【8】昔々ある世界に
凪かあさんの過去回。
扉とは。
《扉とは、建物、部屋、乗り物などの出入口、あるいは収納家具などの出し入れ口などにつけられ、開口部を閉じて、内部と外部の空間を遮断する機能をもつ部分のことである。 望む時にだけ人や物が出入りし、望まない時には出入りできないように働く。》
某辞典から抜粋するとこんな感じ。
「つまりだ、これは扉という名前の定義をはみ出していると思うわけだよ。」
据わった目で両親を睥睨して薄ら笑いを浮かべながら隼瀬おじさんが滔々と言葉を紡ぐ。
「そもそも何故、今この時期に旅に出たんだ?守るべき家族も家もあるのに…そのためにこの扉を作ったと?その扉から変なものが湧き出したなら、ずいぶん本末転倒じゃないのか?というか、横着しないで普通に帰ってくるという発想はどこにしまったんだ?それとも元々ないのか?あれだけ俺が教えたはずなのに、忘れたとか言わせないからな。」
隼瀬おじさんのお説教に(いつも通り)両親は正座で項垂れながら冷や汗をかいている。時々チラチラとお互いでアイコンタクトを取っているが、おじさんの前には全くの無力だった。
「それと…。雪雄、お前たちの来歴、そろそろ俺たち全員で共有すべきだと思わないか?」
「えっと、その、まだそれは時期尚早なんじゃないかと…」
「話したところで多分3人とも信じられないと思うんだよね…」
と、隼瀬おじさんの眼光がさらに鋭くなった。
「「ヒィッ!」」
「この短期間にこれだけやらかしておいて今更?」
「仰ることはご尤もです!」
「ただ、もうちょっと猶予とか温情とかなんかこう」
「猶予も温情も品切れだバカモンが!!!」
ビリビリと響き渡る隼瀬おじさんの怒声に私たちもつられてビクッとしてしまう。けど…。
「とうさんとかあさんの来歴って…?2人とも事故のせいで記憶が曖昧だって…。」
「晴ちゃん…ごめんね…。実はね、記憶はちゃんと2人とも問題なくあるの。だけどね…。」
「凪ちゃん…。打ち明けるのか…?」
「だって、隼瀬さんの言う通りだもの。晴ちゃんだってもう大人だよ。小さい子どもじゃない、自分で聞いて、見て、しっかり考えて判断できる子になったのよ。」
姿勢をスッと正して、かあさんが真剣な目で私を見つめて話し始めた。
事の起こりはかあさんが16歳くらいの時だった。
元々生まれ育ったところでは、小さな子供の頃から何かしらを作ったり育てたり、といった生活が当たり前だった。それは家の事を出来るように、とか言うレベルではなく、大昔の徒弟制度や丁稚奉公のような、育てて貰う代わりに技術を仕込まれたり下働きをしたりして、成長した暁にはそこの雇い人として働くというものだった。
もちろんかあさんも例に漏れず、生まれた家から7歳にも満たない頃に鍛冶屋へ弟子入りと言う名の厄介払いをされたそうだ。厄介払いというのも、その頃かあさんには弟や妹が複数いて、到底育てきれないとかあさんの両親が(本人の眼の前で!)言っていたとかで。
「そんな親だったから未練も悲しいもなくてさぁ。鍛冶屋のおやっさんもぶっきらぼうでも情の厚い人だったからむしろラッキーだったね。」
どこか懐かしむような笑みを浮かべてかあさんは話を続けた。
鍛冶屋では今で言う金物屋から鈑金、鍛冶、金物修理まで請け負っていて、早々にそれらの技術を叩き込まれたという。
「子どもがやる仕事じゃないですよね、それ…。」
「そんなこと言ったらどの仕事だってそうよ〜。だけど、あの世界ではそれが普通だったの。出来なければ食えずにくたばるだけ。シンプルでしょ?」
「この時代だったら児童虐待じゃん…。」
「幸い私には魔力があったからね、それなりに重宝されたもんよ。」
「「魔力ぅ?!」」
「ここじゃ微塵も役に立たないけどね。なんせ魔力の媒体になるマナがこの世界にはないんだもの。」
「あ、そ、そうなの…?」
「まぁ、それは置いといてさ。」
それが雲行きが怪しくなってきたのは兄弟子や弟弟子のせいだった。
そこではこの世界でもあちこちに根強くある男尊女卑という価値観が非常に強かったそうだ。そこに魔力を持った女性という嫉妬心をかき立てる要素が加わった。自分たちよりも劣っているはずの女が自分たちよりも有用だと見せつけられる状況に、兄弟弟子たちからの妨害工作や嫌がらせはエスカレートしていった。
そして、その日。
「師匠のおやっさんから開発を頼まれてた魔道具の試運転を妨害されてね、暴発しちゃったのよ。それで世界を渡る羽目になっちゃって。」
しかも落ちた先が荒れた海で難波した船の側。
「海に投げ出されたうえに、私泳げなかったから死ぬかと思ったよ〜。」
必死でもがいていたら岩礁に辿り着いたらしい。ちょうど救助に来た人に助けてもらって、病院に搬送された際にラッキー(?)な行き違いが生じた。
「乗船名簿で行方不明者の中に同じ年頃の女性がいたらしいのよね。何か記憶が混濁してるふりしてたらその人にされちゃってたみたいで。」
それが「赤井 凪」さんだった。
「もちろん、最初は罪悪感すごかったわよー。でもさ、そうしないと私も生きていけなかったから。赤井さんに一生手を合わせながら名前をもらうことにしたの。」
赤井さんもたまたま天涯孤独だったようで、変な勘ぐりも受けず、流れ着いたその街で生活を始めたのだとか。
「魔法は使えないし未成年の女性だし、苦労もしたけどあっちの世界に比べたらまだまだマシだったわね。何より学校に行けたもの。」
それからは金物屋に勤めながら夜間の工業高校を卒業したり、鍛冶屋を営んだりして生計を立てていたら、とうさんと知り合って結婚に至ったと。
「「波乱万丈にもほどがある………。」」
「そうかなぁ?」
「「そうでしょ!!」」
子どもたち二人につっ込まれて苦笑するかあさん。
「そんな事ないでしょー、雪雄さんほどじゃないよ?」
「えっ?!」
「だって雪雄さんの場合はさぁ…」
「あの!扉!扉から、また黒いモヤが!」
「「おっとぉ!」」
ダンッ!と扉の前でとうさんとかあさんが何かを踏みつけるように足を床に叩きつけると、あからさまに唯がホッとした。
「こりゃー早々に作業しちゃわないと、ゆっくり話もできやしないな。ね、雪雄さん、改造の設計は粗方出来てるんでしょ?」
「ああ、マーカーと扉の双方に量子もつれを強化する素材を入れ込めば、まずは問題ないはずだ。」
「材料あったっけ?」
「こないだ手に入れたこの鉱物なら…」
「あー、なるほどね。これならちょっとやそっとで解除できないもつれが維持できるわね。」
「このままいけるかな?」
「ちょっと加工させて〜サイズが…。」
早々に話を放り投げて作業に取り掛かる両親に、隼瀬おじさんは深ーーーーいため息をつくのであった。
うちの両親がご迷惑をおかけします………(合掌)。




