【46】ここが地獄の一丁目
これまで30年生きてきて、それなりにくぐり抜けてきたピンチはあったと思う。
納期がオレらの命を全く考慮していないであろう案件から、サーバーの筐体が固定が甘くて倒れてきそうな現場、漏電してて感電一歩手前な作業場、下手に触ったら爆発しかねない手入れも何もされていないパソコンのデータのサルベージ、ウイルスにこれでもかと感染しておきながらウイルスソフトを頑なに拒否するクライアントまで。
だが。この目の前に鎮座する物体は。
「なんじゃこりゃぁ~〜〜〜!!!」
それなりに広くて天井も高いはずなのに、そのスペースを七割方占める5台のスパコンレベルのサーバー本体。配線はぼちぼち整理してあるが、筐体のこの組み方と配置、配管の方向。そして空冷ファンの音がしない。配管は壁と一体化しているってこたぁ…。
「水冷式で、排熱発電まで組み込むとかどんだけヘンタイなんすか…。」
「おっ、外側見ただけでわかっちゃう?やっぱ専門家は違うねぇ〜!」
「てか、排熱発電だけじゃない気がするんすけど…何だこの配管…?」
「あ、それ冬場の床暖房。今は夏だから排熱は全部発電に回してエアコン稼働させてるのよ。」
「ここの冬は厳しいからね。使えるものは何でも使っていかないといけないんだ。凪ちゃんの基本姿勢はここで培われたと言っても良いね。」
「基本姿勢?」
「「使えるものはとことん使う、捨てるだなんてもったいない。」」
頭がくらくらしてきた。
ふと、違和感に気づいた。この部屋じゃねぇ、外側…建物の外…?
で、思い出した。電柱や引込線が見当たらなかった事に。そして、目の前の物体が消費するであろうおおよその電力に。
「…電源、どこっすか?いや、何から電源取ってるんです?」
「ソーラーと水力だけど。あと排熱発電。」
「はあぁ?!」
「だって、このサイズ、この容量のサーバーの維持ってめっちゃ電力食うの知ってるでしょ?電力会社のソースぶっちぎりで食い散らかす未来しか見えないじゃない?」
「この土地からそんなに離れてない場所にかなりの水量の川と滝があってね。目立たないように水車を複数設置してるんだよ。」
「ソーラーはさ、屋根の上と壁にパネル仕込んだのよ。表からは見えないようにね。景観守るのも地元民としては大切だと思うわけ。」
「地元民の定義。」
そしてまたイヤーな予感が襲ってきた。電線の引き込みがないってことは…?
「これ、スタンドアローンって話ですけど、白瀬さん宅の端末とは繋がってるんすよね。どうやって?無線どこから飛ばして…」
「あ、言ってなかったかな?地下トンネルを通して有線ケーブル繋いでるんだよ、直接。」
何だこのやりたい放題好き放題。自力発電に加えて地下にトンネルぶち抜いて有線ケーブルって、どこの特撮だ。
もちろん、これでこのヤベェ夫婦が終わるわけなかった。
メンテナンスに取り掛かるやいなや、既存のOSやプログラムを軽く嘲笑うシステム構成に冷や汗をかいたかと思えばうっかりによる情報のダブりが散在してるデータ領域に頭痛を覚え。データの移管だけで時間がどんだけいるのかと思えば、べらぼうなスピードで通信出来ると目の前で実践され言葉を失った。
それでも、見た目から予想した容量をめまいがするほど超えるスペックの本体が5台、この中身の総浚いするのにどんだけ時間取られるんだ…オレ、ここで死ぬかも…などと呆然としながら指示に従って作業することしばし。
「これ、分散型バックアップの方が効率良いな…。」
「え?どういうことだい?」
「さっき、バックアップ機を5号機にするって準備してましたけど、ざっと見た感じ、どの機体も圧縮したり重複データを整理したりすれば、分散してバックアップ機能持たせられそうなんすわ。」
「ふんふん?」
「ぶっちゃけ5号機に集約してバックアップ取るとなると、5号機がイカれた瞬間データが消えます。分散型ならそのリスクは抑えられる。」
「そのかわりに手順が煩雑になる、と。」
「正直やりたかないっすよ。でもこの量のデータがどうにかなっちまうのはもっとヤバい。そうでしょ?」
「餅は餅屋、ITはITエンジニアだね。まだざっくり把握しただけなのにそこまで考えてもらえるとは…。」
評価に値する仕事はこれからだけどな。
「一点集中のバックアップは手順だけ考えりゃ楽ですよ。ただ、リスクとか時間を考えると最善手ではない。分散型なら並列でデータの移行も可能っすからね。時間のロスが減らせる分、他の作業に当てられる。」
「そしたら作業手順はどう変更すると効率良いかな
?」
「それは―――」
そこからはノンストップでモニターとにらめっこするオレと白瀬さん、筐体周りや配線、配管の点検と手入れにちょこまかと動き回る凪さんに別れて作業すること一日半………。
「ちょ…、何でアンタらはケロッとしてんすか…!徹夜でぶっ通し作業して食うもんもカップ麺くらいしかなかったのに………!」
「うーん、慣れ?」
「今回は瑞穂くんのおかげで素晴らしい作業効率だったよ!これまではこのレベルのメンテナンスやろうと思ったら4日?5日?かかってたからなぁ…。」
「バケモンか…!」
「えー。」
「えーじゃない。」
ヨロヨロと階段を上がると、唯と晴が緑茶片手に握り飯を頬張っていた。
「お疲れさまー、兄ちゃん。」
「三人の朝ご飯のおむすび、用意してありますよ。9時までに上がってこなかったら届けようと思ってました。」
「お前ら…マジ天使!」
「天使どころか神と崇めても良いかもよ?下で食べたカップ麺、この子たちが持ってきてくれてたんだから。」
「あれ、凪さんが持ってきたんだと思ってた…。」
「私も凪ちゃんも集中すると時間の感覚がなくなるからね…。」
白瀬さんの哀愁を帯びた発言に、過去の修羅場を想像して…やめた。きっとろくでもないんだろう。特に胃袋的に。
「さー、昼間だけどさすがに仮眠しないともたないね。雪雄さんも瑞穂くんも、目の下すっごいクマよ。」
「いや凪さんもだから。」
「はいはい大人たち!布団も敷いてあるから!」
「「「ありがとう!!」」」
三人で唱和すると、さっさと布団に潜り込んで…
気が付いたら夕焼けが美しい時間だった。どうも昼メシも気付かずに爆睡しちまったようだ。
寝起き特有のダルさを伸びをして散らしながら居間へ戻ると、既に白瀬さんたちは起きていた。
「おはよう〜、良く眠れた?さっぱりするからお風呂入っといで。私たちはもう先にいただいたから。」
「今、晴ちゃんと唯くんが晩ご飯を用意してくれてるからね。」
「うっす、じゃ、風呂いただきます。」
ざっとホコリと汗を流して戻ると、二日ぶりのごちそうが並んでいた。
豚の生姜焼き(もちろんキャベツの千切りがしいてある)に豆腐の味噌汁、ポテトサラダだと…?!そして丼に白米。おっとよだれが。
いただきます、の挨拶と同時に飯をかっ込むいい歳の大人三人。地獄の後の天国とはこの事か…!
「ほひたらね、このあほ、こうぼうれさりょうふるから」
「かあさん!飲み込んでからしゃべって!」
「…んっ。この後ね、工房で作業するから。」
「工房で作業?」
「そ。ヒスイ、欲しいんでしょ?」
思わせぶりにニヤリと笑う凪さんに、背筋がヒヤリとしたのは気のせいか。だが、この感覚が正しかったと知るのは間もなくだった。
存分に食べて腹が満たされると、待ち切れないといった様子で凪さんが宣言した。
「よーし!これからお楽しみのヒスイ磨きタイムだよー!」
「お楽しみなのはかあさんだけだから。」
「そんなことないよー、ね?瑞穂くんだってどんなヒスイが手に入るか楽しみだよね?!」
「うぇ、オレ?!」
「だって、穂奈美ちゃんにあげるヒスイが欲しいんでしょ?だったら原石から磨いた方が穂奈美ちゃんも喜ぶって、絶対!」
「え、そりゃ、そう…なのか??」
「そうそう!」
その勢いにのまれたまま工房へ向かう。
かなりの広さの、元は農機具などを収納していたであろう納屋はガチ目の金物工房へと改造されていた。
その中央で一際存在感を放つ鍛冶炉に、今は火は入っていない。その周囲には様々な用途のわからない道具が整然と並んでいるが、その傍らに囲いのついた旋盤のような機械が鎮座していた。
「この研磨機でヒスイを削り出して形にしていくんだよ。」
「ヒスイは研磨の摩擦熱に弱いからね、水で流して冷やしながら整えていくんだ。私は凪ちゃんほど器用じゃないから見てるだけだったけど、段々と滑らかに艶が出てくるのは気持ちよかったよ。」
楽しそうに語る二人を尻目に、オレはその傍らの丼鉢に山となっている大小様々な石のかけらを凝視していた。
「凪さん…あの石の山…。」
「あー、そっちは普通のヒスイだね。練習用に使ったやつ。」
「普通?練習??」
「私だって最初から上手く磨けたわけじゃないよ、さんざっぱら練習して、やっとあのクオリティまでたどり着いたんだから。」
「本番用はこっち。」
取り出されたのは、片手に盛る程度の、あの石の端材と覚しき10個ほどのかけら。
「これにたどり着けるように、頑張って磨こうね!」
オレの地獄が終わっていなかったのを思い知らされた瞬間だった…。




