【41】かたちはなくても伝わるこころ
「ねーねー、晴ちゃーん。今日は何時からバイト〜?」
「今日は昼からだけど…何か用事あるの?」
「いや、扉のメンテナンスと動作確認しに行こうと思ってて。どうせなら同伴出勤しようかと」
「表現おかしいよ!!」
朝からいつものノリで会話する私とかあさん。とうさんはコーヒーを飲みながらテレビでニュースをチェックしている。
「雪雄さんは今日の予定は?」
「そうだなぁ、そろそろ秋の講義に向けて資料作りを始めないとだから、今日は家で作業するよ。」
「じゃ、お昼はどうする?白ご飯しかないけど…。」
「材料あるなら自分で何か作るよ。凪ちゃんほどじゃないけど、食べ物はちゃんと錬成できるからね!」
「さっすが大人の男だね!」
朝から仲の良いことだ。呆れながらも、バイトの時間まではのんびりしようと自室に戻る。
ベッドに仰向けに倒れ込みながら、しかし、昨日の出来事をまたしても思い出してしまう。
『晴ちゃんは、僕のこと…好き?』
何度も心の中でリフレインして、その度に赤面して動悸もしていたたまれなくなって…昨日は帰宅してからというもの、完璧に不審人物だった。
そんな私を見てさぞや両親はちゃちゃを入れてくるだろうと思っていたら、意外なことにしっかりスルーしてなかったことにしてくれた。さっきの会話もそういった気遣いあってのものなんだろう。
野放図で何も考えていないように見えて、こういう時には察してくれるのだ、うちの両親は。だからこそ、これだけやらかしていても嫌いにはなれないのだ。むしろ愛おしいまである。
「ここんちの子で良かったなぁ…。」
普段なら口にもしないであろう言葉がぽろっとこぼれ出た。そして。
「唯に、返事してあげたかったな…。」
肝心の唯はといえば、黒部家の三人で今朝から呉羽おばさんの実家へ里帰りだそうだ。
昨日の帰り道、告白の余韻でぼんやりと交わした何気ない会話の中でそう話していたような気がする。
次に会えるのは3日後…長いようで短いようで…どんな顔して、何をどう話せば良いんだろう?悩みは尽きることなく…、
…気が付いたら、スマホのリマインダーで目が覚めた。考えているうちにウトウトしてしまっていたらしい。
軽く頭を振って眠気を振り払うと、さくっと支度を整えて母さんに声をかけた。
「かあさーん、そろそろ行くよ!」
「はいはーい、すぐ行くー。」
「それじゃ、いってらっしゃい。」
「いってくるねー。」
「いってきます。」
青い鳥までは歩きで向かうのだが、かあさんは暑さのためかサンダル履きだ。これから何かの作業するんじゃないの?
「今日はねー、取り付けた扉があそこでも機能するかのチェックだけだからすぐ終わるんだよね。マーカーも穂奈美ちゃんに渡してあるし、今日のチェックで問題なければ稼働開始するよ。」
「そうなんだ。ていうか、まだ稼働させてなかったの?」
「いや、私と雪雄さんはもう使ってみたよ。だから設置したんだし。」
「自分で人体実験するんだ…。」
「私ら以上の実験材料なんてそうそうないからね!」
いやそこ、ドヤる場面じゃないでしょ…。
と、話しているうちに青い鳥に到着した。
ママと穂奈美さんに挨拶して、早速エプロンをつけてホールに出る。かあさんはバックヤードに直行だ。
昼時だけあって店内はそこそこ混み合っている。レジにやってきた客の会計をさばいて、すぐに空いたテーブルを片付け、整えて客を案内して…。何だかんだで忙しくしているうちに15時半を過ぎていた。
ランチタイムを終えて客足が一段落すると、ママから休憩に入るように言われた。ここから夕方までは飲み物がメインの客が多くなるためだ。
「すみません、休憩いただきます。」
バックヤードに入ると、先に休憩していた穂奈美さんと瑞穂兄ちゃんにかあさんが絡んでいた。
「だってさー、妙齢の男女がひとつ屋根の下で過ごしてるわけじゃない?まだ二日とはいえ、何か進展ないの?!とか、おばちゃんとしては気になるワケ。」
「しん、進展…って…!」
ニヤニヤが隠せていない笑顔で穂奈美さんに迫るかあさんに、真っ赤な顔でアワアワしている穂奈美さん。ため息をつきながら割り込もうとしたが、ふと自分にもこの矛先が向かいかねない事実に、一瞬固まってしまった。すると。
「そんな、一日二日でどうにかなるほど穂奈美ちゃん流されてくれないし、オレだってどうにかしたくても、おふくろの目もあるからどうにもなりませんってー。」
おお。オトナの瑞穂兄ちゃんが騎士よろしく横入りしてきた。ぐっじょぶ。
しかし、ここでめげないのが鋼メンタルのかあさんだ。
「あらあらー、初日の勢いはどうしたの〜?そりゃ、こんなすぐに諦めるとは思ってないけど。」
「やだなー、諦めるわけないでしょ。オレは穂奈美ちゃんのペースに合わせてんですよ。グイグイ行ったところで引かれて距離置かれる方がせつないじゃないすか。」
「オトナのオトコは余裕が違うわね〜、さすが。じゃー、好みの勝負下着の話はまだまだ先になりそうだね〜…」
「ちょ、そこんとこ詳しく!」
「「なんで!?」やねん!」
思わず穂奈美さんと二人で揃ってツッコんでしまった。
「オトコは欲望に忠実なんだよ。」
ニヤリと笑って答える兄ちゃん。
「今ので穂奈美さんの評価、上がった分以上に下がってると思いまーす。」
「何…!」
「やーいやーい!」
「かあさんのもね!」
「なん…だと…!」
「当たり前でしょ!」
まだ顔を赤らめながらも、クスクス笑いだした穂奈美さん。あ、また兄ちゃん撃ち抜かれてるわ。わかりみ。
「凪さん、すみません。まだまだそういう事を考えられるほど自分に余裕があるわけではないんです。もう少し結論が出るまでお待たせしてしまうかと…。」
「私がばあちゃんになってボケる前には決着つけてね!」
「そこまで行く前に手を打つから!」
「「「何の?!」」」
今度は女性陣三人が揃ってツッコんだ。
「せめて合法なものにしてね…。」
「晴ちゃんの中でオレってどういう人間に思われてんの…?」
どういうって言われてもな。
「見た目バイアス?夏だからってアロハシャツ毎日なのはいかがなものかと。そういう輩に見えちゃうじゃん。」
「えー。オシャレだし着やすいんだぞ、アロハシャツ。」
「オシャレかどうかの議論はさておき、兄ちゃんはそのガタイと顔つきと無精ヒゲ、グラサン、アロハシャツでどこからどう見てもフルコンボじゃん。」
「晴ちゃんがヒドイ!」
「ごめんねー!これでうちの子、通常営業だから。」
「親子揃ってヒドかった!」
などとからかっていたが、目の端に入ってきたなんてことない扉で思い出した。
「ねえ、かあさん。扉の方は問題なかったの?ちゃんと仕事した?」
「さっさと終わらせたから瑞穂くんと穂奈美ちゃんで遊んでたんじゃない。」
「え、ひどっ!」
すると、穂奈美さんが思い付いたように切り出した。
「あの、この座標指定マーカーなんですけど…なくさないように、いつも身につけていられるように出来ませんか?」
「ん?例えば?」
「この大きさだと、ペンダントとかでしょうか…?キーホルダーなんかだと、カバンに入れた状態で私だけ転移したりしたら戻ってこられないかもしれない、と思ってしまって…。」
「あー!確かにね!私らは飛んじゃう時は敢えて揺らぎポイントに行ってたから気にならなかったけど、穂奈美さんは自動的に飛びまくってたもんね!」
ぽん、と手を打って頷いたかあさんに、身を縮こませるようにして穂奈美さんが頭を下げた。
「すみません、わがままを言ってしまって…。」
「こんなんわがままのうちに入らないって!ね、瑞穂くん?」
「これは仕様決定のための意見交換だな。使用者のベネフィットを追求してるだけだ。」
「そゆこと。てわけで、瑞穂くんはこれに合うチェーンを用意してね!」
「ははーん。良いね、承った。」
良いこと思い付いた、みたいな顔でニヤリと笑う瑞穂兄ちゃん。今度は何を思い付いたんだ…。
「なくさないためのチェーンだろ?頑丈で腐食耐性があって重くならないヤツじゃないと…」
「兄ちゃんが列挙すると途端にミリタリー用品に聞こえる…。」
「え、ミリタリー用品想定だったけど?」
「穂奈美さんにミリタリー御用達のチェーンはやめたげて。」
「…ギャップ萌え?」
「あの、加工をしてくださればあとは自分で…」
「オレが、穂奈美ちゃんのチェーンを用意したいの。」
ヤクザ風味のあんちゃんがふくれっ面で拗ねても可愛くない…と思ったら、穂奈美さん…?何で頬を染めて困り顔してるの…?
「そんな可愛いこと言わないでください…。」
………瑞穂兄ちゃん、息してる………?
私?またしても浄化されそうです………。
この三日後、このエピソードを聞いて拗ねる唯に更に尊死しかけるとは思ってもいなかったのであった。




