【25】常識の番人、隼瀬くんの苦悩
黒部家のご夫妻と対面でテーブルについた両親の表情は、まるでお通夜で弔問客を待つ遺族もかくやという悲壮感に溢れるものだった。淀みなく、過不足なく今日あった出来事を淡々と説明する呉羽おばさんと、無表情で頷きながらそれを聞いている隼瀬おじさん。
時折チラ、チラ、と私や唯に視線を向けるものの、隼瀬おじさんの自分たちを見つめる無の視線に気付いてはぱっと俯く。そんなにおじさんが怖いなら最初から怒られないように行動すればいいのに。
「呉羽、わかりやすい説明だった、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「さて、雪雄。凪さん。ここまでの呉羽の説明に齟齬はないかな?」
「「ございません………。」」
「では聞こう。今回の問題点は?」
「僕たちが焦って出発したので、準備不足でした…。」
「せめて晴ちゃんと唯くんにマニュアルの説明はすべきだったと思います…。」
「ほう。他には?」
「…口頭でも情報のやり取りの流れを説明すべきだった…?」
「え…他に何がある…?どうしよ、もう思い付かないよ、雪雄さん…!」
おじさんの無表情から繰り出される圧力に、答えながらもどんどん顔色が悪くなっていくうちの親。
「俺が問題視しているのは大きく分けて三点。まず、自分たちでも言ってたように、急ぎ過ぎて何もかも説明不足、準備不足なまま強行したことだ。」
「ハイ…。」
「いくら別世界の自分たちだとしても、出迎えるのは晴ちゃんと唯だ。別の世界の人間を出迎えるのにマニュアルだけポンと渡されて、いきなりその日に実行しろってのは無茶振りにもほどがある。」
「仰る通りで…。」
「もう一つは2人に頼り過ぎて俺たちのサポートを頭から失念してたことだ。「「そんなことは」」ないとは言わせねぇぞ。」
ギラッとした視線で両親を黙らせると、こめかみを揉みながらおじさんは続けた。
「パスポート上必要だったから一旦帰国するためにここを離れたのはまぁ良い。だが、その後だ。帰国したのに帰宅もせず、帰ってきたと思ったらその足で出かけるってなぁ、どんだけ急いでるんだ?」
「えと…それについては説明させてもらえるのかな?」
「後回しだそんなもん。説明されたところで、おそらく俺も呉羽も納得しないだろうしな。」
「えぇ~…。」
「えーじゃない。とにかく、俺たちも含めて4人に話を通してから動くべきだった。理由はわかるな?」
「はい…晴ちゃんたちの安全と、安心感のためですよね…?」
「わかってるなら最初からやれ。」
思わず唯とちっちゃく拍手してしまった。だって言いたかったこと全部言ってくれたんだもん。それに気付いたかあさんが、ハの字眉になっている。いや、自業自得だから。
「最後、三つ目だが。お前ら、まだしゃべってないことあるだろう。」
「「え?」」
「帰国してから今日まで、どこで何してた?」
「え?昔の私の工房でこれからのデータ管理に使うサーバーのメンテナンスを…。」
「それだよ。」
おじさんがぐいっと身を乗り出して両親を睥睨する。怖ぁ…。
「普通、サーバーなんてもんは電力食うわ場所塞ぎだわ排熱の問題もあって、一般人がそうそう気軽に扱えるもんじゃねえんだよ。」
「唯、そういうもんなの?」
「僕も分からない。」
「うちのサーバーは設計を僕、組み立てを凪ちゃんがやってるから他のものよりもエコでハイスペックなんだよ?」
「そうそう、電気代もバカにならないから自前でソーラーと水力と排熱発電のハイブリッド電源で動くようにしたんだから…!」
「電源が自前…」
「情報のやり取りもうっかり抜かれたりしないようにうちのデスクトップパソコンと有線で繋がってる完全スタンドアローンなのよ!」
「有線で繫がってる……?」
「「「「どうやって???」」」」
この瞬間、四人の心はひとつになった。
『こいつら絶対ロクなことやってない』
はたしてその予感は現実のものとなった。
「どうやって、って、ケーブル通すためのトンネル掘って、崩落しないように固めて、有線ケーブル引いただけだよ?」
「いやー、断層横切るような位置関係じゃなかったから助かったよ。」
「で?そのトンネルはどうやって掘ったんだ?地権者の許可は?」
途端に雲行きが怪しくなったことに気付いて2人の目が泳ぎ始めた。いや、雲行きは最初っから怪しさ大爆発だったけど。
「地権者の許可は、ほら、大深度なんちゃらで40メートル以上の地下なら大丈夫だって聞いたから、念には念を入れて60メートルまで深くしたんだよ?」
「掘削と崩落予防の壁の設置はシールドマシンを小型化して作ったんだ。壁も生半可なものじゃ弱いから掘削で出た土砂を利用して限界まで圧縮したものを再利用することで強度も出るように工夫して」
「あのな」
「ケーブルもある程度の太さと丈夫さが必要だったから、用意するのに苦労したわー。途中の繋ぎ目が増えると情報精度に関わるからなるべく長くしないとだったし…。」
「お前ら」
「でも、そのおかげでずいぶん研究が捗ったんだよ。データの収集と解析にはスパコンレベルが必須だから」
「いい加減にしろーっ!!!」
バァン!と机を叩いて声を荒げるおじさんに、呉羽おばさん以外全員が飛び上がって身を竦めた。
「良いか、まず大深度地下法は『公共の目的のために国の許可を得た上で』地権者から所有権の移管をしなくても地下を利用出来るって法律だ。お前ら、公共どころかガッツリ私用で許可も得ずにやらかしてるだろうが!」
そーなんだー勉強になるなー………。
「それと、個人でシールドマシンなんてゴツいもん作って使ったあとはどうするつもりだったんだ。どこかに放置してるのか?」
「あ、それね、パテント取ってそういう企業に売り込んだから、もう引き取ってもらった。」
「案外と小型化されたやつでも需要があるらしくてね。ずいぶんいい値段で買い取ってもらえたよ。」
「やー、特許さまさまよ。おかげで良い年収もらえてホクホクだわー。」
しばらく働かなくても貯蓄がーって、そーいうことだったんだー………。
「でもねー、作った私が言うのもなんだけどさ、行き過ぎた科学は魔法と変わんないってあの時実感したわ…理屈はわかんないけどスゴイことが出来ちゃうってね。」
「あれだけ説明したのにわかってなくて、それでも作れちゃうんだから凪ちゃんはホントにすごいよね。」
「流れるようにいちゃつくな!」
酷い頭痛を耐えるような表情で絞り出すようにツッコむおじさんの背中を呉羽おばさんが呆れたような表情で撫でてやっている。
しばらく深呼吸をして気持ちを落ち着かせたのか、トーンダウンした隼瀬おじさんが口を開こうとした途端、複数のお腹の音が鳴り響いた。
「今の…。」
「「「私」です。」だわ。」
「俺もだ。」
「隼瀬くん、仕事終わってそのまま駆けつけてくれたんだね。すまなかった。」
「おじさん、日曜日なのに仕事だったんですね。」
「役所とは言え、今の部署は不規則に出勤する必要があるから仕方ない。」
「じゃ、晩ご飯の支度始めるわね。凪ちゃん、あのスーパー圧力鍋使っても良い?肉じゃが作りたいのよ。」
「私も手伝うよ!ジャガイモの皮剥きくらいなら邪魔にならないでしょ?」
「じゃ、お願いしちゃおうかしら。」
2人でさっきの空気感が嘘のようにニコニコしながら台所に向かう姿を見て、思わずため息をついてしまった。
「呉羽も凪さんも、あんだけやりあって即こんな風に切り替えできるんだから感心というか呆れるというか…。」
「そこは僕と隼瀬くんも割とそうだと思うけど?」
「否定できん…。」
とうさんたちも同じような感想だったようで、似た者同士だということがハッキリした。
ふと、とうさんが言っていた言葉を思い出す。
「ねね、とうさん。今回大急ぎで始動した理由があるって言ってたけど、それって何だったの?」
「ああ、急ぐ理由か。実は、帰国してからメンテナンスしたサーバーのデータ整理中に、データの妙な偏りに気付いたからなんだ。」
「データ?何のデータだ?」
「転移しやすい地点を『揺らぎポイント』と仮称してチェックしてるんだが、これまで集めた情報を集積して分析した結果を地図に落とし込んだのがこれなんだ。」
そう言って世界地図を広げた。地図上には様々な場所に何種類かの色でマーキングがされていたが…。
「え、これ、国によってポイントの多さが違い過ぎない?そりゃ、とうさんたちでも海外のポイントは集めきれないかもだけど…。」
「それだけじゃないんだ。ポイントがある場所が、何故か都市部に少なすぎる。」
「…確かに…。とうさんたちが言ってた破断の原因が行き過ぎた科学のせいだとするなら、むしろ都市部に集中するはず…。」
「この偏りがどんな意味を持つのかわからない以上、待ちの姿勢でいると厄介な事象が生じないとも限らないから、『拙速は巧遅に如かず』ってつい先走ってしまったんだよ。みんなにはすまなかったね。」
とうさんが改めて頭を下げた。
急ぐにはそれなりの理由があるからだろうとは思っていたけど、確かにそれだけ焦らせるような要素がこの結果にはあったということだろう。
「急いだ理由はわかった。でも、やっぱり説明はして。知らないままで不安な気持ちでいるのはこりごりだもん。」
「そうだね、晴ちゃん。不安にさせないよう、とうさんたちも努力しよう。」
ぐるぐると鳴り続ける腹の虫の音を意識の外に追いやりながら、シリアスっぽいやり取りを続けようと努力する私たちであった。
………。肉じゃが、まだかな。




