【40】言葉に、ならない
朝。目が覚めた私はふとスマホを目にして、何かを忘れている感覚に襲われた。しかも、超弩級のヤバい何かを忘れてしまっているという、とんでもない焦燥感までセットだ。
昨日は帰宅して早々にベッドに倒れ込んだもんだから、スマホのチェックすらしていない…!慌てて手に取ると、唯からの連絡が数件未読のままだった。
「あ。」
ぐわっと昨日の記憶が戻ってくる。かあさんからの電話以降、スマホなんて見る余裕なかったという事情はあるにせよ…後で、と言った唯の顔がフラッシュバックしてくる。
ベッドでのた打ち回りたくなる衝動を抑え込みながら慌てて返信した。
『おはよう!昨日は全然連絡できなくてごめん!昨日の事情については直接会って話すから!』
すると、待ち構えていたかのように秒で返信が来た。
『おはよう。おおよその事情は予想がつくけど、僕も直接話したいから今日時間くれる?』
『わかった。何時?うちに来る?そっちに行く?』
『朝ご飯食べたら連絡して。少し付き合ってほしいところがあるから、出かける準備しといて。』
うわー…文面こそいつも通りだけど、あの目の笑ってない笑顔の唯が目に浮かぶようだ。絶対怒ってる。
居間に降りて朝ご飯を食べる。両親はのんびりと昨日の顛末について話しているが、正直全く頭に入ってこなかった。
食べ終えた後、唯と出かける、とかあさんたちに伝えると、二人揃ってにやぁ…と意味深な笑顔を見せて「二人とも頑張ってねぇ…!」と送り出してくれた。
まて。どこまで知ってんの、あの二人…!
玄関を出ると、すぐに唯も出てきた。
「おはよ。昨日はごめんね…」
「おはよ。取りあえず今日は付き合ってもらうね?」
「アッ、ハイ。」
被せ気味に答えた唯は、私の手を取ると駅に向かって歩き始めた。唯は私をドナドナしたい病にでもかかってるんだろか、と益体もないことを考えながらついていくと、不意に立ち止まり振り返ってにっこりと笑って言った。
「今日はさ、昨日の埋め合わせだから僕のやりたいようにするね。」
「へ。」
「朝まで待ちぼうけだったんだもん。そのくらいのご褒美でもないと割に合わないと思わない?」
「仰るとおりで。」
「じゃ、異論反論はなしってことで。」
そう言うと、手をつなぎ直した。え。これって。
恋 人 つ な ぎ とかいうヤツでは…!
マンガなんかだったら確実に『ボフン!』と湯気が噴出したであろうほどに赤面した私を楽しそうに見やりながら、唯は駅前のバス停へと向かった。ここからバスということは…?
「今日は公園デートだよ。緑地公園にカフェがあるでしょ。あそこの季節限定スイーツがおいしいんだって。」
「デート」
「そう、デート。待ちぼうけのご褒美なんだからそのくらい付き合ってくれるでしょ?」
「ホントにごめんて…!」
トホホな気分で答えると、ぐ、と手を握り返された。
「謝ってほしいわけじゃないよ。」
真っ直ぐな視線に、心臓が止まるかと思った。この幼馴染ってヤツは、私の心臓を狙っているのか?だとしたらとんでもない精度で撃ち抜いてくれるもんだ。
にっこりと、でも有無を言わせず手を引かれて、ちょうど来たバスに二人で乗り込んだ。
蒸し暑い、カンカン照りにも関わらず公園はそこそこの人出で賑わっていた。子供連れの家族やカップル、学生同士の集団が木陰や四阿で思い思いに過ごしている。
「あっついな…カフェに早く行かない?」
「そうだね、熱中症になっちゃう。」
お互いに帽子はかぶっているものの、暑すぎることに変わりはない。カフェで席について冷房に一息つくと、どちらもアイスコーヒーとケーキを頼んだ。唯はスタンダードにショートケーキ、私は季節のタルトだ。桃が瑞々しくて美味しそうだったから。
ケーキとコーヒーを堪能して一息つくと、唯が切り出した。
「昨日の件だけど。」
来た。どっちだ。
「穂奈美さんの方はどうなったの?」
「あー、唯はどの辺まで知ってるの?」
「凪おばさんが応対して警察が連れてったとこまでかな。穂奈美さんの元上司らしいってのは、夜に母さんから聞いたよ。おばさんから連絡あったって。」
「あの状況で良く連絡できたな、うちの親。」
「で?どうだったの?」
かいつまんで昨日の流れを説明して(主に瑞穂兄ちゃん無双の辺りと穂奈美さんの熱視線について)、結局カタがついたのが夜になってしまったこと、兄ちゃんと穂奈美さんが実質動けなかったから私も店を回す側になってしまったことなどを話していると。
唯が遠い目をしてため息をついた。
「晴ちゃん、他の人はこんなに読み取れるのに、どうして僕のことは読んでくれないんだろ?」
「…どゆこと?」
「昨日の話。僕はわかってるつもりだけど、答え合わせしたかったんだ。」
「…!」
「少し、歩こっか。」
「…うん。」
会計を済ませて、木陰を選んで遊歩道をゆっくりと歩く。暑さはあるけど、直射日光が遮られているせいか、思ったほどは辛くなかった。
手は、店を出たらまた指を絡めてつながれた。ゆっくりと、でも唯のペースで歩いていく。言葉少なに、でも選びながらなんてことない話題をぽつりぽつりと重ねる。
唯に握られた手から抜け出せないまましばらく歩くと、芝生の端っこにある四阿のベンチに連れられていく。何度目だ、このドナドナ。
と、手をつないだまま唯がベンチに座り、おもむろにぐいっと引かれて…気が付いたら膝の上に座っていた。
「ちょ、唯!」
「晴ちゃん。」
座ったまま後ろから抱きしめられて、頭が真っ白になる。肩に唯の顎が乗って、ささやき声が耳元をくすぐっていく。
「僕は晴ちゃんに好きだって伝えたよ。晴ちゃんは?僕のこと…好き?」
その言葉が頭に染み込む前に、心臓が止まるかと思った…!
言葉なんて出ない、ただ、唯の体温と、抱きしめる腕の強さと…。
そして気付いた。唯がかすかに震えていること。指先が冷たいこと。そして、背中越しに伝わる鼓動が、私と同じで…いつもよりも早くなっていることを。
ぐっと唯の腕を押しやって、身動き出来るように…そして、向き合った唯の顔は泣く一歩手前の、泣き虫だったあの唯のまんまで。
…あの時みたいに、抱きしめ返した。ぎゅっ、と。全力で。
私の答えは、言葉に出来なくて、こんな風にしか返せないけど。でも、この気持ちに名前を付けるのは難しくても、唯が一番大切なのは本当だから。
抱きしめた腕の力でこの気持ちが伝わればいいのに、そう思いながら腕に力を込めた。




