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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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【29】波打つ都市にさよなら

 頭を抱える唯と泣きそうな茜田さん、何やら考え込んでいるとうさんたち。車で待機している呉羽おばさんも降りようかどうしようか迷っているようだ。


「唯、何がどういう訳でこの三人が別の世界の人なの?」

「黒いモヤが湧き上がってきた時、僕が降りてこっちに来た瞬間雪雄おじさんのシャツのロゴが変わったんだ。」

「は?」

「たまたま僕が気になってたブランドのポロシャツをおじさんが着てて、覚えてたんだよ。」

「唯くん、このシャツのこと知ってたのかい?これ、頂き物だから詳しくは知らなくて…。」

「このブランド、ロゴマークがペンギンで有名なんです。欲しくても高くてなかなか手が出なかったんですけど…僕が見たのはイワトビペンギンだったのに、見てください。これ、マカロニペンギンなんです!」


 一同、リアクションに困って固まってしまった。

 とうさん以外は。


「ここの世界のロゴはイワトビペンギンなのかい?!」

「そうなんです。このブランドって、製品のライン毎にペンギンの種類を変えてて、このポロシャツのシリーズはイワトビペンギンのはずなんですよ。マカロニペンギンはもっとラフなTシャツを中心に…」

「てことはだ、やはり転移してたんだね、我々は。」

「言われてみれば、跨いだ時の感覚があったような…言われなかったら気付けなかったわね…。唯くん、お手柄よ!」


 両親よ、盛り上がるのは良いが、茜田さんが困ってオロオロしてるんだが?


「とうさん、かあさん。茜田さんが困ってるよ。」

「あの…みなさん、何のお話を…?」


 さすがに驚いて涙は引っ込んだようだが、とうさんたちの勢いに口を挟めなかったようだ。


「ああ、驚かせてしまったね。まずはここから離れるとしよう。」

「えっ?」

「そうね、晴ちゃんたちは問題ないけど、私たちがこれ以上入れ替わるとめんどくさいもの、色々と。」

「入れ替わる?」

「あー……、なるほど、そういう………。」

「多分、その想像で合ってると思うよ、晴ちゃん。」

「さ、まずは車に乗って、話はそれからだ。唯くん、まだモヤはこの辺にあるんだろう?」

「あ、はい。うっすらとですが…。」

「なら急ごっか。モヤが薄いとか消えてく方向はわかる?」

「来た道はまだありません。」

「じゃー戻ろう!」


 半ば背を押されるように車に戻されると、呉羽おばさんも心得たとばかりに車を走らせた。


「まっすぐ帰れば問題ないかしら、凪ちゃん、雪雄さん?」

「ああ、それでお願いします。まずはこの辺りから離れないと…。」


 すっかり置いてけぼりの茜田さんに、安心してもらおうと話しかけた。


「はじめまして、ご挨拶が遅れました。白瀬晴と申します。後ろの父と母が先日はお世話になりました。」

「あ、あの、はじめまして…茜田穂奈美と申します…今日はお二人だけかと思っていたので、ちょっとビックリしてしまって…すみません!」

「いえ!多分父と母の説明不足です。…ちょっと!とうさん!かあさん!どういうことなの?!」


 あからさまに目をそらすとうさんたち。これは、連絡した時に私たちも来る話、してなかったな?唯も呆れたような顔でとうさんたちを見ている。

 すると、運転席から呉羽おばさんが話しかけてきた。


「はじめまして、茜田さん。そこの男子、唯の母親の黒部呉羽と申します。息子ともどもよろしくお願いしますね。ほら、唯も挨拶して。」

「あ、改めまして、黒部唯です。よろしくお願いします。」

「あの、よろしくお願いします…あの…さっき言ってた別世界っていったい………?」

「それについては後ろのうちの両親がお話しします。ほら、とうさん、かあさん。」

「あ、ああ、説明が遅くなってすまない。まず最初に…。」


 こうして帰りの車中、世界線の破断事故についての説明が始まった。


「茜田さん、先日聞いた貴方のお話を元にこれまで起こってきたことを重ねると、わかってきたことがあるんです。おそらく貴方は、この世界の生まれではありません。」

「えっ………!」

「まぁ、それを言ったら私たち夫婦も実はそうなんです。主人のいた世界はおそらく消滅していますし、私のいた世界は蓋然性が乏しくて帰るのは厳しいでしょうね。」

「そう…なんですか…?ていうか、世界がひとつじゃないってどういうことなんでしょう…?」

「それを説明するにはまず…」


 あー。理系オタク特有の説明フィーバー突入したな。かあさんは面白がって止めようとしないし、私も唯も止められるほど知らない、ツッコミようがない。

 茜田さん…がんばれ………!


「というわけで、無数にある世界線がその事故で歪んで、本来は世界同士で干渉できないはずの境界が揺らいでいるのがそもそもの発端なんですよ。」

「はぁ…?」

「で、その影響で転移した様々な人や物があちこちの世界に散らばったわけだけど、本来いるはずのないものに対する親和性が世界そのもののホメオスタシスによって阻害されると言えばわかりやすいかな?」

「とうさん、それわかりにくい。」

「えっ、あの、えっと…!」

「世界に対する異物は排除されやすい、ならどう?免疫みたいなものよ。」

「あ…それならなんとなく…。」

「晴ちゃん、とうさんに容赦なくない…?」

「いいから続きの説明して。」

「ハイ……。でね、茜田さんの5歳の時のエピソードと、その後の違和感や実際にあった齟齬を鑑みるに貴方も転移者だと推測したわけです。そして今日、私たちと一緒に転移したね?」

「そうなんですか?確かに一瞬ぞわっというかふわっというか…変な感じはありましたけど…いつものめまいかと思ってました。」

「そうそう、それ!ざわっと何かが内側を撫でてくあの感じ。世界を跨ぐ時はだいたい感じるわよね。」

「問題は、貴方がその感覚を『いつものめまい』と表現したことなんだよ。我々はたいてい歪のある場所を揺らぎポイントとして把握している。そこから他の世界に転移出来る場所として、だ。それ以外の場所では、転移現象なんてものはあまり頻繁には起こらなかったんだ。」

「え!私、あの感覚、5歳の頃からしょっちゅうありました…。あれが…転移現象…?」


 え…しょっちゅうって…年がら年中飛んでたってこと…?!てことは、そもそもが自分が最初に来た世界とも違う世界をどんどん渡り歩いてた?!

 驚いて唯を見ると、唯も目を丸くしている。


「あの…おじさん。僕が見た黒いモヤ、あれが世界の境界を辿ってくるなら、僕も転移してた可能性があるんですか?」

「いや、検証したことはないがこれまで集めた証言やデータをまとめると、『この世界で元々存在していたものはほとんど転移しない』と言って良いだろうね。ただ、ゼロではない。破断事故以前にも神隠しや異世界転移に近しい都市伝説みたいなものはあっただろう?」

「それって、元々世界線同士が干渉するだか何だかで転移してたケースが存在するってこと?」

「そう。世界が観測と確率で成り立ってるからにはそういう事例もありうる事を無視してはいけないからね。ゼロではないことと、ゼロだと言う事の間には厳然とした違いがあるんだよ。そして、都市部…いわゆる人の多く集まる、科学技術が頻繁に使用されるエリアは全体が揺らいでいて、転移するポイントも確率で常に変動している可能性が高い。だから速やかに離脱する必要があったんだ。」

「私たち転移してきた存在は、都市部ではすぐに世界を跨いじゃうってことね。」


 そうか…とうさんとかあさんは私の存在でこの世界に繋ぎ止められたけど、茜田さんはそうじゃなかったんだ…。少しずつ周りの世界が違っていったせいで、自分の記憶がおかしいんだって突きつけられて、どんどん自信がなくなっていって…。


「茜田さん…ずっと一人で抱えてこられたんですね…今まで辛かったですね。なのにずっと頑張ってこられたんですね、すごいです。」

「あの…えっと…あれ?何で私…!」


 呆然と涙を流す茜田さん。思わず抱きしめて、背中をぽんぽん、とたたくと少し震えながら抱きついてきて、大声で泣き始めた。

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