【3】日常と、非日常の間
両親が旅立ってから一週間。早々に忘れ物を取りに帰ってはきたものの、そこから全く音沙汰がない。例の扉はもちろんスマホにも連絡はなし。ファミリー機能のGPSで居場所くらいはわかる…と思ったのだが。
「検出不能ってどういうことよ…。」
首をひねって考えていると、そのスマホに唯からのチャットが入った。
『晴ちゃん、今うちにいる?』
『いるよ。どうしたの?』
『母さんからお惣菜持って行けってタッパー受け取ったから持ってって良い?』
『ありがとう、鍵開けとく』
『わかった』
ここまで流れるように返信して、はっと気付いた。
あの扉、見られちゃう…!
かといって今から断るにも、黒部家は隣なのだ。
ピンポーン
手遅れだった…すぐにドアを開けようとしてガチャガチャとノブを回す音がする。
「あれー?晴ちゃん?」
「ごめん!今開ける!」
腹をくくった私は玄関の鍵を開けて唯を迎え入れた。
「ごめんね、もうちょっと間を開ければよかったね。あ、これ母さんから。メインの肉じゃがと、ひじきも煮たからって。」
「わ!どっちも大好物だよ!ありがとう。呉羽おばさんのお料理ってほんと美味しいから下手に外食できなくなるよねぇ…。」
「それな!」
一瞬、呉羽おばさんの料理に意識が逸れて唯の視線があの場所に向いたのに気付かなかった。
「今晩は肉じゃががあるから、味噌汁だけでいいかな…あれ?唯、どうしたの?」
「晴ちゃん…こんなのあったっけ?この扉…。」
「あー…やっぱりすぐにわかるよねぇ…。」
「ってことは、また凪おばさんが?」
「そ。どういう仕組みで何がどうか知らんけど、一方通行のどこでもドアのような何か。」
「相変わらずだね…晴ちゃんち…。」
二人で目を合わせてため息をつく。
唯の言う通り、うちの家族は…いやうちの両親は大分おかしい。物理法則どこ行った?的な道具やら機械やら、おそらく家のあちこちを探したら、緊急特番を組まれそうな程度にはヤバい物がゴロゴロしているのだ。
子供の頃はそれが当たり前だと思っていたのだが、黒部家の薫陶により「普通」がどういうものかを身につけることが出来た。私は。
両親は「わかってはいるんだけどねぇ〜」と言いながらも妙なものを作ることをやめないので、しばしば隼瀬おじさんからお叱りを受けている。
「何をどうしたらうちの両親みたいなのが出来るんだろう…?」
「謎だよね…。」
台所から持ってきた麦茶を唯にも渡す。黒部家の隼瀬おじさんは、そういえば学生時代からの父の友人だったはずだ。
「隼瀬おじさんは今日は休み?」
「そうだけど、今は昼寝してて。あ、でも起こせば起きると思うよ。」
「この扉のこと、相談しようか迷ってたんだけど、流石にそこまで緊急じゃないよ。また後日で良いや。ありがとね。」
「叩き起こしてくれて良いのに…。母さんも喜ぶし、多分。」
こんなの、人の昼寝を邪魔してまで聞くほどのものでもない。我が家には黒部家の人たち以外、家に上げるほどの仲の人はいないからしばらくは扉のことも問題ないだろう。
「平日だとおじさんも仕事で忙しいだろうし、私も大学とバイトがあるから、今度の土日に…」
バターン!
いきなり開いたドアの音に2人で飛び上がって驚いていると、
「ちょっと、凪ちゃん!また晴ちゃんがいたらぶつけちゃうでしょ!」
「あっ、そうだった!けど、この扉重くて…。あ、ただいま晴ちゃん!唯くんもいらっしゃい!」
「おっ、お、おかえり………?」
「お、おじゃましてます…!」
何故か埃だらけ、泥だらけになった両親が扉から出てきた。しかも、2人ともこちらで見たこともないような形の、どこかの原住民のような衣装を着ている。なのに、背中にはこちらから持っていったバックパック、肩からはショルダーバッグを下げているのだ。違和感がハンパない。せめて世界観を統一しろ、と現実逃避した脳が呟いた。
「もうちょっと早く扉を直しに来たかったんだけど『色々と』忙しくてねぇ〜。結局今日まで手が離せなかったのよ。」
「やはりある程度の文明化が進んでいないと、意思の疎通に齟齬が出て物事がスムーズに進まないな。特に文化的な異分子に対する排除が…」
「はいストップ。2人ともまずは着替えてお風呂に入ってきて!床の掃除はやっておくから!」
汚れたまま荷物を下ろして作業を始めようとする2人を遮って、風呂場へと強制連行する。この後の風呂場の掃除については後から悩むことにして。
「あちゃー、居間を汚しちゃったか!ごめんね晴ちゃん!ついでだから着替えを…」
「持ってきておくから!」
「ありがとー!」
「悪いね、晴ちゃん。」
2人を風呂場に追い立てて居間に戻ると、何故か唯が掃除機をかけていた。ちょ!女子力たかっ!
「わわ!唯、ごめん!あとやるから!」
「気にしないで〜、凪おばさん手伝ってやったこと何回もあるから!」
「うちの母、何やってんのほんとに…!」
「ほら、着替え持ってくるんでしょ?こっちはやっとくから。早くしないと上がってきちゃうよ?」
「〜〜〜、ごめん、頼むね!ありがと!」
両親の部屋から着替えを1セットずつ用意して、脱衣所の前に置いて声を掛ける。
「ドアの前に着替えあるからね!」
「「ありがとう!」」
ドア越しにシャワーの音と返事が聞こえる。…両親ともいい年なんだが…仲が良いにも程がある…いや、ここはスルーしよう。そうしよう。いつものことなんだから!
居間に戻ると、唯が今度はモップがけしている…。
「唯、もうあと私がやるから大丈夫!」
とモップを受け取ろうとすると笑顔で躱されてしまった。
「もう終わるところだから。着替えは置いてきたんでしょ?」
「うん。」
「そしたら、うちの親も呼んでくるよ。多分、晩ご飯どころじゃなくなると思うんだ。」
「!!…確かに…!呉羽おばさんの肉じゃが取り合って戦争になりかねない…!」
「じゃ、ちょっと呼んでくるね。」
まるで我が家であるかのようにモップをしまうと、黒部家のお二人を呼びに出ていく唯。その背中を見て申し訳なさと、それを上回る頼り甲斐、嬉しい気持ちに胸が躍る。
「ホント…唯のやつ…。」
戻って来る前に、火照った顔を見られないように落ち着かせないと、と踵を返すと、脱衣所から両親が出てきた。
その背後に、何か箱状の…?布製の簡易クローゼットのような物がどでん、と鎮座している。何だか見覚えのある柄なんだけど、あれは捨てたはず…?
「かあさん…後ろのそれ、何…?」
「あー、晴ちゃんが小さい頃に使ってたクローゼット、いらなくなったから何かに使えないかと思ってね。内側を防水加工して貯水タンクと排水タンク、シャワー付けて簡易シャワーBOXにしてみたのよ。お風呂場の掃除が大変になるかと思って、泥汚れはこっちで流したから安心して!」
「とうさんもフィールドワークの時には世話になったなぁ。お湯に出来ないのは残念だけど、ザッと流す程度なら問題ないからね。凪ちゃんのおかげでいつも快適だよ。」
「ふふん、雪雄さんの役に立つものなら何だって任せてよ!」
「凪ちゃんはいつも頼もしいなぁ。」
…。私、こういう時、どんな顔すれば良いのかわからないの…。
と内心黄昏ていると玄関のチャイムが鳴った。
「お邪魔しまーす…!凪ちゃん、雪雄さん…心構えは唯から聞いてしてきたつもりだけど…実際目の前にすると驚いちゃうわね…。」
「こんばんは、お邪魔します…2人とも、一週間ぶりだね?後でちょっと話を聞かせてもらうよ?」
呉羽おばさんと隼瀬おじさんの視線にも動じることなく能天気に「いらっしゃ~い、一週間ぶり!」と応じる両親。さすが鋼の心臓にスチールウールの毛が生えている…。隼瀬おじさんが笑顔なのに目が笑ってないの、気付いて?
そこから呉羽おばさんと私、唯が晩御飯の支度に取り掛かり、両親と隼瀬おじさんが扉の改造に取り掛かった。
トンカン、ウィーン、カカカン!といった大工仕事のような音に混じって時折表現に困るような音と、隼瀬おじさんの「それは何のため…って駄目に決まってるだろう!早く戻してうわぁぁぁ!」って感じの雄叫び、「え、ちょっとこっちはさぁ」「いや、こうすれば」といった両親の会話が織りなす混沌のハーモニー。
正直に言おう。やかましくて料理に…
「うるさいわよ!料理に集中できないでしょ!」
あ。おばさんが先にキレた(笑)。
「「「はいっ!」」」
綺麗にハモった返事の後は若干控えめとなったBGMを聴きながら、流れるように夕飯が仕上がっていく。私と唯がおばさんの指示に従っているうちに、テーブルに6人分の食事が整った。
「はい、ご飯よ〜。いったん手を止めて食べましょ!」
パブロフの犬並みに素早く席に着く3人。と、
「手は洗ったの?」
「「「行ってきます!」」」
小学生か!と内心突っ込んだが、うちの両親だもんな…とため息をつくと、呉羽おばさんの、温かい視線が三人を追っているのに気付いた。
「昔っからあんな風にご飯を楽しみにしてくれて、作り甲斐があるわよね。」
「おばさん…。」
「晴ちゃんも、たくさん食べてね。」
「ありがとうございます…。」
そんなこんなで6人で賑やかに夕食を終えた。
「さて、これからはお説教タイムだ。雪雄、わかってるよね?凪さんも?」
「「はい…!」」
一瞬にして凍えるような空気を作り出す隼瀬おじさん。おじさんのおかげで平和に暮らして行けている我が家。ヒエラルキーが一目で分かる瞬間であった。
結局、お説教と扉の改造が終わったのは日付が変わった後だった。翌朝のおじさんと私と唯の目の下にクマが出来ていたのは必然、というやつだ。やれやれ。




