【35】青い鳥が導く異世界の扉
「全くもって穂奈美さんの英断だな。」
隼瀬おじさんの、相談内容のおおよそを聞いての第一声がこれだった。だよねぇ…。
「扉か指輪か、で言えば安全性からも他の要素からも扉一択だ。」
「理由を聞いてもいいかい?」
「第一に、転移の安定性だ。扉はシステマチックに誰が使っても同じ結果が得られるだろう?だが指輪はそうじゃない。お前も言ってたじゃないか。もつれた指輪と使う人間の思念が重要だって。」
「あの時はそれしかなかったからなぁ。」
「発想がそもそも『自分とつながりのある物質と関連付けて転移してた経験』って時点で普通は無理筋なんだ。」
「そんなに突飛なことでもなくないかい?」
「「「突飛だよ。」」」
私と唯、隼瀬おじさんがハモった。かあさんはそっぽ向いて他人のふりしてるし、呉羽おばさんは良くわかっていない時のアルカイックスマイルだ。穂奈美さんと(何故かしれっと混じっている)瑞穂兄ちゃんも真剣な顔をして聞いているが、多分半分くらいわかってない。
何故わかったかって?私も半分くらいわかってないからだ。主に両親の発想のトンデモぶりが。「思いの強さが現実に影響を及ぼす」という、絶滅したに等しい根性論と同じようなロジックに科学的根拠はあるのかいな?
じゃ、説明しろと言ったところで今度は宇宙論だの量子力学だの、スペースキャットとチベットスナギツネが量産されるだけなのは目に見えている。ここは黙っておじさんに任せる一択だ。
「第二に、指輪のもう片方を誰が持つかが今は決められない。」
「オレ!」
「却下だ。」
「何で!」
「安全性の担保がない、戻れる保証もない、戻る方法すら危うい状態で、会ったその日にプロポーズするような奴に預けて良いと思うわけがないだろう?」
「オレの気持ちは本物なのに…。」
「重要なのは穂奈美さんの気持ちであって自分の気持ちじゃないってのがわからない奴には余計に任せるわけにいかないんだよ。」
流石にこれは瑞穂兄ちゃんにも理解出来たようでしょんぼりとしていた。
あれ?
「瑞穂兄ちゃん、何で別の世界への転移の話を知ってんの?てか何でここでしれっと話に参加してんの?」
「白瀬さんに聞いた。」
「はぁあ?」
ぐりんととうさんの方を向くと、ビクッとしながらも説明してくれた。
なんでも、これまでたった一人で生活してきた穂奈美さんは、うちと黒部家以外に知り合いがおらず人間関係を拡げるにも限界があったこと、穂奈美さんの事情を知った上で下手に騒がず支える人が必要なことなどから瑞穂兄ちゃんが抜擢されたそうだ。
「仮に穂奈美さんにきっぱりフラれたとしても、瑞穂くんならこの事情を他所で吹聴したり悪用したりはしないだろう?それに穂奈美さんの生活基盤がここになるわけだし、その関係者に全く秘密にしておくのは無理だろうからね。」
「もちろん、穂奈美ちゃんにフラれたからっておいそれと他言しませんよ、こんな超弩級のトンデモ話。誰も信じないだろうしな。」
「ママさんと瑞穂くんには、いずれ巻き込むかもしれない懸念も含めて、先日説明しといたんだよ。穂奈美さんも了承してくれたし。」
「これは俺も聞いてる。あんまりあちこちに吹聴出来ない話だから、流石に雪雄も自分から話を持ってきてな。」
「じゃ、昨日の時点で瑞穂兄ちゃんも知ってたんだ?」
「今日集まるのを聞いたのは今朝だぞ?」
ダメじゃん。
「で、だ。穂奈美さんの見解はどうなんだ?」
「私、ですか…?…私………。」
隼瀬おじさんに急に話を向けられて、考え込んでいた穂奈美さんは困ったように頬を押さえながらも決めかねているようだった。
「どんな返事でも、オレは穂奈美ちゃんを支える。自分の言葉で貴方の気持ちを教えてくれ。」
向かい合ったテーブル越しにそっと手を握って穂奈美さんの顔をのぞき込む兄ちゃんの真剣な顔。兄ちゃんを見返す穂奈美さんの瞳から、少しずつ迷いが解けていく。コクリと喉を鳴らして、深呼吸した後。
「私、は、扉とマーカーを利用したいと、思います…。」
言葉を絞り出すように、探り当てるように、ぽつりぽつりと穂奈美さんは答え始めた。瑞穂兄ちゃんに握られた手が震えている。
「どちらの選択肢も、皆さんにご迷惑をおかけしてしまいます…だったら…確実に戻ってこられて、その分、恩返し出来るなら、って…だから…!」
これまでずっと、自分の意見や気持ちを求められることもなく、伝えようとしても拒まれてきたらしい話を何度かの女子会で耳にしてきた。そんな穂奈美さんが、こんな状況で自分の意見を相手に伝える…どんなに怖かっただろう。それでも、自分とここにいる人たちのために、必死に言葉を探しながら勇気を振り絞っている。
「良く言えたな、穂奈美ちゃん。自分の言葉で伝えるのは怖かったろう?」
「はい…でも、いいえ。ここにいる皆さんだから、伝えたかった。皆さんが助けてくれた、だから…!」
嬉し泣きの表情で穂奈美さんが答えて…瑞穂兄ちゃんが握った手を握り返した。
「決まったな。雪雄、扉とマーカーのセットだ。ただし、簡易版だな。」
簡易版???
「近接センサーもお知らせ機能もなし、だね。それならこの世界線の素材で事足りる。」
「設置場所はどうしようか?生活する場所に近くないと使いづらいよね?うちだとそもそもずっと住むことになっちゃうし、それは穂奈美ちゃんも望まないよね?」
「公営住宅はあと少しで認可が下りる予定だったわよね?」
「ああ、緊急避難的な措置で押し通したからな。」
「黒部さんたちも…ありがとうございます…!」
もううるうるしてる…美人の泣きそうな顔ってほんとに綺麗だなぁ…と見惚れていたら、脇から視線を感じたのでこっそり肘でつついてやった。ヤキモチ妬くようなアレじゃないよ、ってね。
「でも、女性の一人暮らしで公営住宅って、セキュリティ大丈夫ですか?」
ここまで成り行きを見守っていた唯が質問した。
「雪雄おじさんの技術って無闇矢鱈とバレちゃまずそうじゃないですか。そしたら、もっと安全な場所の方が良いかと思うんですが。」
「確かにね。かといって、他の場所というのもなぁ…。」
「だったら、ここに作ればいい。」
「「「「「「は???」」」」」」←白瀬、黒部両家
「え、どういうことですか…?」
「この店のバックヤードだよ。調理場から休憩室と倉庫に抜けられるだろ?そこの適当な壁に設置すりゃ良い。スタッフ以外の目につかないし、そもそもスタッフと言ってもここにいるメンツとおふくろだけだ。バレる心配もないし、店自体にセキュリティかかってるからな。」
それってアリなの?ナシなの??と、常識人代表の隼瀬おじさんたちに視線を向けると…。
超しっぶーーーい顔で考え込んでいた。
「ナシ寄りのアリだが…他の方法が思い付かん…。」
「生活拠点のことを考えたら、悪くはないかしらね?悪くないだけだけど。」
「設置した後でもどうにか出来るようにするから、まずはどんな風に見せるか考えない?」
「凪ちゃん、そんな風に言うってことはやりたい方向性とかあるんだね?」
「ここのお店って、わりとレトロな雰囲気あるじゃない?そしたら質感とか作りも揃えた方が目立たないなーってね。ちょうど解体予定の空き家が近くにあるんだけど、ここのお店と築年数が近いのよ。外装も内装もベースラインが似てるし…。」
「…かあさん…そこから使える扉を貰ってこようとか考えてるでしょ…?」
「やー、晴ちゃん鋭いな!」
「「「「「誰でもわかるわ!」」」」」
総ツッコミされながらも、かあさんのあの表情はやる気満々だ。多分やる。絶対やる。
「凪さん…何でそんな話まで知ってるんだ?」
「解体業者さんからの情報だわね。うちの扉もその業者さんから融通してもらったし。」
「何でそんな会社と…ってアレか。シールドマシン絡みか…!」
「せいかーい!」
「道理で土建屋絡みの研究者とも面識があり過ぎるわけだよ…。」
もうやだ、この親。無限ビックリ箱か!
結局、数日後に解体工事が始まる直前のタイミングで扉の素材を貰い受けてウキウキで作業する両親と、浮かれポンチで口説きながら仕事をこなす瑞穂兄ちゃんとそれを頬を染めながらも受け流す穂奈美さんというカオスに囲まれながらバイトする羽目になったのであった。




