【56】〈君の名は〉独占欲とその結末〈もう知ってる〉
最近、穂奈美さんに会っていない。
平日は私も大学の講義があるし、バイトだって毎日ではない。土日は情報ハブ案件が入ることも多いからそれでまるっと1日潰れてしまったりもする。
それにしても、である。一週間のうち2〜3回は顔を合わせたり話したりする時間はあったのだ。
そこで大学や面白かったお客さん、最近見つけた可愛い小物や楽しく読めた小説なんかについて話しながら美味しいコーヒーや紅茶と穂奈美さんを楽しむのが癒やしだったのに。
「穂奈美さんに会えないぃぃー!」
「そりゃー残念だったな。今日は銀行に行ったあとは呉羽さんとどこぞに行くって言ってたぞ。」
「呉羽おばさんと?…そっか。それなら仕方ないね。瑞穂兄ちゃんで我慢しとくよ。」
「我慢たぁ随分だな、おい。」
「穂奈美さんには穂奈美さんでしか得られない栄養があんの!」
「それは完全に同意だがな。」
呆れたようにツッコミ入れてくる兄ちゃんだが、兄ちゃんだって私から穂奈美さんタイムを奪っている原因のひとつでもあるのだ。他人事みたいに言ってるけど。ジト目で見ながらふくれっ面になってしまう。
「私、知ってるんだから。こないだ私が昼間のシフトだった日、これ幸いとコーヒー関係のイベントに連れ出してデートだって浮かれてたの!」
「なーに言ってんだ。あれは仕事の一環だろ。業務だよ業務。」
「それ、穂奈美さんの前でも言ってね?」
「言ったぞ。そしたらすげー張り切ってた………。」
少し気落ちしたような声音で、遠くを見ながら兄ちゃんがボソッと言った。
「おおう…さすが穂奈美さん…真面目が服着てるね…。」
ホントなら「デートじゃないですもんね」とかって気落ちしないまでもがっかりしてくれたら、とか思ってたんだろうな…。残念、兄ちゃん。先は長そうだな。
「あーあ、仕方ない。穂奈美さん成分は近々補充しよっと。後でスマホに連絡しとかなきゃ。」
「オレからも晴ちゃんが寂しがってたって言っとくわ。」
「わ!助かるー!お願いします!」
これは頼もしい。拝んどこ。
だというのに。
何故だ。
「え!今日は穂奈美さん店番じゃなかったっけ?!」
「ちとおふくろの代わりに通販のアレコレを委託してる業者と話すことになっちまってな。」
「そんなぁ…!」
だとか。
「今日こそは!呉羽おばさんのところに行く前に早めに行って…」
「ね、晴ちゃん。ちょっと良いかな…バイトまでの時間で良いんだけど駅前のショップに付き合ってくれない?欲しいバッグ、どっちにするか迷っちゃって…晴ちゃんの意見が聞きたいんだ。」
「え…今日じゃなきゃダメ?」
「うーん…3割引セール、今日までだったからなぁ…。」
「あー…今日まで…?」
「どうしてもダメだったら良いけど…。」
唯。その上目遣いは反則だって言ってるじゃん!色っぽくて可愛くて言う事聞かなきゃって気になるやつ!
結局まんまと絆されてバイトの時間ギリギリになってしまって穂奈美さんとは会えずじまい。
あまりの私の落ち込みように、唯がうろたえてた。
だとか。
「それじゃお先に失礼しまーす、お疲れさまでした!」
「お疲れさま、晴ちゃん。気を付けてね。」
「はーい、ありがとうございます!」
と、店を出るのと同時に裏手の駐車場に兄ちゃんの車が入っていくのが見えた。
…兄ちゃんが連れ回してたんかい…!
だとか。
そんなこんなで今日も会えずじまい。閉店後のバックヤードで唯と兄ちゃん相手にやさぐれていた。
「そんなに穂奈美さんと会えてないの?」
「これで三週間も顔見てない…穂奈美さん成分が足りない…!」
「相変わらず穂奈美ちゃんフリークだなぁ。まぁ、オレには負けるがな。」
「兄さん、そこ張り合うとこじゃないです。」
「兄ちゃんとは穂奈美さんへの好きのベクトルと種類が違うの!何よ、自分は存分に穂奈美さん充してるからって、腹立つぅぅ〜!!」
思わず地団駄を踏んで悔しがっていると。
「まるで『君の名は。』って昔の映画みたいだね。」
「あー、あの元祖すれ違い恋愛映画か。古いヤツなのに良く知ってたな?」
「一般教養じゃないですか、このくらいは。」
いや、私だってタイトルくらいは知ってたけど…私たちの世代は知らない人の方が多いと思うな…。
あーあ、今日も穂奈美さんと会えないまま一日終わっちゃう…と掃除を終えて休憩室の机に突っ伏していたら…。
「あら?晴ちゃん、何だか久しぶりになっちゃったわね。バイトはもう上がりなの?」
裏口からバックヤードに入ってきたのは…
「穂奈美さぁぁぁん!!!」
目を見開いて穂奈美さんに突進していった迫力がすごかった、と後に唯と兄ちゃんから証言があって知ったけども。
「やっと会えたぁぁぁ!!」
「え?あの、晴ちゃん?ど、どうしたの…?!」
「穂奈美さんに会えなくて寂しかったんですぅぅぅ!」
思わず抱きついたあと、腕を抱えてスリスリする私にうろたえる穂奈美さん。相変わらず尊い。
「穂奈美ちゃん、しばらく相手してやってくれや。ここ三週間、ずっと会いたいのに会えないって愚痴ってたからな。」
「それは構いませんけど…晴ちゃん、お茶とコーヒーどっちにする?一緒にお茶しない?」
「うう、カフェオレがいいです…一緒に淹れにいくぅ………。」
「穂奈美さんがうらやましい…。」
ごめんね、唯。でも穂奈美さんを補充しないといけないんだ!
結局四人分のカフェオレを入れると、休憩室の椅子にそれぞれ落ち着いた。閉店後だからぼちぼち遅い時間だけど、穂奈美さんと会えたこのチャンス、無駄にするわけにいかないからね!
「三週間も会えなくて、寂しかったです…。」
「私も晴ちゃんと会えなくて寂しかったわ。」
「ここまで会えずにいたのも珍しいな。わざと会えないように画策してたっていっても限度があるよな。」
「え?」
その瞬間、穏やかに微笑んでいた唯から、笑顔はそのままにブリザードが吹いてきた気がした。
「兄さん…。それ、僕が会えなくしてたって言いたいの?」
「全部とは言わねえよ。オレだって穂奈美ちゃん連れ回してたからな。会えなかった原因のうち、唯が狙ってたのは1/4くらいじゃねえか?」
「僕が意図的に邪魔したのなんて二回しかないですよ。その他はたまたまです。人聞き悪いなぁ、もう。」
話を聞いて、ぶち、と何かがキレた。
ゆっくりと唯に視線を向けると、唯からのブリザードはあっという間に消え去って代わりに『しまった!』という副音声付きの焦りが休憩室を満たした。
「それさ…、回数の問題じゃないよね。唯、わかってて言ってる…?」
「…ごめんなさい…。」
「唯には唯の気持ちがあるように、私には私の気持ちがあるんだよ?」
「はい…。」
「唯にしかない成分があるように、穂奈美さんにしかない成分があるって、わかってくれてると思ってたのに…。」
「成分…?」
「穂奈美ちゃん、後で解説するから。」
「唯も同じ気持ち、味わってみる?そうだね、三週間くらい。」
この時の唯の絶望的な表情ったらなかった。普段の私なら即許しちゃうだろうくらいには。
だが。私はものすごーーーく怒っているのだ。
多分、唯は無自覚だろうけど、他人への気持ちは分配されるものだと思っている節がある。自分の気持ちの何割を誰に割くか、というような。
だから、私が穂奈美さんに懐く分、自分に向けられる気持ちが目減りするって考えてしまうんだろうって推測してる。
でも、そうじゃない。人の気持ちってそんな単純に出来てない。男女の気持ちだけで完結するわけじゃないんだよ。
それをどう伝えるか、言葉を探していたら。
「晴ちゃん、ホントにごめん。僕、どうしても晴ちゃんと過ごす時間を譲りたくなかったんだ。どうしてこんなにヤキモチやきなんだろって、晴ちゃんに怒られて初めて気付いたんだ。」
「「え。今なの。」」
「相手が誰でも、他の人に晴ちゃんとの時間を取られたくなくて、僕の知らない晴ちゃんを誰かが知ってるのが悔しくて…これが独占欲なんだね。」
「多分、唯以外は全員知ってたぞそれ。」
瑞穂兄ちゃんの言葉が何故かクリティカルヒットしたみたい。愕然とした表情で言葉をなくしたようだった。
カフェオレのカップを包み込むように両手で握ると、途方に暮れたようにこちらを見て呟いた。
「晴ちゃんも?僕のこういう気持ち…独占欲、困る?」
「でもさ、それが唯なんでしょ?」
「だけど…!晴ちゃんが困るのは嫌なんだ…。ねぇ、どうしたら良いの?」
そっか。唯はわからなかったんだ。だったら。
「どうするか、どうしたいかは唯のものだよ。唯が考えて、唯が決めること。私のものじゃないの。」
「でも…わかんないんだ…。今までの僕じゃダメだって、そしたら…!」
「それでも自分の頭で考えるの。だって唯の価値観は唯だけのものだもん。私だって私の価値観があって、それは唯と必ずしも同じじゃない。」
「…!でも…それなら、一緒にいたい気持ちはどうしたら良いの…?」
しょうがないなぁ。そんな子犬がしょぼくれたような顔されたら何でも許したくなっちゃうじゃん。でも、ここは私も譲れない。これは唯と私がこの先も一緒にいるために必要な…躾?そう、しつけだ。
「だったら、話し合おうよ。相談して、一緒に考えて、二人とも納得できるように。」
「話し合い…。」
「今回みたいに黙って色々される方が、私は嫌だよ。」
「あ…!……、ごめん、なさい……!」
泣く寸前の顔になった唯は、とうとう俯いちゃった。…罪悪感ハンパない。今すぐいいよいいよ、って許したくなる。
でもダメだ。それじゃ今回みたいなのがまた繰り返されちゃう。それは唯にとっても私にとっても良くないよね。
俯いた唯の頭をそっと撫でた。一瞬、肩がビクって揺れて、でも逃げようとしないのがわかって、しばらくその柔らかい髪を撫で続けた。
「はい、晴ちゃん、唯くん。カフェオレおかわりどうぞ。」
いつの間にか、穂奈美さんが私たちにカフェオレを淹れてくれていた。
「ありがとうございます。」
「…ありがとうございます…。」
「なぁ、唯。今晩はもうこの辺で一旦切り上げようや。夜にこれ以上考えてもろくな事考えつかないからな。」
「呉羽さんもそう仰ってました。考え事や重要な事ほど昼間にしなさい、って。夜はどうしてもネガティブになりがちなんだそうですよ。」
穂奈美さんが淹れてくれたおかわりはあったかくて、スッと胸を通って落ちていった。
…あ、これデカフェのヤツだ。さすが…!
唯もハの字眉ながらカフェオレをすする。こくん、と飲み込んで、ほっ、と息をついた。
「…はい。そうします。晴ちゃんも、ごめんね。んで…ありがとう。良く、考えてみるよ。」
「うん。話し合い、たくさんしよう。ね?」
遅くなったから、と帰りは瑞穂兄ちゃんに二人して送ってもらった。
翌日から「相談しよ?」と唯が今まで以上に寄って来るようになったのは…予定調和なの…かな?




