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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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【26】肉じゃがと、世界の歪みとやらかしと

「凪ちゃん、これってうちの圧力鍋と使い方は一緒なの?待ち時間とか、圧力の調整とか。」

「基本は一緒だけど、私は呉羽ちゃんみたいに細かい設定はしないから呉羽ちゃんにあげたバージョンの一番圧力が強い状態で固定してるよ。」

「そうなのね。それなら味付けはいつものだと濃くなっちゃうな…ちょっとお醤油減らして、その分は味醂足して、お砂糖減らして…。」


 和気藹々と肉じゃがを仕込んでいる台所の様子を横目に、話し合いは続く…訳がなかった。

 空腹なんである。とにかく血糖値が下がっているのである。働くべき脳細胞に届くはずの糖分が不足しているのだ。テーブルについている四人は深刻な空腹感に苛まれていた。


「腹減った…せめてお茶漬けくらいは先に食べさせてもらえないか…?」

「ごめんなさい、ご飯炊けるまであと15分くらいかしら?その頃にはおかずも出来るはずだから、一緒に食べましょうね。」

「マジか…!」


 絶望的な表情で突っ伏す隼瀬おじさん。仕事の後で精神的なストレスにさらされてからのお預け状態はさぞ辛かろう…と思ったら唯も同様に突っ伏していた。


「お昼のアジの照り焼き、もっと食べておくべきだった…。一口ドーナツも焼け石に水だし…。」

「ごめん、照り焼きは譲る気なかったからどのみち無理。」

「知ってた。」


 だって塩焼きの方が良いとか抜かす奴に譲るアジなんてあるわけないじゃん。まあ、そんな私も空腹が限界突破しそうなんだけど。とか言ってる間に味噌汁のいい香りが漂い始めた。


「味噌汁の匂いでこんなに空腹が刺激されるってヤバくない?これが飯テロ……?」

「晴ちゃんも限界なの、よく分かったよ…。正直僕も台所に突撃したい…。」

「はいはい、物騒なこと言ってないでテーブルの上を空けてちょうだい。お箸とか取り皿を並べてね。」


 めまいがするほどの空腹感を尻目に、1分1秒でも早く夕食にありつくためにテーブルを片付けてセッティングを進める四人。

 やがて、大皿二枚に盛られた肉じゃがと箸休めの青菜のおひたし、ご飯、豆腐となめこの味噌汁と呉羽おばさん渾身のぬか漬け各種が運ばれて来ると、誰からともなく拍手が起こった。


「「「「「いただきまーす!」」」」」

「はい、召し上がれ。」


 欠食児童さながらに貪り食う五人と、それを見守る呉羽おばさん…だったんじゃないかな…。多分。私も食べるのに夢中であんまり覚えていないので。

 何せ呉羽おばさんの肉じゃがといったら絶品なんて言葉では表せないほど美味なのだ。ホロホロと口の中でほどける牛肉に味がしみしみのジャガイモとニンジン、くんにゃりとしながらも噛みしめるとジャキッと歯ごたえのあるしらたき。トロトロなのに形を残した玉ねぎをほかほかご飯の上に乗せたらそれだけでご馳走だ。

 あ。隼瀬おじさんがどんぶりご飯を自分でよそっておかわりしている。


「さて、少し腹が落ち着いたところで、食いながらでなんだがさっきの続きだ。」

「え。ご飯の後じゃダメなのかい?」

「雪雄と凪さん以外は明日から平日なの忘れてるだろ。それにお前たちは徹夜明けなんだから飯の後にしたら寝落ちするぞ、確実に。」

「「確かに。」」


 キレイにハモった両親を見て、素直だと感心すべきか、もうちょっと「そんなことない!」と抵抗しろよと思うべきか悩ましい。


「まずはスパコンレベルのサーバーと無断掘削、ケーブル設置についてだが。やらかしたのはいつの話だ?」

「そーねぇ、こっちに引っ越してきてすぐかなぁ?」

「元々、サーバーは僕の実家にあったんだよ。ただ、引っ越すにあたってこちらに収納出来る場所がないってわかったからどうしようかって話し合って…。」

「私の住んでた工房がまるっと空いてて、売るにも二束三文だったからどうしようかって話にちょうど良く乗っかったというか…。」

「あの頃既にやっちまってたのか…!」

「で、どうせ通うにも遠いし無線で繋いだらセキュリティガチガチに固めても限度があるから、ならいっそ有線にしようかって。いやぁ、キロメートル単位の鋼線ってすごい値段するからどうやって調達しようか悩んだなぁ…。」

「結局、僕の知ってる技術と凪ちゃんの腕で何とかなったから良かったよ。」


 またさらっととんでも技術ぽい内容が…いや。聞こえてない。私は何も知らない。知らないったら!


「でね、サーバーの性能も凪ちゃんの技術のおかげで排熱効率が爆上がりしたから、基板を盛りに盛ってハードディスクもメモリも贅沢仕様にしたらすごいことになっちゃって。」

「でも、そのおかげでワームホール関連のデータを元にして次の研究が進められたんだよね?良かったよ〜、苦労した甲斐があったもん。」

「その頃からのやらかしが既にアカンやつやった…。」

「アカンとは失礼な。」

「「「「どう考えてもアカンやろ!」」」」


 またしても四人の心がひとつになったツッコミ。そのうち何か新しいサムシングでも始まるんだろうか。


「まぁまぁ、それはまた置いといて。僕たちが今議論すべきは今後どうするか、データの解析結果をどう判断して動くか、じゃないかな?」


 しれっと正論ではあるが「お前が」「今」言うな、といった内容で話の流れを逸らしたとうさんを隼瀬おじさんがものすごいしかめっ面で睨んでいる。とうさんとしてもこれ以上ツッコまれるのも話が長引くのも避けたいんだろうけど…。


「…一段落ついた時点で改めて全部吐かせるからな。覚えとけ。」

「………ハイ。」


 大人の対応でおじさんが引いてくれて、本筋の話に戻った。


「凪ちゃんたちがご飯の支度してる間に触りだけ説明したんだけどね。これまで確認してきた揺らぎポイント、つまり別の世界線との境界が揺らいでいて世界を跨ぐというか、飛ぶというか…そういう場所をマッピングしてみたら想像していた分布とは大分違っていたんだよ。」

「そもそも世界線の破断っていう大きなイベントは発生した世界線とその近くでは世界そのものが破壊されて消滅してるのよ。本来あるべきストリームとしての複数の世界がごそっとなくなっちゃったわけ。だからその影響が及んだ場所にはその空白を埋めるための余計な(ひずみ)みたいなものが出来ちゃうのよね。」

「んー、ちょっとイメージわかないな…。」

「そうだなー…轟々と流れる幅の広い川があるとして、そのど真ん中が急に地盤が崩れて大穴が空いたらどうなるか?穴に向かって上流の水は引き込まれていくけど、周りの水も引っ張られて流れが元とは違っていくよね?その元の流れとの違いが歪で、世界線をまたぐ原因のひとつなわけ。」

「歪が引き起こした事態が別の歪を作り出してしまうのはある程度予想出来ていた。だから、歪の影響を受けやすい、大きな事故や災害が起こった場所を中心に揺らぎがあるかどうかを昔から確認していたんだ。」

「それを積み重ねてデータ化してたのを、春から本格的にこの扉を使ってチェックしていこうとしたら、何だか色々と、ね?想定外の事があったもんだから…。」

「で、晴ちゃんにも隼瀬くんたちにも協力してもらうことになったんだけどね…。揺らぎポイントの分布が都市部じゃなくて山間部や沿岸部の人里離れた場所に多かったんだよ。破断の原因が僕たちの科学技術によるものだとしたら、これは考えにくい結果なんだ。」


 え?どゆこと?唯と二人で顔を見合わせる。


「破断はそもそも世界間を繋いだり切り離したり、遡ろうとしたり…そういった世界への働きかけによる歪が最大の原因だと考えてるんだが…。そうなると、その原因たる「人」が多い場所にポイントが生じるはずなんだよ。」


 あー…つまりあの扉みたいな道具を大小あれこれ開発した挙句、乱用して結果的に破滅したってこと?で、その影響は都市部ほどあるはずなのに田舎に多いのが謎なわけか。


「それって、転移してきた人たちが田舎に引っ込みがちだから転移しやすい場所が検知されやすかったとかじゃなくて?」

「その可能性もあるだろうけど、まだ断定出来る程のデータが揃ってない感じだね。」

「もうひとつ、同じ頃に都市部で大きな災害や事故が少なかったのもあるわね。これも奇妙な点ではあるんだけど、大きな都市ほどそれが顕著でさ。」

「事故が少ないこともあって、これまで都市部での調査が後回しになってきた感は否めないな。これも含めて今後調査していかなければね。」

「そういう訳で、晴ちゃんたちには苦労をかけるけど、これからもよろしくね。黒部さんたちも…。」

「わかってるわよ、凪ちゃん。任せといて!またいできた凪ちゃんたちにも美味しいもの用意するから。」

「わーん!呉羽ちゃん大好きー!!!」


 感極まったかあさんが呉羽おばさんに抱きついて喜んでいるのを横目に、ジト目でとうさんを見やりながら隼瀬おじさんが声を上げた。


「さー、この辺でお開きだ。明日からは平日だぞ!解散して寝るぞ!雪雄、お前への説教も明日以降に持ち越しだ。」

「覚悟しとくよ。今日は本当にありがとう。これからもよろしく頼むよ。」


 何かを諦めたような表情でとうさんが答えて、その日は終わった。ね、眠い………!

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