【51】その優しさは、不健全
私と唯の関係がちょっとだけ変化した、あの日。
あれから、唯は私への気持ちを隠すのをやめたようだった。
いや。正確には「手加減しなくなった」だ。
私が赤くなろうとフリーズしようとパニックになろうとお構いなしに、サラッと私への好意を吐き出すようになったのだった。
曰く。
「宣言しててもあんなのが沸くなら、目に見えて仲良くしといた方がめんどくさくなくていい。」
だ、そうだが。
内心、私があたふたするのを楽しんでいるのではないかと疑っている。
現に、今も…。
「ね、晴ちゃん。このケーキ美味しいから一口食べなよ。はい、あーん。口開けて?」
「…そういうの、幼稚園児みたいだからやめようよ…。」
「赤くなりながら言われても可愛いだけだよ?ほら。」
こういう時に、口を開けるまで引っ込まないのが唯だとわかっていても。一応、抵抗はするのだ。たいていは無駄に終わるけど。
多分、「そういう事やってたら嫌いになるよ」とか言えば止めてくれるのは知ってる。でもそれはあり得ない言葉でもあるから、私が言いたくない。
結果、そこら辺のバカップル(失礼)と同じことをする羽目に陥っている。ぐぬぬ。
無駄に終わった抵抗の果てにケーキをもぐもぐしていると、唯の視線がふと動いた。つられて学生食堂の入り口に視線を向けると、見知った人影がいることに気付いた。あれ???
その人は、こちらを見つけるとホッとしたように足早に近付いてきた。
「とうさん?!何でここに?!」
「やー、晴ちゃん、唯くん、ここにいたんだね。。」
「こんにちは、今日はいったいどうしたんですか?」
「今度、この近くの会場で学会がある予定でね。私も演者だし、同じ学会でこちらの先生も発表されると聞いて、ご挨拶に伺ったんだよ。学部が違うとは言え、晴ちゃんが同じ大学でお世話になってるからと思って。」
「…とうさん、ホントに大学の准教授みたいだね…。」
「いや、だから、ホントに准教授なんだよ?」
情けない顔でツッコむとうさんに、唯が「わかってますから」という顔で宥めてるけど…。
私は知っている、唯も私と同じ感覚だということを。本人の前では顔に出さないだけで。
「で?どうしたの?ご挨拶は終わったんでしょ?」
「せっかくだからキャンパスライフを送る晴ちゃんを見てから帰ろうと思ってね。あと、ここのご飯も美味しいって勧められたんだよ。」
「そうなんだ。そしたら今から食べるの?」
「晴ちゃんたちは食べ終わったのか…そしたら軽いものにしとこうかな。」
そう言うと、食券売り場に向かっていった。
程なく、とうさんがトレーを手に戻ってきたのだが…。
「軽く?カレーライスに牛丼が、軽く??」
「本当ならこれに唐揚げとスープも付けたいけど、熱いと時間かかっちゃうからね。」
「軽く、の定義って…。」
「論文の締め切り間近とか研究の大詰めの時はこんなもんだよ。食べられる時に食べとかないとね。」
言葉を失った私たちをよそに、すごい速さでカレーと牛丼が消えていく。ものの10分もたたずに完食して「ごちそうさま」と手を合わせると、お行儀良く食器を戻しに行った。
私たちと一緒に食堂を出たとうさんは、「午後も頑張るんだよ〜」とにこやかに帰っていった。
それまで甘い雰囲気を醸し出していた唯も、とうさんの突然の出現に否応なしに通常運転に引き戻されていた。うん、そこは、とうさんグッジョブ。
午後の授業を終えて青い鳥へとバイトに向かうと、穂奈美さんがかあさんと話し込んでいた。
「やはり、私のような素人には難しいんでしょうか…?」
「うーん、素人だから、って訳じゃなくて、こっちの準備がまだ整ってないのが一番問題かな。」
「準備、ですか…?」
小首を傾げて尋ねる穂奈美さん。
「そ。私ら自身は既に実際に繰り返し飛んでるから、ある程度のイレギュラー込みで予測を立てて観測に向かえるのよ。けど、穂奈美ちゃんの場合は過去のデータがないでしょ?そこの検証を済ませたいわけよ。」
「検証、ですか…?」
「何せ、私らも他の転移者との遭遇例は少ないから。ぶっちゃけ駅で三人で転移した時も『同じ世界線に』転移してたとは限らないのよね。」
「え………っと?」
「私と雪雄さんは、まぁ諸事情により必ず二人セットで転移しちゃうんだけど、他の人はその限りではないのよ。側にいたとしても違う世界に飛んでるとかありえちゃうわけ。」
「そんな事が…!」
それ、私も初耳なんだが…?!
「多世界解釈によると、世界線は無限に存在するわけだからね。ランダムに飛んでるとなれば、触れてない限りは違う世界に飛んでる可能性の方が高いよ。」
「じゃ、初めてお会いした凪さんと今の凪さんは…。」
「違うかもしんないなぁ。」
「…正直、ぜんっぜんわかりません…。」
「私もそう。」
私と穂奈美さんが同時にずっこけたところで、かあさんが私に気がついた。
「お、晴ちゃんおかえり!これからバイト?」
「うん、そう。…かあさんは何してんの?」
「穂奈美ちゃんから相談受けてたよ。」
「相談?何の?」
「人生相談?」
にっこりと答えるかあさんに、思わずジト目で睨んでしまう。どこまでおちょくるんだ、この人は。いつものことだけど!
「ごめんね、晴ちゃん。いつも助けてもらってるから、研究のお手伝いが出来ないかしらと思って相談させていただいてたの。」
慌てたように穂奈美さんが補足してくれた。
かあさん。即バレしたからってあからさまにつまんなさそうな顔するんじゃない!
「まぁ、すぐには難しいけど、穂奈美さんのケースじゃないとわからないこともあるだろうし、穂奈美さんの扉とマーカーも設置できたからね。雪雄さんと相談して準備が出来次第、声をかけるから。」
「はい。よろしくお願いします。」
「こっちがよろしくお願いする側よ〜。それじゃ、コーヒーのおかわりいただいたら帰るわね。」
「はい、すぐにお持ちしますね!」
そう言うと、穂奈美さんはカウンターへと向かった。
すると、かあさんの表情は少しだけ曇ったように感じた。どうしたのか尋ねようとしたら…。
「あーの自己犠牲精神というか、役に立とうとして必死なの、どうすっかなぁ…。」
「穂奈美さんが?」
「そ。助けられた、有難かった、で済ませときゃ良いのに、自分から『もっと役に立ちたい』って必死なのがね…。」
ため息とともに言葉が滑り落ちた。
「ちょっと、不健全なんだよね。」
「不健全…?」
「呉羽ちゃんに相談してみるかなー。こういうメンタル問題って難しくて私にゃ荷が重いよ。」
そう零したタイミングでおかわりを瑞穂兄ちゃんが持ってきた。
「何が『荷が重い』んです?」
「もー、そうやって聞いてくるって、聞いてた証拠じゃないさ。まだ推論でしかないから、わかってから話すよ、瑞穂くんにはね。」
「穂奈美ちゃんのためなら待ちますけど、そうじゃないなら聞き出しますよ?」
「あのねー、こういうのはデリケートな問題なの。専門家と相談するから待ってろってば。」
「はいはい、わかりました。そうピリピリしなくても今は引きますよ。」
苦笑しながら兄ちゃんが戻っていく。
「ほら、晴ちゃんも仕事しておいで。気になるなら後は帰ってから。ね?」
「…わかった。じゃ、バイト終わったらね。」
その後は、気持ちを切り替えてバイトに集中し、閉店を迎えたところで唯が来店した。
「あれ?もう店閉まっちゃうけど…どうしたの?」
「うん、知ってる。凪おばさんに言われて迎えに来たんだよ。」
「かあさんが?なんでまた…?」
「ちょっと込み入った話になるから、穂奈美さんと瑞穂兄さんも一緒に来てほしいって。」
「…電話で良いじゃんね、そんなら…。」
首を傾げながら、閉店のレジ締め作業をしていた穂奈美さんに声をかけた。兄ちゃんは、休憩室で何やら作業していたけど声をかけたらすぐに了解の返事が来た。
「どうせだからオレの車で行こう。停める場所はあったよな?」
「うちの車の隣が空いてるので大丈夫です。」
「本来なら私んちの車が置ける場所ね。」
「そういや、白瀬家の車って…。」
「うち、誰も免許持ってないです。」
「え。」
瑞穂兄ちゃんと穂奈美さんが絶句しちゃった。
そんなに変わってるのかな…?今度、かあさんたちに聞いてみよ。
程なくして我が家に到着する。四人で居間に向かうと…。
何故か白瀬家と黒部家の四人が勢揃いしていた。
「え?何で?」
「ちょっとね、今後の研究方法の模索と安全対策について話し合う必要がある事がわかったんだよ。」
「その対策に呉羽ちゃんも協力してもらう必要が出てきたから、集まってもらったわけ。」
…いったいどういう事?これからどうなるの…これ。
雪雄とうさんは、普段は普通の量で食べてますが、美味しいものや時間に追われている時などは大量に食べ溜め出来る人です。お家では大量に食べる姿を見てないので知りませんでした。
フィールドワークとか研究の大詰めとか論文の締め切りとかサーバーメンテとか、そういう時に真価を発揮します。要は「食える時に食っておく」ということ。




