。また、暴走したら、どうする。今度は、この国ごと、消し飛ぶぞ」


「リスクは承知の上だ。だが、成功すれば、我が国は、無敵の力を手にする。国家千年の繁栄のためなら――安いものだ」


 ヴェルダンの目に、狂気じみた信念が、宿っていた。

 この男は、本気だ。十二万人の死から、何も学んでいない。ただ、より大きな力を求めて、同じ過ちを、繰り返そうとしている。


  ◇


「さあ、報告書を。さもなくば――」


 ヴェルダンが、護衛に、目配せした。

 ノアを掴む護衛の手に、力がこもる。ノアが、小さく、悲鳴を上げた。


「わかった」


 俺は、報告書を、地面に置いた。そして、両手を上げる。


「渡す。だから、ノアを、放せ」


「賢明だ」


 ヴェルダンが、満足げに頷いた。護衛の一人が、報告書を拾いに、歩み寄ってくる。


 ――今だ。


「リン」


 俺は、低く、呟いた。


 次の瞬間。

 ヴェルダンの背後、岩陰に潜んでいたはずの伏兵たちが、声もなく、次々と崩れ落ちた。リンだ。とっくに回り込んで、一人残らず、無力化していた。俺が表で時間を稼いでいる間に。


「な……馬鹿な!?」


 ヴェルダンが、初めて、動揺した。


「ハル! 今だ!」


 俺の合図と同時に、灰色の風を裂いて、影が走った。

 ハルだ。ノアを掴む護衛の懐に、一瞬で潜り込む。大剣の腹で、護衛を殴り飛ばし、ノアを抱え上げた。


「ノアちゃんは、もらってくっす!」


「ボス! ハルおにいちゃん!」


 ハルは、ノアを抱えたまま、風のように、戦場を離脱していく。安全圏へ。約束通り、何よりも先に、あの子を。


「ガレスが、増援も抑えてる。ヴェルダン――お前の用意した盤面は、もう、崩れてる」


 俺は、ゆっくりと、前に進み出た。


「言っただろう。お前は、いつも、俺を一人だと数える。だが、俺には、家族がいる。それが、十年前のお前と、今の俺の、違いだ」


  ◇


「おのれ……小賢しい真似を」


 ヴェルダンの顔から、余裕が消えた。だが、まだ、終わらない。

 彼は、懐から、黒い宝珠を取り出した。禍々しい魔力が、脈打っている。


「いいだろう。ならば――予定を、早めるまでだ」


 ヴェルダンが、宝珠を、ハクの檻に、かざした。


「この地の魔力と、この触媒。これで、貴様の制御など、なくとも――原初の獣の力は、引きずり出せる!」


 黒い光が、檻の中のハクを、包んだ。


「キュ……キュゥゥゥ……!」


 ハクが、苦しげに、もがいた。その体から、白銀の光と、黒い魔力が、せめぎ合うように、噴き出す。


「ハク!」


 俺は、駆け出した。

 あの子が、苦しんでいる。意思に反して、力を、引きずり出されている。十年前と、同じだ。原初の獣を、道具として、搾取しようとしている。


「やめろ、ヴェルダン! その子は、道具じゃない!」


「道具だとも! 獣は、獣だ! 人間のために、使われるためにある!」


 ヴェルダンが、叫んだ。その瞬間――。


「きゅ……ぅ」


 苦しむハクの、金色の瞳が、檻の向こうの、俺を捉えた。

 そして、その視線が、ハルに抱かれて、無事に逃げていく、ノアの背中へと、向けられた。


 次の瞬間。

 ハクの体から噴き出していた黒い魔力が、ふっと、鎮まった。

 代わりに――静かで、温かい、白銀の光が、檻を、満たしていく。


「な……何!? なぜ、制御を、取り戻す!? 触媒の力に、逆らうなど……!」


 ヴェルダンが、絶句した。


 俺には、わかった。

 ハクは、力に呑まれることを、自分の意思で、拒んだんだ。

 守りたいものが、あるから。ノアが、俺たちが、無事だと知ったから。だから、暴走しない。道具には、ならない。


 原初の獣は――この子は、十年前のあの日とは、違う。

 今は、愛されることを、知っている。


  ◇


「ハク! お前の、好きにしていい!」


 俺は、檻に駆け寄りながら、叫んだ。


「もう、誰の道具にも、ならなくていい! お前は、お前だ! 俺たちの、家族だ!」


「きゅう――!」


 ハクが、応えるように、鳴いた。

 その瞬間、白銀の光が、爆発的に膨れ上がり――魔力を抑え込んでいた檻が、内側から、粉々に砕け散った。


 光の中から、現れる。

 全長十メートルの、白銀の獣。原初の獣、ハクの、真の姿。

 だが、その姿は、以前見たときよりも、ずっと、神々しかった。怒りでも、暴走でもない。守るために振るわれる、静かで、強大な力。


「グルルルルル……!」


 ハクが、ヴェルダンを、見下ろした。

 金色の瞳に、射すくめられ、ヴェルダンが、初めて、恐怖の表情を浮かべる。


「ば、化け物が……!」


「違う」


 俺は、ハクの隣に、立った。


「こいつは、化け物じゃない。お前が、化け物にしようとした。だが、こいつは、ならなかった。――愛されることを、知ったからだ。お前には、一生、わからないだろうがな」


 灰色の荒野に、白銀の光が、満ちていく。

 十年前、ここで、すべてが、終わった。

 そして今、ここから、すべてが、変わる。


 決着の、時だ。


---


<あとがき>


第15話を読んでくださって、ありがとうございます!


ついに、呪われた荒野での決戦。ヴェルダンの狙いは、原初の獣を兵器化すること――十二万人を消した過ちを、性懲りもなく繰り返そうとする。それに対し、ハクが出した答えは「暴走しない」でした。


十年前の原初の獣と、今のハクの違い。それは「愛されることを知っているかどうか」。力に呑まれそうになったハクを救ったのは、ヴァンの知略でも腕力でもなく、ノアたちと過ごした、家族の温もりでした。この物語でずっと描いてきた「家族」というテーマが、決戦のクライマックスで力に変わる――そんな回にしたつもりです。


次回、いよいよヴェルダンとの決着。十年越しの因縁に、終止符を。


続きが気になった方は、ブックマークと★★★★★評価をいただけると跳び上がって喜びます。感想も執筆の励みになります。次話「歯車の、終わり」でまたお会いしましょう!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ