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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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【38】〈後でって〉ITエンジニアの功罪〈言ったのに〉

「ちょ、付き合ってないです「まだ、ね。」」


 カウンター越しに「あの」微笑みで被せて発言した唯。あまりの衝撃に反応できないで固まっていると…。


「え、まだお付き合いしてなかったんですか?」

「本人からの証言ではそうなるな。」

「あくまで自称、てことかしらね?」

「「なるほど、自称。」」


 待って。いろいろとまって。


「ね、ちょっと、唯。」

「僕としては、もうちょっとタイミングとかシチュエーションとか考えてたんだけど…ちょっと最近甘過ぎる大人たちのせいで先走っちゃったかな?」

「ゆいさん?」

「まぁ、僕が晴ちゃんのこと好きなのは知ってると思うから今更だけど、僕も晴ちゃんが僕のこと好きなのは知ってるんだ。」

「確かに好きだけど…!幼馴染だし…!」

「うわぁ…うわぁ………!」

「穂奈美ちゃんも、ちょっと落ち着こうか。」


 誰か私にも落ち着こうかって言ってくんない?いやむしろ唯に落ち着けと言いたい。私が。


「今は晴ちゃんが仕事中だからこれ以上はやめとくけど。」


 けど、って何!けど、って!!


「帰ったら、話そう?ね?」

「かかか、帰ったら!ね!」


 こくこくこく、と高速で首を振る。今ならメタルバンドのヘドバンについていける気がする。


 しかし、この後の私の体たらくたるや終業1時間も前にママさんから「今日はもう帰んなさい」と戦力外通告されるほどであった…。

 オーダーは間違える、洗ってる皿は落っことす、電話に出れば名前を間違える、お会計のお釣りをばらまくなどなどなど、およそ思いつく限りのやらかしをコンプする勢いなんだから、そりゃ帰されもするわ…。

 こんなにメンタルぐらぐらしてたっけ、私…?としょんぼりしながら帰り支度をしていると電話が鳴った。


「はい、喫茶青い鳥でございます…はい、晴さんですね。お待ちください…晴ちゃん、凪ちゃんからお電話よ。」

「はい?…あ、お電話変わりました…。」

『晴ちゃん?まだバイト終わらないよね?』

「あ、えーと、今から帰ろうかって…。」

『ちょっとそのままお店で待っててくれない?悪いけど緊急事態なの。バックヤードにいてくれると助かる。』

「え、わかった。何時くらいに…」


 話しかけている途中にも関わらずブツ、と電話が切れる。何だ?緊急事態??

 首を傾げながらママさんたちにバックヤードで待つように言われたことを伝えると「良いわよ〜。」と頷かれたので、休憩室に入った。何だろ?待ってろって言われても…ついつい考えちゃうじゃん…!とテーブルに突っ伏してもだもだしていると。

 程なく慌てたように両親が現れて、穂奈美さんと一緒に休憩室に入ってきた。そして開口一番


「ごめんね、急に。実はうちまで穂奈美さんの職場の奴らが乗り込んできたのよ!」

「「え?!」」

「しかも言ってることが破茶滅茶で、『これまで面倒を見てやった迷惑料を払え』とか『どこかに匿ってるんだろう、連れてこい』とか意味わかんなくて…。」

「知らぬ存ぜぬで警察呼んだから今はいなくなったけど、どこに潜んでるかわからないし、今日うちに来るのはリスクが高いんだよ。」


 穂奈美さんを振り返ると、真っ青な顔で震えている。これって、もしかして職場のハラスメントとかってヤツ?

 心配して見に来た瑞穂兄ちゃんが、穂奈美さんを椅子に座らせて手を握る。


「大丈夫だ。ここにいれば大抵の奴らは何も出来ない。店のセキュリティもあるし、裏口も鍵がかかってる。表は店だから人目もあるし変なことは出来ないはずだ。まずは落ち着こう。」

「……、はい……。」


 深呼吸を繰り返して、顔色が少し良くなったのを見計らって兄ちゃんが尋ねた。


「穂奈美ちゃん。思い出すのも嫌かもしれないが、教えてくれ。何か心当たりはあるか?」

「あ、の…派遣先の上司の人が、いつも私のミスを理由にセクハラしてきて…。『ミスをカバーしてやってるんだ』とか『損害をチャラにして欲しければ言うことを聞け』とか…!なるべく逃げるようにしてたんですけど、今回辞めることになったせいかも…?」

「あー、そういうこと。他には?」

「重要な業務内容にはあんまり…給与計算くらいでしょうか?…あ、でもそういえば…。」

「ん?どうした?」

「控除欄とか手当とか、何度か疑問点を確認したことがあったんですけど…。」

「なるほど、それなら…ちょっと待ってな。」


 そう言うと、スマホで何箇所かに連絡を取ると同時に兄ちゃんのノートパソコンを立ち上げてウィンドウを開いて何かを操作し始めた。


「兄ちゃん、何やってんの?」

「穂奈美ちゃんが勤めてた企業の関係者とかメンテに入ってた奴らに連絡取って、そこの給与システムのログなんかを見せてもらってんだ。オレが勤めてて潰れたとこから何人か移籍しててな。」

「え。それ違法…」

「じゃねえな。フリーランスとして依頼を受けてメンテ作業のサポートしてる体だからな。オレは直接ネットワークに侵入してねえし、データの一部を見てチェック項目を指定してるだけだ。」


 パソコン上でも何やらやり取りをしていた兄ちゃんが顔をしかめた。


「どうも、他の内部告発者もいるみたいだな。タイミングが良いとさ。それと、穂奈美ちゃん。君の給与データ、閲覧しても良いか?それなら、内部からと退職者からのダブルで告発になるから尚更都合良いんだが…。」

「私は構いません。お願いします。」

「なら問題ねえな。ガンガンいこうぜ、だ。」

「オトナって…。」

「あの、ご、ごめんなさい…!私のせいで他の方まで巻き込んでしまって…!」

「いやどう見ても悪者はあっちでしょうが。ていうか、こんな昭和のチンピラが言い出しそうなコト言うヤツ、今時存在したのね。」


 かあさんになだめられて、それでも申し訳なさそうな穂奈美さんと兄ちゃんの作業を見守りたい気持ちとは裏腹に、結局手薄になった喫茶店をママと切り盛りしていると。

 しばらくノートパソコンとにらめっこしてた兄ちゃんが「よっし見つけた!」と快哉をあげる。


「どれどれ、おばちゃんにも見せて〜!」

「凪さん、これこれ。ほら、派遣元と示し合わせて給料を誤魔化してるのがわかるっしょ?この給与明細のデータテーブルが2種類あって…ほら、日付が新しい方は控除だなんだで変な額が引かれてる。派遣元のデータもこっちだな。」

「だっさ!こんな証拠残してんの?バッカじゃないの?」

「そういえば、給与計算に関わっていたのに、穂奈美さんが自分の給料が不当に少ないのを気付いていたかどうかだけど…実際どうだったの?」

「上司にも、派遣元にも申し出たことはありました…でも、ミスを連発するような人間が給料に文句言うな、って…。」

「ほーん、言ってくれるじゃねえか。ほら、ここ。派遣元にバックマージン流れてる証拠。タイトルがいかにもだろ?差分取扱についてとか…アタマ悪いヤツらってどうしてすぐバレるようなタイトルにすんだろな?」

「アタマ悪いからこういう悪いコトすんでしょ。」

「なるほど真理だ。」


 いくつかの資料をプリントアウトしてから、またスマホで連絡を取り合う兄ちゃんの背中を今までにもまして熱い視線で見つめる穂奈美さん。


「こりゃー落ちたな。」

「落ちたね。」

「とうさんたち、しーっ!」

「「ハイッ!」」


 コソコソ声でも地味にやかましいとうさんたちを注意したところで、瑞穂兄ちゃんがワルい顔で振り返った。


「さーて、穂奈美ちゃん。これからどうしたい?」

「え…?どうしたい、って…??」

「もう夜になっちまったから、実際に動くのは明日以降になるけどな。こんだけ証拠が揃ってるんだ、労基に駆け込んでもよし、セクハラの証言も給与の不正の証拠もあるから警察もアリだ。なんなら民事でふんだくるのも良いな。」

「け、警察?!民事って…弁護士さんを雇うお金なんてありません…!」

「いやいや、労基も警察も基本料タダだし今回みたいのは大喜びで食いついてくるんじゃねぇか?セクハラ、給与の不正、よそ様まで巻き込んでの脅迫だ。証拠がそろってる以上、まず心配するこたぁない。民事訴訟にしたって法テラスなんかを利用すれば実質お安くぶん取れるぞ?」

「でも…。」

「それに、労基も警察も、穂奈美ちゃんみたいに不当な扱いされる人たちを守るのが仕事だろ。ちゃんと仕事してもらおうや。」

「それは…そうですね…。法は法ですものね…。でも…。」


 ここで、少し強い視線で兄ちゃんを見つめながら穂奈美さんが言った。


「あの会社には、私を気にかけてくれていた人もいなくはなかったんです。その人たちに累が及ぶようなことはしたくないんです…。」

「なるほどなぁ…穂奈美ちゃんはそう言う気がしたよ。じゃ、民事はナシの方向で動く。」


 ホッとしたように息をつく穂奈美さん。


「ま、あとは今晩どうするか…白瀬さんちは今は危ないんだよな?」

「危なくはないけどうっとおしくはあるかな。」

「うちに入っちゃえば問題ないんだけどね。…扉で帰ろっか。」

「さらっと超技術使おうとしないで?!」


 油断するとぶっ込んでくるな、うちの両親って!


「ここに泊まれば良いじゃねぇか。なぁ、おふくろ。一部屋くらいは空いてるだろ?」

「空いてるわよー、どうぞ泊まっていきなさい。」

「そんな…ご迷惑をおかけするわけには…!」

「はいはい、安全第一だからねー。ママさん、瑞穂くん、あとはお願いしまーす。」

「任せてくださいよ!」


 あっという間に本人をよそに話を進めて帰り支度するとうさんたち。まぁ、最善策ではあるよね。あるけどさ。


「穂奈美さん、頑張ってね…。」

「な、何を…?」

「うーん…何かを?良くわかんないけど。じゃ、お疲れさまでした!またよろしくお願いします。」


 呆然とした穂奈美さんをおいて、さくっと帰宅した私たち。その時私はうっかり忘れてそのまま寝落ちしてしまったのだった。


 かわいそうな唯が待ちぼうけを食らってしまっていたことを。


 翌朝の唯のご機嫌が大変によろしくなかったことをここに記しておく。


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