第62話 霧の取引
――霧の王国ヴェイル、南区画。
塔から離れた路地。
霧は相変わらず薄く漂っている。
だが今のレインには分かる。
これは自然ではない。
流れがある。
意図がある。
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視聴者:148
【さっきの塔やばかった】
【造形師って何】
【レイン逃げたの正解だろ】
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ミナが、そっと言う。
「……ユイの家、こっち」
小さな手が、レインの袖を引く。
震えてはいない。
だが、握る力が強い。
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木造の小さな家。
扉の前に立つと、ユイが不安そうに見上げた。
「……ほんとに、ママいる?」
「いる」
レインは即答した。
「“いる”は、消せない」
そう言って扉を叩く。
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ゆっくりと開いた。
中から現れたのは――
痩せた女性。
目は赤い。
だが、生きている。
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ユイが叫んだ。
「ママ!」
抱きつく。
女性は、最初は戸惑った。
だが次の瞬間――
腕を回した。
涙が落ちる。
「……ユイ……」
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視聴者:163
【よかった…】
【普通の母娘じゃん】
【消えてなかったのか】
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レインは静かに鑑定する。
《記録干渉:軽度》
《記憶改竄:進行中》
(進行中……?)
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女性が、レインを見る。
「……あなたが?」
「通りすがりだ」
「……ありがとうございます」
その声は、確かに感情がある。
消えていない。
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その夜。
ユイの家で簡単な食事を囲んだ。
粗末なパン。
薄いスープ。
だが、温かい。
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ミナは、ユイの隣で小さく笑っている。
久しぶりの、年相応の顔。
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レインは、静かに霧を見ていた。
外では霧が流れている。
ゆっくり。
一定方向へ。
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翌朝。
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レインが目を覚ますと、家の中は静かだった。
ユイが台所に立っている。
一人で。
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「……ユイ?」
振り向いた少女の顔は――
無表情だった。
「……誰ですか?」
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視聴者:201
【え?】
【え??】
【昨日の感動返せ】
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レインの視線が、奥の寝室へ向く。
女性は、そこにいる。
だが。
目が虚ろ。
「……あなたは?」
レインを見る。
「ここは、誰の家ですか?」
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ミナの手が、震える。
「……昨日、抱きしめてたよ……」
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ユイは首を傾げる。
「そんな人、いません」
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レインは、即座に鑑定する。
《記憶削除:完了》
《対象:母親との関係》
《改竄ログ:中央記録庁経由》
(……夜のうちに)
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視聴者:229
【消された】
【マジで存在消しだ】
【怖すぎる】
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ユイは続ける。
「ママは……いません」
「私は、ずっと一人です」
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ミナが、震える声で言う。
「……嘘だよ」
「昨日、笑ってた」
「……ちゃんと、笑ってた」
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ユイは困った顔をする。
「ごめんなさい」
「覚えてません」
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その瞬間。
ミナの瞳に、ルナリスの水が重なった。
止められた流れ。
奪われた日常。
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小さな拳が握られる。
「……ひどい」
震えながら。
「なんで……そんなことするの」
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レインは何も言わない。
だが、目が変わっていた。
静かに。
深く。
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(“存在消し”は、個人じゃない)
(国家単位の仕組みだ)
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家の外。
霧が、ゆっくりと流れている。
まるで、何事もなかったかのように。
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視聴者:261
【これ殴れない敵すぎる】
【物理じゃない支配きた】
【怒っていいぞレイン】
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ミナが、ぽつりと言う。
「……レイン」
「私は、忘れたくない」
「たとえ、つらくても」
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レインは、初めて彼女を見る。
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「……ああ」
「忘れさせない」
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声は低い。
だが、迷いはない。
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霧の王国ヴェイル。
ここでは。
記憶すら、取引される。
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そしてその取引は――
今も、続いている。
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(第62話・完)




