第54話 少女の願い
――夜。
宿の屋根の上。
ルナリスは静かだった。
さっきまで水柱が暴れたとは思えないほど、
水面は穏やかに揺れている。
まるで何も起きていない街。
それが、余計に気味が悪い。
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レインは、黙って座っていた。
肩の傷は浅い。
だが、痛みよりも――
「押された」という事実が残っている。
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視聴者:1,064
【さすがに今日はきついな】
【水中は相性最悪】
【でも主人公の目死んでない】
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ミナは、少し離れた位置に座っていた。
膝を抱えたまま。
けれど今日は、水から目を逸らしていない。
怖い。
でも、見ている。
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「……レイン」
小さな声。
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「ん?」
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ミナは、言葉を探すように息を吸った。
「……さっき」
「……助けてくれた」
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レインは答えない。
当たり前のことをした顔だ。
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「でも……」
ミナの声が揺れる。
「私のせいで……」
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レインは、少しだけ目を細める。
「関係ない」
「俺は、どのみち行った」
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ミナは首を振る。
「違う」
「……私がいなかったら」
「もっと……戦えたかもしれない」
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その言葉は、過去の延長だった。
“自分がいると、守られる側になる”
“守られると、足手まといになる”
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視聴者:1,121
【その思考だめだよ】
【ミナちゃん背負いすぎ】
【ここ大事】
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レインは、しばらく黙った。
怒らない。
否定しない。
ただ、空を見上げる。
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「……前は」
ぽつりと。
「勝てば、それで良かった」
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ミナが顔を上げる。
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「敵を潰して」
「強いって証明して」
「見返して」
そこで止まる。
王都のことは言わない。
配信の向こうのことも言わない。
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「でもな」
静かな声。
「勝っても、守れなかったら意味がない」
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ミナの目が揺れる。
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「……守る?」
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「さっき」
レインは続ける。
「俺は、水の流れを切ろうとした」
「でも、街ごと壊しかけた」
「……あれは、違う」
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視聴者:1,196
【主人公の内面きた】
【成長回だこれ】
【ここで覚醒準備か】
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レインは、水門塔を見つめる。
「勝つだけじゃ、足りない」
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その言葉は、重い。
自分に向けた言葉。
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「止める」
「壊す」
「叩き潰す」
簡単だ。
でも。
「……それじゃ、また別の誰かが泣く」
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ミナの胸が、ぎゅっと締まる。
初めて、自分だけに向けられた強さじゃないと分かる。
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「……じゃあ」
ミナは、勇気を振り絞る。
「どうするの?」
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レインは、少しだけ笑った。
自嘲じゃない。
決意の前の静かな顔。
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「守りながら、勝つ」
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視聴者:1,281
【それが一番むずい】
【難易度爆上がり宣言】
【でもそれが主人公】
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ミナは、しばらく黙っていた。
そして――
「……わたし」
声が震える。
「誰も死なない街がいい」
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小さい。
でも、はっきりしている。
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「パンがあって」
「お母さんが笑ってて」
「水が……怖くなくて」
「……ただ、それだけでいい」
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レインは、目を閉じる。
その願いは、
守る理由には、十分すぎる。
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「……分かった」
静かな返事。
「なら、そうなるように、壊す」
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ミナが、ぽかんとする。
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「壊すんじゃん……」
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レインは小さく笑う。
「壊す場所を選ぶ」
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視聴者:1,364
【主人公理論きた】
【壊すけど選ぶ】
【それが成長】
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そのとき。
水面に、小さな波紋。
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ミナの体が一瞬こわばる。
だが、逃げない。
レインの袖を握る。
震えながらも。
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「……怖い」
「でも……逃げたくない」
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レインは、ゆっくりうなずく。
「なら、俺の後ろにいろ」
「前には出るな」
「でも、目は逸らすな」
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ミナが、こくりと頷く。
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レインは、夜の水路を見つめる。
都市全体を流れる水。
ネレイスの“場”。
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(侵食されるなら)
(逆に、侵食させる)
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水を遮断するのではない。
水と接続する。
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(都市規模で)
(場ごと、書き替える)
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視聴者:1,442
【なに企んでる】
【スケール上がったぞ】
【神回前の匂い】
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ミナが、小さく言う。
「……レイン」
「うん?」
「……ありがとう」
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レインは、少しだけ目を逸らす。
「……まだだ」
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水理卿ネレイス。
思想で支配する者。
水で街を縛る者。
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守るために勝つ。
勝つために学ぶ。
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少女の願いが、
主人公の戦い方を変えた夜。
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水面の奥で。
巨大な流れが、ゆっくりと向きを変え始める。
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(第54話・完)




