【55】やっほー、アタシ凪ちゃん。
とうとう両親が居間にカメラを設置した。
センサーで自動的にスイッチが入るとかいう無駄に贅沢な仕様になっている。とても良いドヤ顔で説明された。
「もうね、このカメラの画角に入ったらどの位置から来てもスイッチ入るんだよ!」
「凪ちゃん、ノリノリでセンサーの場所を吟味してたもんねぇ。」
「だって撮り逃したらもったいないじゃない!」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの口調だが。どこの世界に自分たちを撮るためにここまでする輩がいると思うのか。
いたけど。目の前に。
だが、私にすら思いつくレベルの懸念はあるのだ。
「これさ、私が通ってもスイッチ入るよね。異世界のとうさんたちが来るまでは私も唯も居間に入れないじゃん。」
目を見開いているとうさんとかあさん。想定してなかったんだろうな。ノリノリで設置してたから。
「くっ…こんな見落としが…盲点だった…!」
「いや気付くでしょふつーに。」
「こうなったら、顔認証でも付けようかなぁ?」
「だからそこまでするもんじゃないでしょ!無駄に高い技術力発揮しないで?!」
「そうは言ってもさぁ…。今さら外すのも、もったいないじゃん?」
口を尖らせてどうにか自動で稼働させたいかあさんと、止めても無駄だとわかりきっているせいか止めようとするどころかむしろ煽りに来るとうさん。
ダメだ、ここんち。ストッパーが私と隼瀬おじさんしかいない。
結局、私と唯が動ける範囲を設定してからセンサーを設置し直すことにしたらしく、うーとかむーとか言いながら配線をいじり始めた。
「今日は近場のポイントにしといて良かったー。お昼食べてから出ても間に合うもんね。」
「それでも電車の時間には遅れないようにしないとね。今日は土曜ダイヤだっただろう?」
「あ!そうか。間に合わないと1時間後になっちゃうもんね。ちょいと急ぐか。」
そして、何だかんだと設置を済ませ、手早く昼食を済ませると慌ただしく出かけていった。
やかましい両親を送り出してしばらくすると、今度は唯が訪ねてきた。
「晴ちゃん、おまたせ。…あれ、こないだ言ってたカメラ?」
「そー。しかもセンサーで自動的に録画始まるやつ。そこのテーブルから向こうに行くと録画されるから気を付けてね。」
「…晴ちゃんのお母さんって…。」
「これでも顔認証システム入れるのは諦めさせたんだよ?」
「想定以上だった…。」
センサーの範囲外のソファでマニュアルを片手に待つこと二時間ほど。最近青木ママに教わっている淹れ方で淹れた紅茶を飲んでいたらインターホンが鳴った。
「はーい。」
「こっちの晴ちゃん、やっほー。あっちのかあさんととうさんだよー。」
「はいはい、今開けますね。」
唯と二人で出迎える。
9月末とはいえまだまだ蒸し暑いというのに、何故か長袖のあちらの両親。もちろん汗ダラダラ、顔も赤い。
「ちょ!この気温で長袖とか!熱中症になりそうだから早く入って!!」
「ごめ…色々と想定外で…。」
「すまない、僕たちも飲み物買ってくるべきだったね…。」
「いーから早く入って涼んで!」
とにもかくにもさっさと涼ませて水分取らせないと、と居間に連行する。
やっぱり女子力の高い唯は、先回りして氷を入れたスポーツドリンクを用意してくれていた。
「ぷっはー!生き返るぅ!!」
「あー……、やっぱりこの年になったら無理はしちゃいけないね、凪ちゃん。」
「ちょーっと自分の体力過信してたなぁ。」
「熱中症は体力関係ないと思いまーす。」
「どうして長袖だったんですか?ていうか晴ちゃん、こちらのおじさんたちはどんな格好で出かけたの?」
「え、私たちと同じで半袖だったけど。念のためって上着は持っていったけどね。」
ここで気付いた。歴史蓋然性とやらが近いなら同じ格好で同じ気候なんじゃないの?
唯と目を合わせると、あっちのとうさんが苦笑していた。
「君たちの疑問も当然だね。実は、私も凪ちゃんもあちらを出た時は半袖だったんだよ。」
「途中で川に落ちちゃってさぁ、着替えが長袖しかなかったもんだからこの体たらくよ。」
「ポイントから転移してすぐだったからねぇ。今回は近いから大丈夫だと思ったんだが、危なかったな。」
「色々とツッコミが追いつきません、センセイ。」
「激しく同意…。」
唯と二人で脱力してしまう。
「そうそう、一息つけたからそろそろルーティンのチェックを始めよう。マニュアルのチェックシートをくれるかい?」
「はーい、こちらどうぞ。」
「じゃー、こっちの用紙は埋めとくね。」
「唯、差分、何か見つけた?」
「今のところはまだだね。」
「着替えちゃってるから朝との違いもわかんないなー…。」
カリカリと記入している二人を観察していると、気付いた。今朝から大はしゃぎで設置していたアレを微塵も気にしていない様子に。
テーブルの向こう側に案内したから、カメラは起動しているはずだ、と確認してみると、やはり撮影中のライトが点灯している。
もしかして。
「あのー…。今朝、居間で何かやってました?」
「今朝?居間で…?…あ。カメラ設置したわ。あれ?スイッチどこ?」
「なるほどー…違い、わかったかも。」
これ、けっこう大きい違いじゃない?
手元のメモ紙に走り書きしておく。
「おばさん、カメラ置くのってあんまり気乗りしないんですか?」
「そんなことないけど、スイッチ入れるの忘れるなんて初歩的なミスはアタシらしくないよね。」
「「アタシ」」
「…へ?」
「アタシ凪世界で良い?あっちのかあさん。」
「こっちのアタシはなんて自分のこと呼んでるの?」
「『私』です。」
「わー!お上品!」
「それ以外はほぼ変わらないよ。でもカメラにセンサーのスイッチは付けなかったんだね。」
「センサー?!こっちのアタシはそこまですんの?!」
この驚きように、新鮮な心持ちになった。
そうだよね、センサー使ってまで自分を撮影しようなんて酔狂な奴がそうそういては困るよね。
なんて感動している間に、あっちのとうさんとかあさんはしげしげとカメラを見たかと思うとセンサー類を探しては見つけてはしゃいでいる。
前言撤回。やっぱあの二人はあの二人だった。
「てことはさ、帰ってきたらアタシたちがこれ見るってことだよね!」
「そうだね…。」
「やっほー!こっちのアタシたち!見てるー?アタシ凪世界の凪だよー!」
「ここの僕たちはどんなあだ名をつけられたのかな?そろそろ他の世界の差分もだいぶ集まっただろうし、コレクションとして楽しめるようになりつつあるね。」
「うちの差分コレクションもデータに入れとくから楽しみにしててね!ちなみに一番ウケたのは『二人でアロハ夫婦』だよ!」
思わずお茶を吹きそうになってむせ込んでしまった。
「楽しそうなのもアレだけど、『二人でアロハ』ってかなりのパワーワードでは………?」
背中をさすりながら唯もつぶやいている。
唯と私、遠い目で観察すること15分ほど。これを長いと見るか短いと見るかは人によるだろうが…。
「見てなきゃいけないとなると途端にしんどく感じるのなんでだろ…。」
「一言一句同意しかないね…。」
そうこうするうちに、ようやく気が済んだのか「さーてデータ更新して帰ろっか」と振り返った。
そして二階のパソコンに端末をつないでしばし。データの更新を終えるとあっちの両親が早々に扉を起動した。
と同時に居間から両親が帰還する予告が聞こえる。今日はナースコールの定番だった。
「それじゃ、晴ちゃん、唯くん。いつもありがとうね、助かってるよ。」
「飲み物もごちそうさま。それで、帰ってきた僕たちのこともねぎらってやってほしい。きっと同じような苦労をしただろうからね。」
「わかりました。お疲れさまでした。あちらの私たちにもよろしく伝えてください。」
「そうするよ。それじゃーね!」
帰っていくあっちの両親を見送ると居間に降りる。いつも通り帰っていた両親は、やはり長袖を着ていた。
そして、こっちのかあさんは…。
「さーてさて、今回の撮れ高はどうかなー?」
帰って最初に気にするのそこかい!
その後は撮れた映像を鑑賞しながらまたしてもやかましくなる我が家であった。




