【50】諦めないし、渡さない
新学期が始まって、夏休みでダラついたりバタついたりしていた雰囲気もどこかに飛んでいってしまった。
学祭の準備だったり講義の合間を縫ってサークル活動に精を出したり、私や唯のように…
「今度の日曜日って空いてるー?」
「ごめん、親の用事でむりー。」
「白瀬はこういうの、あんまり来ないよな。やっぱ黒部と付き合ってるから?」
「そういうんじゃないよ、親の手伝いしてるからそもそも土日が空いてる日が少ないの。」
「そかー、じゃ、空いてる日が出来たら教えて!」
「わかったー、誘ってくれたのにごめんね!」
「じゃーね!」
とか
「ね、黒部くん!この後、暇?良かったらお茶でも…」
「ごめん、これから白瀬さんに講義のわかりにくかったところ教わる予定なんだ。」
「…いっつも白瀬さんといるよねー。」
「幼馴染だし、付き合うことになったから当たり前でしょ?」
「「「えええええ!!!」」」
とかとか。
つか、カミングアウトしたんかい!女子の視線が怖いんだが!
そんなこんなで大学生活だったり情報ハブの仕事(?)だったり忙しい日々を送っていたのだが。
「穂奈美ちゃんにセクハラしてたアイツラ、相当やばいことになってるらしいぞ。オレの元同僚情報なんだが、システム周りから人事関連までキナ臭い情報てんこ盛りらしくてワクワクしてやがった。」
「へ?」
「え?」
「凪さんへの暴行未遂で逮捕されてから、余罪で再逮捕が…何回だ?とにかく、しばらくは出てこられなさそうだ、安心していいぞ。」
青い鳥でバイトに行ったらそんな話題が。私や唯は「あ、そういえば」程度だったけど、穂奈美さんは明らかにホッとした様子で胸をなでおろしていた。実質青い鳥でずっと過ごしていたから安全っちゃ安全だったけど、それでもやはり不安はあったんだと思う。
「良かったね、これで夜道も安心して歩けるね!」
「そうですね。これまで瑞穂さんにご迷惑かけっぱなしでしたから…。」
なんでも、瑞穂兄ちゃんたらどこに行くにも「心配だから」ってついて回ってたんだって。
「ていうか、それってほぼストーカー…?」
「本人の同意があったんだから問題ないだろ!」
そんな感じで兄ちゃんをからかっていると、女性のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませー!」
「三人席空いてますか?」
「こちらのテーブルへどうぞ。ただいまお冷やお持ちします…」
「あっ!いた!黒部くん、こんにちは!」
三人のうち一人が、いきなり私を押しのけて唯に突撃していった。
「えっ?」
「ちょっと、友梨佳!いきなりそういうのやめなって言ってるじゃない!」
「白瀬さん、ごめんね!もう、そういう事するなら帰るよ!」
「良いじゃない、せっかく会えたんだもん!ね、一緒にお茶くらい、良いよね?」
慌てる他の二人と展開の速さについていけない私をよそに、唯は席を立とうともせず、ちらっとその子、友梨佳さんを一瞥すると…ブリザードが吹きそうな声で無表情に吐き捨てた。
「誰?」
友梨佳さん以外が固まるのも気付かずに、はしゃいだような声で自己紹介を続けている。
「えー、やだー。夏休み前に一緒に課題やった根本友梨佳だよ!こんな美少女なのに、もう忘れちゃったの?」
「ふーん。で?」
「ね、お茶しようよ…」
「なんで?」
「え…?」
「嫌だけど。」
にべもなく断る絶対零度の冷ややかな視線にようやく気付いたようだ。
「入ってきた途端に僕のこと探して突撃してきた上に、他の人押しのけて周りのことも気にせず自分のことばっかり。どうしてそんな幼稚園児以下のヤツとお茶しなきゃいけないの?」
「え…ひど…!」
「そもそも僕、そこの白瀬さんと付き合うことになったから、って顔を合わせる人には言ってきたはずだよ。課題を一緒にやるんなら同じ授業取ってるはずなんだから知らないわけないよね。覚えられないの?そんなんでよく大学に受かったね。」
「な…!」
「それとも彼女がいても自分になびくとでも思ってたの?ああ、そうか。自分で美少女とか言っちゃってたもんね。その程度の顔で自信あったんだ?ちゃんと鏡見てる?」
唯…もうその辺にしてあげて…彼女のライフ、ゼロを通り越してマイナスになってない?うるうると涙をためてあざとポーズしようとしてたのに、すでに灰になってません?
「黒部くん、白瀬さん、ホントにゴメンね!見るだけ、迷惑かけないからって頼み込まれちゃったのよ…。」
「もう、連れて帰るね。お騒がせしました、ごめんなさい!」
「う、うん…。………お気を付けて?」
だが。二人に取られた手を振り払うと、今度は私に向かって喚き始めた。
「何でアンタなんかが黒部くんと付き合ってるのよ!入学してからずっと見てたのに!アンタのせいで…!」
「そんな事言われても…!」
「アンタがそういう女だからだよ。」
あーあ。大魔王降臨だ。
席を立ってゆっくりと近付いてくると、私をかばうように間に入って、間近に友梨佳さんを見下ろした。
鉄壁の無表情で、あの殺気をまき散らしながら。
「僕は小さい頃からずーっと晴ちゃんしか見てないんだよ。他の女はいらないの。やっと告白して付き合えるようになったのに、何でアンタなんかに鞍替えしなくちゃいけないの?バカなの?」
「ひどい!こいつなんかよりアタシの方が…」
「僕、バカは嫌いなんだよ。振り向いてもらえないのを他人のせいにするとか横取りして悦に入るとかそもそも自分のこと過大評価してるとか。」
「な…な…!」
「アンタの何が晴ちゃんより優れてたの?僕にはさっぱりわかんないね。それに…。」
もう終わり。ここまでだよ、と唯の袖をつんつん、と引っ張って意識をこちらに向ける。
振り向いた唯に首を横に振って、前に出た。
「友梨佳さん。唯は他の人に誘われたからってなびくような人じゃないよ。それにそんなヤツ、他の女に声かけられたら、またホイホイついてくに決まってるじゃない。」
「な…!」
「そういうシチュとか奪った男が良いんだって思われたくないなら、こういう事はやめたほうが良いよ。あなたの価値が目減りしちゃうから。」
「…アンタに何がわかるのよ…!」
「友梨佳さんのことはわかんないよ、でも唯のことはあなたよりもよーく知ってる。だって18年も一緒にいて、見てきたんだもん。」
だから。
「唯はあなたになびかないし、私も唯は諦めないし誰にも渡さないよ。」
悔しそうに、でも言葉を失った友梨佳さんの腕を二人が抱えて、今度こそ三人は店を出ていった。
つめていた息をはーっと吐き出して、視線を唯に向けると…なんか顔を赤くしながら中途半端な位置で手をワキワキさせている。すると瑞穂兄ちゃんが私と唯の肩をガシッと掴んで、目の笑ってない笑顔で言った。
「ちょーっとバックヤードまで行こうか。な?」
ハッとして周りを見ると…数人のお客様が全員こちらを見ていた…気のせいか、キラキラした視線を感じる。
「お、お騒がせして申し訳ありませんでした!」
慌てて頭を下げると何故かパチパチと拍手された…何で??
そしてそのままバックヤードまで連行されると…。
唯に抱きつかれてしまった。
「唯もここまで良く我慢したなぁ。」
「だってあそこで抱きついたら晴ちゃんに迷惑かかるし…晴ちゃん嫌がるだろうし…逃げられたらショックだから…。」
「わかったわかった。しばらく表は見てやるから。」
くぐもった声で小さく答える唯の頭をガシガシ撫でると、兄ちゃんは表に戻っていった。
唯はまだ腕の力を抜く様子もなくて、私は仕方なく肩をぽんぽんと宥めるように叩いていた。
「…晴ちゃん、僕のこと諦めないって、渡さないって言ってくれて…気が遠くなるかと思うくらい嬉しかったんだ…。」
「うん。諦めないし渡さないよ。」
「僕、ホールでこうしたかったけど、我慢したよ…。」
「うん、知ってる。頑張ってくれてありがとね。」
「ご褒美、オネダリしても良いよね…?」
「へ?ご褒美…?」
ご褒美って…?と言葉を咀嚼する間もなく、唯が頬をスリスリしてきたかと思うと至近距離から見つめて来た次の瞬間。
ちゅ
かすかなリップ音が響いて。
また腕の中に閉じ込められて。
頭の中が真っ白になった。
唇に触れた、柔らかい感触と。
首筋に埋めた唯の頬の熱さと。
自分の頬にみるみる溜まっていく熱に。
どうしたら良いのかわからないまま、二人で抱きしめ合うのだった。




