【43】大事なものに見合う強さ
瑞穂くんと穂奈美ちゃんのデート回。
出会ってから何回目だろう、助手席にこの人を乗せて走るのは。
毎回「事故に遭わないように」「怖がらせないように」「大事な人を運んでいる自覚を持って」安全運転を心掛けている。
心掛けてはいるのだが…。
「あ、あの、信号、青になりましたよ…?」
「あっ!すまん、ありがとう!」
心と身体は正直で、ついつい見とれてしまう。流石に走行中にはやらないが、信号で止まる度に横目で見ては時間を忘れて…とやっちまう。
これまで他の女性と付き合ってきた時にはこんな感情は知らなかった。むしろドライすぎるくらいだったのに。一向に冷める様子のない熱に浮かされた今の状態に、我ながら驚いているくらいだ。
「どうかしましたか?」
「…いや。そろそろショッピングモールに着くから。」
「あ、あの建物ですね?ここは初めてなんです。」
「あー、駅から離れてるもんな。ここは車じゃないと来るのにも一苦労だから。」
初めてだというショッピングモールを目にして嬉しそうに微笑む穂奈美ちゃん。ただ連れてきただけなのに、そんな笑顔を引き出すことが出来た自分を褒めてやりたい。いや、これはショッピングモールの手柄か。
良く見に行くシルバーアクセサリーショップへと足を進めると、穂奈美ちゃんが不思議そうにショーケースや商品棚を眺め始めた。
「こういうアクセサリーもあるんですね…。何というか、骨太な雰囲気を感じます。」
「ああ、ここはトライバルやネイティブアメリカン系の、いわゆるゴツいテイストのアクセサリーを扱ってる店だな。ここなら良いチェーンもあるだろうから…。」
と、店員がやってきた。見るからにこのショップの宣伝と趣味が一体化した出で立ちだ。夏だからか、ダメージジーンズに有名なベロ出しモチーフプリントのTシャツ。ピアスやブレスレットはジャラジャラ、ゴツい喜平ネックレスにドッグタグをぶら下げて、ご丁寧にチェーンベルトまで装備してやがる。
「青木さん、いらっしゃい。今日は何を探してるんすか?」
「今日はオレのじゃねえよ。この人にチェーン見繕いたくてな。丈夫で切れねえヤツ探してんだ。」
「へ?この…方…?」
何だこの驚きようは。目ん玉落とすなよ?
「あの……すみません、どうかしましたか…?」
「え!あ、いえ!ちょっと青木さんとイメージだいぶ違ったんで驚いただけっす!すんません!」
「オレとイメージ違うってどーいうこったよ。」
「この方にうちの商品買うつもりっすか?!」
「言ったろ、丈夫なのが必要なんだよ。」
何が問題なんだ、穂奈美ちゃんの。
すると、穂奈美ちゃんが首元から何かを引っ張り出した。
見るとヒモでくくった小さな巾着袋で、中から小振りな楕円形の金属に縁取られた、淡い色の宝石のようなものを取り出して見せてきた。
「あの、これをペンダントとして身につけて持ち歩きたいんです。とても大事なものなので、なくさないようにと丈夫なチェーンを一緒に探してくださっていて…。」
穂奈美ちゃんが自分から説明しているが、ちょっと頭がふやけそうだ。
何なんだ、ヒモで巾着袋を胸元にぶら下げるとか!肌身離さず持ってたとか!この取り出す仕草の可憐さと妖艶さとか!
オレ、今日死ぬかも知んない。死因、萌え死とか尊死。
埒もない頭の中のモノローグを振り払って現実に戻ると、店員が頭を抱えていた。
「青木さん。店員として言うべき事と失格な事、両立しますけど言いますよ。」
「何だよいきなり。」
「あんたの行くべき店はあっち!同じフロアの反対側の通路をずっと行ったどん詰まり!」
「へ。」
「あんたが身につけるチェーンならここしかないだろうけど、この方がこんなんぶら下げるのにうちの商品じゃ絶対ダメ!この方とこのトップに失礼だ!」
「そこまで言う」
「自分とこの店のアイデンティティに関わるんで。ファッションだって守らなきゃいけないポリシーはあるんすよ。」
何だか良くわからないこと言い始めやがった。
「このトップを下げるなら最低でもホワイトゴールド、もしくはプラチナっすよ。うちはほぼシルバーかピューター、真鍮なんで確かに丈夫だけど、そのトップだと品格が負けちまいます。」
「品格」
「あと、着てるもののラインが違いすぎっす。お揃いで着けたいならともかく、普段から身に着けてる服がこんな感じだったらコーディネート事故案件っすね。」
「コーディネート事故」
「だから、あっちのジュエリーショップに行ってください。違うコーデでうちのを身につけたくなったらそん時にもっかい来てくれればいいんで。」
「あっ、ハイ。」
「ありあとやしたー!」
何だか良くわからねえ勢いのまま、店から放り出されちまった。
穂奈美ちゃんと顔を見合わせると、お互いに苦笑しながら言われた通りの道順でジュエリーショップへと向かう。
「あの店員、何だか良くわかんねえこと言ってたな、すまん。」
「いえ、私が場違いなだけなんだと思います。確かにこの格好じゃ、あの骨太な雰囲気のアクセサリーは似合いませんよね…。」
寂しそうに笑う穂奈美ちゃん。
「いや、確かにあの店のアクセサリーを身につけるならもっとラフな格好の方が似合うよな。穂奈美ちゃんみたいな清楚な雰囲気だとアクセサリーが負けちまう…そういう事か。」
「アクセサリーが負ける、ですか?まさか。単に似合わないだけですよ。」
「ここのアクセサリーだったら似合うってことだよな、つまり。」
言われた通り反対側のどん詰まりに来てみると、そこは割と有名なジュエリーショップだった。
並んでいる商品はどれもこれも華奢で繊細で、いかにもすぐぶっ壊れそうな見た目だった。穂奈美ちゃんのイメージにはピッタリだが、ホントに大丈夫なんか?ここ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなお品物をお求めですか?」
早速店員がやってきたが、さっきのヤツと違ってあからさまな品定めや表情は見せない。それでもオレと彼女の雰囲気の違いには驚いているようだった。
「ちっと、丈夫なチェーンを探しててな。ペンダントトップを身につけるのに、切れたりしない物が欲しい。」
「丈夫な物、でございますか。」
「はい、これを身に着けておきたくて…とても大事なものなんです。」
そう言って、穂奈美ちゃんが再びマーカーを店員に見せる。
「すみません、拝見しますね…。これは…何の石だとかご存じですか?」
「いただいた方からは聞いていないので、私も分からないんです。」
「なるほど………少しお待ちください。」
そう言って、店員はカウンターの後ろから鍵を取り出してショーケースを開けた。何本かのチェーンネックレスを取り出すと、柔らかい表面のトレイに並べて差し出した。
「トップの大きさと重さ、枠の素材感からするとプラチナが一番よろしいかと思います。」
「えっ…!プラチナ…???」
「はい。丈夫さを最優先されるのであれば、耐腐食性と硬性、靭性、金属疲労のしにくさ等からプラチナが第一候補です。」
「こんなに細くて、切れたりしないのか?」
「こちら、ベネチアンチェーンと言いますがボールチェーン等の装飾性の強いチェーンと違いまして、構造的に曲がりにくい特性の代わりにかなりの引っ張り耐性がございます。」
「へぇ…。」
「他に太めの喜平チェーンやあずきチェーンも丈夫ではありますが、こちらのトップのサイズ感と合わせますとベネチアンチェーンよりも太く見えてしまいますね。」
「なるほど………。」
チェーンの丈夫さというか、種類がこんだけあるなんて知らなかったな。隣を見ると、値札を見て固まってしまっている。
「切れないような工夫は金具でも可能です。通常は金属のマルカンというもので繋ぐのですが、これですと引っ張りに弱く、そこから千切れてしまいます。」
「だよな。そこはどう工夫できるんだ?」
「ロウ付け加工で弱い部分を繋いでしまいます。また、外力に強い構造の金具もございますね。」
「それなら、この長さのベネチアンチェーンで太さはこっち、ロウ付け加工、金具変更を頼みたい。」
「えっ!瑞穂さん?!」
「お値段、Pt850ですとこちら、Pt900ですとこちらとなりますが…。」
「丈夫なのは?」
「Pt850ですね。」
「うん、問題ないな。予算内だ。」
「えええええ!?」
穂奈美ちゃんがパニックになりかけているが、安全確保のためだ。このくらいの投資は屁でもないぜ。
「加工に少々お時間をいただきます…そうですね、急がせますので、3日もあれば店頭でお渡し可能です。」
「最速だと?」
「………。明日の夕方以降が最短でございます。」
「ありがとう。割増料金も含めといてくれ。」
「かしこまりました。」
購入手続きのためにカウンターで向かい合うと、店員がニコニコしながらコソッとぶっ込んできた。
「とても大事な方なんですね…あのペンダントトップ、市場でも中々出回らないアイスジェイドとお見受けしました。」
「アイスジェイド?」
「翡翠の中でも結晶構造が大きく揃っていて透明感の高いものをそう呼んでおります。ご存知ないということは形見分けか何かでしょうか?大事になさってくださいね、この先手に入るかどうかわからないほどの品質ですから。それと、婚約指輪、結婚指輪のご依頼もお待ちしておりますよ。」
「そうなのか、忠告ありがとう。それと、指輪はまだまだ先だよ。気長に待っててくれ。」
「そう遠くないと確信しておりますよ。」
「だと良いけどな。」
不安そうにこちらを見つめる穂奈美ちゃんに親指を立ててサインを送ると、さらに眉が下がってしまった。あれれ?
引換証を受け取り、帰路に着く。気疲れはしたものの、概ね満足だった。問題は…。
「穂奈美ちゃん。何か不満だった?」
「不満…ではなくて、…申し訳なくて…。」
あれから言葉が少なくなり、俯きがちに歩くようになってしまった。どうしたのか尋ねても、黙って首を横に振るだけ。
車に乗り込んで走り出しても会話は続かず、もうすぐ帰り着く、そんなタイミングで尋ねるとようやく答えが返ってきた。
「何が申し訳ないんだ?」
「あんな…!あんな高い物なんて私にはもったいなさ過ぎます!」
「何で?」
「何で、って…!」
店の裏で停車したタイミングで、しっかりと彼女の目を見て言った。
「オレが、大事にしたい人の大事な物をなくさないために選んだんだよ。全部オレのエゴだ。」
「そんな、言い方…!」
「穂奈美ちゃんにだってこれ以上は言わせねえよ。あれは、オレのための物だ。オレが必要だから、オレのために貴方に押し付けるんだ。」
「………!」
キレイな涙が瞼から転がり落ちた。
オレは、その涙を拭いたい衝動を抑えながらハンドルを握りしめた。
今、彼女に触れたら、その先を抑えられなくなりそうな気がしたから。
この瑞穂くんは我慢できる子。




