表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/105

第62話 霧の取引

 ――霧の王国ヴェイル、南区画。


 塔から離れた路地。


 霧は相変わらず薄く漂っている。


 だが今のレインには分かる。


 これは自然ではない。


 流れがある。


 意図がある。



視聴者:148

【さっきの塔やばかった】

【造形師って何】

【レイン逃げたの正解だろ】



 ミナが、そっと言う。


「……ユイの家、こっち」


 小さな手が、レインの袖を引く。


 震えてはいない。


 だが、握る力が強い。



 木造の小さな家。


 扉の前に立つと、ユイが不安そうに見上げた。


「……ほんとに、ママいる?」


「いる」


 レインは即答した。


「“いる”は、消せない」


 そう言って扉を叩く。



 ゆっくりと開いた。


 中から現れたのは――


 痩せた女性。


 目は赤い。


 だが、生きている。



 ユイが叫んだ。


「ママ!」


 抱きつく。


 女性は、最初は戸惑った。


 だが次の瞬間――


 腕を回した。


 涙が落ちる。


「……ユイ……」



視聴者:163

【よかった…】

【普通の母娘じゃん】

【消えてなかったのか】



 レインは静かに鑑定する。


 《記録干渉:軽度》

 《記憶改竄:進行中》


(進行中……?)



 女性が、レインを見る。


「……あなたが?」


「通りすがりだ」


「……ありがとうございます」


 その声は、確かに感情がある。


 消えていない。



 その夜。


 ユイの家で簡単な食事を囲んだ。


 粗末なパン。


 薄いスープ。


 だが、温かい。



 ミナは、ユイの隣で小さく笑っている。


 久しぶりの、年相応の顔。



 レインは、静かに霧を見ていた。


 外では霧が流れている。


 ゆっくり。


 一定方向へ。



 翌朝。



 レインが目を覚ますと、家の中は静かだった。


 ユイが台所に立っている。


 一人で。



「……ユイ?」


 振り向いた少女の顔は――


 無表情だった。


「……誰ですか?」



視聴者:201

【え?】

【え??】

【昨日の感動返せ】



 レインの視線が、奥の寝室へ向く。


 女性は、そこにいる。


 だが。


 目が虚ろ。


「……あなたは?」


 レインを見る。


「ここは、誰の家ですか?」



 ミナの手が、震える。


「……昨日、抱きしめてたよ……」



 ユイは首を傾げる。


「そんな人、いません」



 レインは、即座に鑑定する。


 《記憶削除:完了》

 《対象:母親との関係》

 《改竄ログ:中央記録庁経由》


(……夜のうちに)



視聴者:229

【消された】

【マジで存在消しだ】

【怖すぎる】



 ユイは続ける。


「ママは……いません」


「私は、ずっと一人です」



 ミナが、震える声で言う。


「……嘘だよ」


「昨日、笑ってた」


「……ちゃんと、笑ってた」



 ユイは困った顔をする。


「ごめんなさい」


「覚えてません」



 その瞬間。


 ミナの瞳に、ルナリスの水が重なった。


 止められた流れ。


 奪われた日常。



 小さな拳が握られる。


「……ひどい」


 震えながら。


「なんで……そんなことするの」



 レインは何も言わない。


 だが、目が変わっていた。


 静かに。


 深く。



(“存在消し”は、個人じゃない)


(国家単位の仕組みだ)



 家の外。


 霧が、ゆっくりと流れている。


 まるで、何事もなかったかのように。



視聴者:261

【これ殴れない敵すぎる】

【物理じゃない支配きた】

【怒っていいぞレイン】



 ミナが、ぽつりと言う。


「……レイン」


「私は、忘れたくない」


「たとえ、つらくても」



 レインは、初めて彼女を見る。



「……ああ」


「忘れさせない」



 声は低い。


 だが、迷いはない。



 霧の王国ヴェイル。


 ここでは。


 記憶すら、取引される。



 そしてその取引は――


 今も、続いている。



(第62話・完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ