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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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57/59

【57】泣いても良い、ですよね?

−こんにちは、よく来てくれたわね。それじゃ、始めましょうか。穂奈美ちゃん、今日の気分はどう?

「こんにちは、今回もよろしくお願いします。…そうですね、気分は良いと思います。」

−何か良い事があった?

「特にはないんですけど…そうですね、何もなかったのが良かったというか…。」

−そう、何もないのが良かったのね。それ、つまり何かあった時は良くないことの方が多かった、ということ?

「…!そう、かもしれません。何もなくて波風立たずに過ごせるのが、私にとって良いことなんですね…。」

−…そう。そして、今までは波風立たない日の方が少なかった、とも言える、のかしら?

「思い返してみたら…そうですね。前回もその前もお話ししたように、少なくとも最低二日に一回は転移していたようですから、その差分で何かしらのトラブルは起きていました。」

−そうなのね。それじゃ、気の休まる日もなかったわね。辛かったでしょ?

「辛かった…んでしょうか?その時はひたすら何事も起きないように、トラブルにならないように乗り切ることしか考えていなくて…。でも、そうですね。辛かったんだと今にして思えば…。」

−その時はそこまで感じ取っていなかった…というか、考えたら動けなくなってしまうから感度を下げていたのかしら?

「ああ、そういうことかもしれません…。今みたいに辛かったって認識したら…生きることも諦めてたかも…?…あ…!」

−はい、ティッシュ。良いの、それはちゃんと貴方が自分の気持ちを受け止められた証拠よ。ちゃんと泣いちゃって、辛かった自分を受け止めてあげて?

「(しばらく嗚咽)」

−お茶、淹れ直してくるわね?

「(鼻を啜る音、その後深い溜息)いえ、猫舌なので、ちょうどいいです。」

(二人の笑い声)

−その調子なら少し落ち着いたかしらね。どう、今日はこの辺にしておく?

「いえ…。大丈夫です、続けてください。…また泣くかもしれませんけど…泣いても、良いんですよね?」

−泣くのに許可なんていらないのよ?それに続けるのもやめるのも、穂奈美ちゃんが決めるの。自分の気持ちと相談して、決めたら私に教えてちょうだい?私は穂奈美ちゃんの決めたことを大事にしたいから。

「………!また、泣いちゃうじゃないですか…!(鼻をかむ音)」

−泣けばいいじゃないの。ティッシュ、箱で用意してあるわよ?

「ありがとうございます…。これ、喜んで良いんでしょうか…?」

−だって、泣くのわかってたもの。

「うう…呉羽さん、流石ですけど恥ずかしいです…。」

−さ、このくらいお話しできるなら続けても良いかしらね?

「はい、お願いします。…もし、また辛くなったら…お伝えしても良い、ですか…?」

−ええ、もちろん。ここでは貴方の気持ちを出すのに何も遠慮はいらないわ。

「はい。ありがとうございます。」

−で。…どこまでお話ししたかしら…?

(ブフッと吹き出す音)

「あの…っ、す、すみません…!」

−いえ…この年になるとね、こういう事、良くあるのよ…ごめんなさいね…。

「あの、あの、私の辛さを感じるのが鈍っていたとか、そういう話だったかな、って!」

−ああ、そうそう。人って、あまりにもその感情が辛かったりしんどかったりすると、それを感じないようにすることで乗り切ろうとする性質があるの。それが一時的なものなら、後から「ああ、辛かったんだ、次はこうしよう」って解消出来るのだけど…それが日常的になるとね、鈍いのが当たり前になって解消しようってメカニズムも働きにくくなるのよ。

「鈍いのが…日常的に…。」

−そう。だから自分が傷ついても辛くても、それがわからないからケアも解消も出来なくて、どんどん傷が深くなっていくの。

「辛さや傷が、わからなくなる…?」

−そう。でもね、人の感情は良くも悪くも「ひとつのもの」でね。辛さがわからない時は喜びもわからなくなるの。そうなると、良いことにも悪いことにも心を揺さぶられなくなっていくのよ。

「…少し、思い当たることがあります…。みんなが笑っている場面で、何がそんなに笑えるのかわからないことが多くなって、何で笑ってないんだって言われた事、ありました…。」

−それで?

「だから、場に合わせて笑うようにしたら、今度は『そんな冷めた顔で笑わなくても』って、どうしたら良かったんでしょうか…?」

−どうしたら良いかわからないって、それもしんどかったわね…。

「そうですね…しんどかったですね、私。」

−どうしてかしら?

「笑っても、笑わなくても責められたから、でしょうか?」

−半分合ってて半分違う、かな。

「半分…?」

−「どうしたら良いかわからない」のって、辛いのよ。不安で、動くのが怖いから。でね、その原因は二つ。一つはダブルバインドで動きを封じられたこと。

「ダブルバインド?」

−そう。同じ状況で正反対の答えを求められる事をダブルバインドと言うの。さっきの状況、その後にこんな事なかった?「その場の雰囲気も読めないのか?」なんて自分の判断をバッサリ否定される、みたいなこと。

「…!ありました…!」

−ハラスメントの基本中の基本ね。ひとつの状況に対して「Aはダメ」「Bもダメ」「自分で考えろ、もしくは判断もまともにできないのか」の3点セットをかましてくるのが教科書的よ。

「教科書的…。」

−もう一つは、貴方の考え方のクセね。

「私のクセ…前回も、そう仰ってました…えっと、自責的で、自信がなくて…人の顔色を伺いすぎる…?」

−そうね。そういうクセがあるとしたら、今言ってた状況では何が起きるかしら?

「人のことを気にし過ぎて、自分から動けなくなっていた…?」

−どう?振り返ってみて、今の貴方はどう感じてどう解釈したのか。

「私の…クセ…自分から苦しくなっていってた…?私…でも……。」

−今すぐ結論や結果は出なくて良いのよ。

「出なくて、良い…。」

−このカウンセリングはね、貴方が貴方自身を理解して、貴方が笑顔で過ごせる考え方や生き方を見つけるヒントを探すためのものなのよ。正解探しや間違い探しではないの。だから、いくらでも迷って良いし悩んでも良い。私や他の人の考えと違っていても良い。貴方が笑顔で幸せになれれば何でも良いの。

「何でも良い、んですか?」

−まぁ、貴方が「自分だけが幸せなら他の人は踏みつけても良い」とか言い出したらどうしようかなーっては思うけど?

(二人の笑い声)

「私もそれはちょっと…!どうせなら皆さんと幸せになりたいです。…そうですね。少し、わかったような気もしますけど、わからないというか、まだ言葉にならないところもあります…。こういうのも、良いんでしょうか?」

−むしろスパッとわかられる方が怖いわね。ホントはどこまで理解できたのかわからないうちに「もうわかったので良いです」ってなりがちなんだもの。

「あー…そういう…。…帰ってから、また考えてみます。この、今言葉に出来ない部分、多分すごく大事な気がするんです。」

−良いわね、そうやって自分の気持ちや考えを言葉にする練習、だいぶ頑張っているじゃない。…さて。そろそろ設定してた時間も近いけど、どう?

「はい。今日もありがとうございました。…また、お恥ずかしいところをお見せすることになっちゃって…。でも、前回よりも、泣いてスッキリできるようになった気がします。」

−良いことだわ!感情を表に出すのってスッキリするのよ、本来は。だから、もっと笑って怒って泣いて、スッキリできるようにしましょ。

「はい!」

−あと。いつもの合言葉。いくわよ?

「「夜は考えないで寝る。面倒くさいことは昼間のうちに。」」

−ふふ、もう覚えた?

「もちろんです!…夜は、寝るためにあるんですものね。」

−そうよー。良眠は良薬に勝るのよ。海外でも「Sleep is better than medicine」ってことわざがあるみたいね。さ、そしたら帰ってお風呂に入ったら寝るわよー!

「はい。ありがとうございました!またよろしくお願いします。」

(プツ、とスイッチの切れる音)

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