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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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【53】蒼鉛色のレンズ越しに

 それは、これから揺らぎポイントへ向かおうと準備をしていた最中のことだった。


「ねー、雪雄さん。設置するカメラ、どこにしまったっけ?」

「あれ?二階のクローゼットになかったかい?」

「ほら、試運転しようとしてこないだ一回出して戻したじゃない?さっき出そうと思って見たんだけど、なかったんだよね。」

「もう一度見てみようか。」


 二階のクローゼットを覗き込んでみると、重ねてあった箱の一部が崩れてしまっていた。

直そうとして取り出してみると、壁との隙間にはまり込んだカメラの箱が出てきた。


「凪ちゃん、あったよー。」


 箱を抱えて居間に降りると、荷造りをしていた凪ちゃんが驚いていた。


「えー、どこにあった?」

「クローゼットの中で雪崩の下になってたよ。」

「え!じゃーもっと下探せばあったのか!ごめん、もっとちゃんと探せば良かったよ…。」

「まぁまぁ、あったんだから良いじゃないか。」

「ありがとうね。そしたら早速設置しようか。」


 しょんぼり顔から一転、楽しそうな表情となった凪ちゃん。うきうきしながらカメラを取り出して配線をセットしていく。設置場所は試運転して吟味を重ねたベストポジションだ。

 角度を調整していると、窓から差し込んだ光をレンズが反射して、まるで蒼鉛…ビスマスを思わせるような虹色のきらめきを放った。


「チェックは大抵居間でやるもんね。そしたらもう、ここしかないってもんよ。」

「おそらくこちらに来る僕たちも面白がって色々とやってくれるだろうからね。」

「雪雄さん、あっちでやる気満々じゃない。」

「凪ちゃんこそ。」


 素早く設置が終わると、今度はセンサーをカメラに映る箇所をカバーするように配置していく。どの方向から近付いてもカメラのスイッチが入る仕掛けだ。

 何故センサーなのか。自分たちで設置したも同然なのだから、到着したら自分でスイッチを入れれば良いだけの話なのだが…。


「そんなのめんどくさいじゃない。スイッチ入れるの忘れちゃったらもったいないし、センサーの設置くらいなんてことないもん。」


 こと機械関係については、凪ちゃんの選択肢に僕が反対出来る要素は皆無だ。何故なら大抵は僕に反対する理由がないし、そもそも反対したところで止まる凪ちゃんでもない。


 ま、そこが彼女の一番楽しいところでもあるんだけど。


 僕も凪ちゃんも、破断事故からこっち、ずっとこの世界線を自分の戻る場所として生きてきた。当時は何もかもが分からない状態で、その日、その時を生き延びるしかなかった。


 僕は、元の世界で得た知識を元にしてこの世界での立ち位置を確保し、調査に乗り出した。

 これはかなり幸運だったと思う。初手こそ山奥の地滑り現場に放り出され、川沿いに水だけを頼りに人里を目指すというハードモードだったが、そこからは人に恵まれ、チャンスに恵まれた。

 養子縁組した義父に勧められて地元の大学へ入学し、専攻していた物理学に再び触れることが許された日。僕はベッドの中で喜びの涙を噛み締めた。


 僕はその頃、出来うる全てを投げ出してでもこの事態を解明し、少しでも失ったものを取り戻そうと必死だった。そこに常識という名のブレーキをかけたのが黒部 隼瀬という青年だった。

 義両親の家の近くに住み、幼い頃から付き合いがあったという彼は、どうも僕の危うさを心配した義両親に頼まれて世話を焼いてくれていたようだ。

 違う学部にも関わらず近くをうろついては小言を言ってくる彼を、最初はうっとおしく面倒に感じていたものだった。つっけんどんな対応を取る僕に、それでも辛抱強く常識と道理を突き付け続けてくれた彼には今でも頭が上がらない。


 学び、長じては研究と調査を続けるうちに、僕はいつの間にか大学の研究員となり、調査の範囲を拡大するようになっていった。

 各地の破断事故の影響の有無を(表向きは地質調査としてだが)調べていくうちに、興味深い話を隣り合った地域(ただし山脈一本越える必要はあるが)で耳にするようになった。


「えらく若い嬢ちゃんが凄腕の鍛冶屋らしい」

「山奥の工房で一人で金物屋として生活しているらしい」

「海で遭難して天涯孤独らしい」


 いずれも「らしい」だけで確証のある話ではなかったが、僕の勘に引っかかる何かを感じた。

 天涯孤独、人里離れた場所に拠点を置き、その身にそぐわないとみなされる技術を持っている…。

 それは今思うとわずかな違和感だけであり、それだけの情報で動くにはリスクを考えてしまう程度のものでしかなかった。

 だが、少しでも情報を手に入れたかった僕はそこに向かうことにした。


 公共交通機関を乗り継ぎ、最寄りの集落から歩いて1時間。一本道だという工房に至る山道を、僕は歩きはじめて早々に後悔する羽目になった。


「なん、なんだ、この、勾配キッツイ、山道、は…!」


 舗装は最低限、道にガードレールすらなく、所々に見える看板には「熊出没注意」…。

 おそらくその時に熊に出会っていたら、僕は速やかに熊の血肉になっていたに違いない。疲労のあまりに、熊に払うべき注意すら持ち合わせていなかったからだ。

 しかし、幸いにも熊は現れることなく、それでも1時間と言われていた道を2時間もかけて這々の体で工房にたどり着いた僕は…初対面の凪ちゃんの目の前でぶっ倒れるという醜態を晒した。


 凪ちゃんによると、修理も請け負う金物屋として独り立ちしてからというもの、悪意を持って近づいてくる不届き者はかなりいたそうだ。単純に金目当てだったり、下半身の欲を満たすためだったり、一方的な条件を突き付けて依頼を受けさせようとしたり…。

 その煩わしさから山奥へと居を移してからも、そういう目的で訪れるバカはいたようだった。


 そして、僕もそのバカな一人にカウントされるところだった。

 工房の土間に転がされた状態で水をぶっかけられるという体験はなかなか出来るもんではないだろう。

 水の冷たさに飛び起きて自分の現状がわからずパニックになった僕を、冷たく突き放したように睥睨して放った言葉は


「アンタ、何なの?」


だった。

 僕からしたら何なの、と言われても、だった。必死に山道を登ってたどり着いたと思ったら、気が付いたら地面(土間だけど)に転がされて水浸し。初対面でいきなり睨まれてアンタ呼ばわりというのはなかなか衝撃的だった。


「あの…赤井金物工房ってここですか?」

「だから、アンタ何者?」

「あ、僕、こういう者です。」


 何とか無事だった荷物から名刺を取り出し、彼女に渡した。


「…大学のお偉いセンセイが、こんな辺鄙な田舎に何の用?」

「実は…。凄腕の鍛冶師がこちらにおられると聞き及びまして。」

「…凄腕かどうかは知らないけど、赤井金物工房の鍛冶師はアタシだよ。」


 ずっとしかめっ面だった彼女がわずかに表情を揺らしたのは、鍛冶師としてのプライドか。


「で?鍛冶師のアタシに何の用かって聞いてるんだけど。」

「あの、実は…特殊な金属の開発と加工に協力をいただきたくて…。」

「は??特殊な金属???」


 予想外の言葉に素で驚いた表情は、すぐにまた警戒の色を濃くしてしまった。

 そりゃそうだろう。金属加工と一口に言っても素材の違いで加工の難易度は容易に変化する。それに、その開発となったら細かい素材の配合比の取捨選択や溶解する際の温度管理、それを可能とする大がかりな機材と潤沢な資金が必要となる。普通だったら大企業に持ち込むべき案件だ。

 だが。


「僕は、いわゆる大企業と呼ばれるところに話を持っていくつもりはないんです。」

「だからって、うちみたいな零細の大した設備もないようなところに来る理由にはなんないね。」

「大っぴらには知られたくないんです、これから相談に乗っていただきたいのは…。」


 そして耳打ちした内容は。

 かつて僕がいた世界で開発されていた素材。

 今の、この世界ではまだ発見も開発もされていないものだった。


 この時はまだ彼女が転移者だという確証は全くなかったし、僕が転移者だと知らせるつもりもなかった。

 ただ、この機会を、知り合った彼女との縁をこれっきりにしてはいけないという警告にも似た焦燥感が、ある意味では禁忌にも当たる秘密の共有を急がせた。


「これは、今までの金属とは加工難易度がかなり変わってくると思います。今日、サンプルをお渡ししますのでこれに触れてみて、加工が可能かどうか検討していただければと。」

「それ、アタシがどっかに横流しするかも知んないよ?」

「そしたら、その時は僕が人を見る目がなかっただけですね。諦めます。」

「…誰にも知られたくないんじゃないの?」

「まぁ、知られたら困るといえば困りますが…それは貴方にも当てはまるので。出所を聞かれますよ、間違いなく。」

「アンタに貰ったって言えば済む話だろ?」

「それで済めばラッキーだと思いますけどね。」


 有り得る最悪の成り行きに思い至ったのだろう、スッと表情を消して背中を向けた。

 交渉は決裂か…とため息が出そうになったその時。


「鍛冶場はこっちだよ。…来な。」


 納屋だと思っていた空間が、金属の引き戸を開けた瞬間に熱気を伴って鍛冶場だった事を主張してきた。

 呆然としながらその空間に足を踏み入れる。工具や素材、修理待ちと覚しき刃物や鍋、農機具。雑然としながらも不思議と法則性に則った配置。それらに囲まれて一際熱気と存在感を放っていたのが…。


 中央壁際に据えられた炉だった。

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