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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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【4】泣き虫だった彼と王子様だった私

 黒部(くろべ) (ゆい)は私の隣人であり生まれた頃からの幼馴染でもある。


 性別、男。黒部家の次男だが、私が知っている限り兄らしき人物に会ったことはない。写真を見たこともないと思う。幼い頃に何の気なしに尋ねてしまい、呉羽おばさんの泣きそうな顔を見て失言を悟った。それからは詳しい話を聞いていないし聞くつもりもない。


 性格は温厚で気配り厚く、いつも優しげな笑みを絶やさない。

 けれど、幼い頃は泣き虫で引っ込み思案、大抵私の後ろで服の裾を掴んでいるような男の子だった。周辺のクソガキどもにからかわれイジられては泣きべそをかいていた。小学生の頃は何度となくそんな唯をかばってクソガキどもを蹴散らしたものだった。おかげさまで付いたあだ名は「キックの鬼」「ダッシュの王子様」。唯が泣きべそをかいているのを見つける度に駆け寄って飛び蹴りをかましていたかららしい。不本意だ。


 元々可愛らしい見た目で女の子と間違われるような容姿だった彼が成長したら、周囲の視線が変わった。愛らしい癖っ毛とはっきりした目鼻立ち、スッと伸びた背とはにかむような笑顔は、まず周囲の女子達を虜にし、味方につけた。そしてからかおうとする男子連中を撃退するようになったのだ。


 そして、唯自身も変わっていった。からかわれっぱなしでなく、ウィットを効かして皮肉ったり柔らかな言い回しでディスったりと反撃できるようになっていったのだ。体力もついて、隼瀬おじさんやうちの母に仕込まれた護身術で物理的な攻撃にも対処できるようになっていた。


 幼い頃から「晴ちゃん、晴ちゃん」と後をついて回ってきたのが、ここまで成長したのだな、と感慨深い様な、ちょっとだけ淋しいような気分になったのも束の間。影響は私にも及んだ。

 取り巻きの女子たちは私が邪魔だったらしい。何かにつけては嫌味や無視、ないことばかりの噂を流す、持ち物を壊すなどの嫌がらせが始まった。

 それがエスカレートせずにボヤで済んだのは、誰あろう唯のおかげだった。


「僕の幼馴染が最近、嫌がらせされてるらしいんだ。誰だろうね、僕の大切な幼馴染を傷つけるなんてヒドイやつ。理由は知らないけど、どんな理由であれ大切な人の大切なモノを傷つけるだなんて人としての品性を疑っちゃうよね。君たち、何か知らない?」


 取り巻き女子たちが私の周りで罵声を浴びせようとしていた場面に出くわした唯が、目の笑ってない、けどキレイな笑顔で淡々と語りながら近づいてくる。そんな唯を見て、後退りする彼女たち。ホッとしながらも、(こんな唯も知らないでキャーキャー騒いでたの?)と呆れている私の手を取って、唯は「晴ちゃん、帰ろう?今日は母さんが晴ちゃんの好きなプリン作るって言ってたからさ。」と私を連れ出した。

 その後は、遠巻きにしながらも直接に関わってくるような強者は現れなくなった。唯さまさまである。


 そして高校進学が見えてきた頃。

 私は唯も自分も同じ高校、県内の公立の進学校に進むものだと思い込んでいた。それが自分だけの独りよがりだったと思い知らされたのは、進路指導が済んですぐのことだった。


「晴ちゃん、僕、県外の高校に行こうと思ってるんだ。」


 正直、かなり動揺した。幸い私の表情筋はあまり仕事をしてくれないので、表には出なかったはずだけど。


「どこに行くつもりなの?県内にはない分野?」

「ちょっと離れてるんだけど、隣の県の美術科がある芸術総合高校に行きたくて…。」

「美術科…。そっか、昔から絵を描くの好きだったし、美術部だもんね。でも、県内だってあるじゃない?おじさんたちはなんて?」

「父さんたちは何も。行きたいところなら応援してくれるとは言ってくれてる。」

「そう…。そしたら私も応援しないとだね。ちょっと淋しくなるけどさ。」


 目が潤みそうになるのを必死でこらえて笑顔を作り出すと、唯は何故か辛そうな表情で「ごめん、晴ちゃん」と呟いた。

 慌てて「何で唯が謝るの?!」と肩をつかむと、唯は久しぶりに見る泣きそうな顔で言った。


「だって…晴ちゃん、泣きそうな顔してる。」


 この時に自覚した。

 私は唯が好きなんだ、と。

 でも、今は告げられない。

 唯は自分の道を進もうとしてるんだ。

 だから。


「唯こそ、泣きそうだよ?唯も淋しいんだろうけどここは『頑張るから応援してくれ』って言わなきゃ!」


 必死に笑顔を続けて、背中をはたいた。


「私も頑張る。お互いに頑張りあって、受かったら呉羽おばさんのご飯でパーティーしようよ!そんで…」


 ヤバい。泣きそう。でも負けない。


「高校卒業したら、もう一回パーティー、しよ…?」


 涙声になってしまった私に、唯は抱きついて言った。


「もちろんだよ。約束する。絶対に。」


 ここが誰もいない教室でよかった。ほとんど人のいない放課後でよかった。誰にも、私の泣き顔も唯の泣き顔も見られなかったから。


「僕、高校を卒業して、行きたい大学に受かったら晴ちゃんに伝えたい事があるんだ。だから、待ってて。帰ってくるから。」


 私はもう声も出せずに頷くしか出来なかった。



 そんな回想シーンが何故私の頭を巡っていたのかというと。


「晴ちゃん、ほんとゴメン…もうちょっとだけこのまま…。」


 両家揃っての宴会中にジュースと間違ってサワーを一気飲みした唯が、顔色悪く私の膝枕で横になっているからであった。未成年飲酒、ダメ絶対。

大学生でも、未成年飲酒ダメ絶対。

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