【37】宿題よりも厄介な、君の気持ち
古今東西、学生というものは夏休みという夢のような期間と引き換えに艱難辛苦も与えられるのが通例だ。
その名も「夏休みの宿題」である。
「大学生になっても、こんなてんこ盛りの課題を出されるとか想定してなかったなぁ…。」
「唯でもそんな風に思うことあるんだー。」
「僕だって一応人間なんだけど?」
「だって私と違って真面目じゃない。小学生の頃からそういうのさっさと片付けてたでしょ?あんまりそうやってボヤいてるの見た記憶ないよ?」
何故か私のバイト先の休憩室でレポートの山と格闘している唯に、昼休みの瑞穂兄ちゃんがちょっかいをかけ始める。
「なぁ、唯。さっさと済ませないと、残りの休みがもったいないんじゃねぇか?もっとやりたい事あるんだろ?」
「わかってますって。ただ、『WEBサイトの運用におけるユーザーインターフェイスの最適化と、それが生み出すネットリテラシーの変化とは』なんてレポート、どうやって着地点を見出して書けってんですか?!」
「…何でデザイン関係の学部でそんなんやってんだ?」
「自分の制作物を宣伝したり販売したりする際の自己防衛に関わる内容らしいですけど…正直日本語でお願いしますって言いたい。」
珍しいぶすくれた顔で椅子にもたれかかってボヤく唯に、瑞穂兄ちゃんが感心しながら参考書を取り上げた。
「大学の時点からそんな視点で取り組むようになるなんざ、最近は考えて教えるようになってきてるんだな。」
「昔はそうじゃなかったってことですか?」
「芸術系の奴らなんざ『作品作ってナンボ』としか考えてねぇのがトップに居座りがちだからな。身を守る方法だって社会に出て打ちのめされながら覚えろとか、ドSもいいところだったぞ。」
「うわぁ…。」
「作品作ってばかりじゃ、社会に出ても良いカモだからな。それで潰された才能もかなりある。オレら界隈で聞く話だけでもうんざりするほどあるぞ。」
本気でげんなりした顔で兄ちゃんがため息をついた。
「ま、そんな訳でこういう方向性の学びってのはしとくに越したことねぇし、むしろ深掘りしてでも身につけた方が良い。自分を守る手は増やしとくに限る。」
「で、このレポート内容とそれがリンクするってことですか?」
「むしろしないと考えた理由は?」
「…ないですね。確かに打てる手を打つことで、ユーザーの行動原理に介入出来る可能性を示唆できれば…。」
「ほらな。唯は自分で気づけたじゃねえか。唯、“インターフェイスの最適化”ってな、具体的にどうする?」
「え? えーと…。ユーザーの視線誘導とか、操作しやすい画面構成とか、情報を整理するとか…。」
「そうだな。で、その結果“ユーザーの行動”はどう変わる?」
「迷わなくなる…操作がスムーズになる…ストレスが減る…。」
「つまり?」
「………あ。『考えなくても使える』…?」
唯の指がそこでぴたりと止まった。兄ちゃんはニヤリと笑って続ける。
「考えなくて良くなるってことは、“考える力”は?」
「……低下する……可能性が出てくる…。」
「そう。悪い意味で楽になる。」
「……って!ちょっと待ってよ、それほぼ答えじゃないですか!」
「いや、オレは何も言ってねえぞ?唯が勝手に気づいただけだ。」
「うぐ……くっそ、やっぱ本職の誘導すごいな……あー、悔しい……。」
兄ちゃんは肩をすくめて笑う。
「これが現場の思考回路だ。正解は教えねえ。気付くのに必要な情報だけ置いとくんだよ。」
「親切なんだか不親切なんだか……。」
「自分で気付いた方が頭にゃ残るからな。コスパが良いんだ、教える側としても、教わる側としても。」
「納得するしかないのが更に悔しいなぁ!」
「はっは、そうやって悔しがっていられるのは若い奴らの特権だぞ。オトナってのはそれすら食いもんにしなきゃいけねえからな。」
「それ、聞きたくなかったなぁ…。」
ため息をつく唯の頭をわしゃわしゃと撫で回し、「悩め悩めー」と笑い飛ばすと立ち上がって店の方へ出ていった。
「何だか、レポートの目処ついちゃった感じ?」
「おおよその方向性は定まったね。あとはこれを僕が書き上げるだけ。なんだけどな…。」
「だけど?」
「教わったことだけじゃ僕のレポートとは言えないなってさ。ここからどう発展させようかなって新たな悩みが出来ちゃったよ。」
「大変そうだねえ…。こっちのレポート、日本の文学についての比較論文だったから楽だったよー。」
「それ、楽だって言える人多くないと思うよ?」
そうかなー?日本語だし誰でも知ってる同時代の作品同士だったから尚更ノリノリで書けたんだけど。
何にしても唯の心配事が片付きそうなのは良かった。夏休みのうちにこなしておきたい楽しみはまだまだ残っているのだ。
「晴ちゃん、唯くん。」
「あ、穂奈美さん!休憩ですか?」
「ええ、お客さんが一段落したから行ってきなさいってママさんが。あ、これママさんから二人にって…。」
持ってきてくれたのはママさん特製のマドレーヌとスペシャルコーヒーだ。私の休憩はあと15分!急がないと!
「いただきまーす!あ、唯はのんびり食べなね!」
「晴ちゃん、慌てると火傷するよ…」
「あっち!」
「言わんこっちゃない…ほら、お水。」
唯が持っていたペットボトルのお水を寄越してくれた。助かった…!
「ありがと…。でもコーヒー飲まないともったいない…!マドレーヌうまっ!」
オヤツを諦めない私を見て呆れ顔で笑う唯。くっそ可愛いな!美人は三日で飽きるとか言うけど嘘っぱちだあんなん。18年、一度も飽きる暇なんてなかった!
なんて思いながらギリギリコーヒーとマドレーヌを胃に収めてお店へと戻ったのであった。
「あら、もうちょっとゆっくりしてきて良かったのよ?まだ唯くんいるんでしょ?」
「仕事なんだからちゃんとやりますよー。そういうダラダラしたの勧めちゃダメじゃないですか、ママさん…。」
「そうだぞ、おふくろ。こいつら二人で放っといたらバックヤードが甘ったるい空気でミチミチになっちまうんだから。」
瑞穂兄ちゃんのからかいに、思わず顔が赤くなりそうになる。
「兄ちゃんには言われたくないですぅー。穂奈美さんと二人だとパンケーキに生クリーム山盛りにメープルシロップビタビタにかけて粉砂糖で砂糖窯作る勢いなんだから!」
「なんだその胸焼け必至な表現。」
「まんま事実でしょ?」
ケラケラと笑いながらママが頷いている。
「あれだけアプローチしててまだ頷いてもらえないんだから、我が息子ながら不憫よねえ。」
「不憫とか言わないでくれよ…穂奈美ちゃんには時間が必要なの!」
「はいはい、頑張れ頑張れ。」
「オレのことよりこいつらだよ。いい加減に見せつけるの勘弁してほしいわ…熟年夫婦よりも連れ添ってる感あるのに付き合ってないとかほざくんだから…。」
「え?二人とも付き合ってるんじゃなかったの?!」
「ちょ、付き合ってないです「まだ、ね。」」
へ?
ゆ、唯、いつからそこに?!




