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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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23/33

【23】ファーストコンタクト

「ピンポーン」


 確かにとうさんもかあさんも言っていた。午後には来るって。そして時間は…13時半を過ぎている。


「確かに間違ってない。間違ってないけどさぁ!」

「取りあえず、お出迎えしよう…。」

「そうだね…。」


 手にマニュアルを持ったまま、まずはインターホンで確認する。


「はーい…。」

『やっほー、こっちの晴ちゃん!』

「今、開けまーす…。」


 インターホン越しに見えたのは、今朝と同じクマがありありと見える上にホコリだらけな「あっちの両親」だった。


「徹夜明けでお疲れ様です…。」

「ありがとー!こっちの晴ちゃんたちもこれがファーストコンタクトかな?」

「あ、はい…。」

「そいじゃ、マニュアル通りにサクサク行こうか、ね?雪雄くん。」

「「くん???」」

「あ、早速差分が見つかったみたいだね。チェックシートの3枚目に呼称の違いがあったはずだよ。」

「さすが雪雄くん!作った本人が言うんだから間違いないわね!」

「へ?…あ、ホントだ…。」


 いくら作った本人とはいえ、ドン引きだ。あの量のチェック項目を覚えてるとか、記憶力の無駄遣いでは…?うらやましすぎる。


「じゃ、雪雄くんはチェックシートよろしくー。私はこっちの用紙を埋めとくね。えっとー、転移場所は東経…っと、あと北緯………時間があっちもこっちも現地時間で10時、世界標準時で1時…使用ルート…よし。」

「凪ちゃんは終わった?こっちはあともうちょっとだな。」

「ねー、唯…。ニックネームどうする…?」

「雪雄くんその1で良いんじゃないかな…?」

「何でその1?」

「これが最後とは思えないからだよ…。」

「…それもそっか。」

「こっちの二人もドライで扱いが雑だなー!かあさん、悲しい。」

「さっきのくん呼び以外は全く違いがわかんないな!」

「そりゃそうだよ、多世界解釈での並行世界なら違いがすぐにわかる方が珍しいと思った方が良いね。歴史的蓋然性が遠いほどこういう世界間の移動は難しくなっていくものだからね。」

「とうさんもだね!」


 わかってはいるが、混乱の極みだ。今朝でかけていった両親と呼び方以外は全く一緒なのだから。脳がバグって仕方ないことこの上ない。


「さて、唯くんが反応してないところを見ると例の黒いモヤもいないようだね?」

「はい、何も見えませんね。」

「じゃー、ちゃっちゃと端末繋いでデータ交換しよう。初回だから時間かかるからねー。よいしょっと。」


 あっちのかあさんが、背中に背負ったデイパックからゴツいノートパソコンを取り出した。


「雪雄くんの部屋の端末は立ち上げてあったよね?」

「出かける前にね。こっちの僕が忘れてなければ大丈夫だよ。まぁ、立ち上げてなければ10分くらい時間食うだけだし、問題ない。」


 あれ?こっちの両親、帰ってきてからとうさんの部屋に寄ったかな…?


「あの、もしかしたら立ち上がってない…かも?工房から扉で帰ってきて、ご飯食べてすぐ出かけたから…。」

「おっと、そしたら立ち上げ作業からだね。私のパスと認証キーが通ればいいけど…。」


 とうさんの部屋に入り、雑然とした机のデスクトップパソコンを見ると、やはり電源は付いていなかった。

 あっちのかあさんが椅子に座って電源を入れると、起動画面から認証キーを要求する表示。USBメモリのようなものを本体に差し込むと、次はパスワード。


「ふんふんふん、よし。………。通った!じゃ、接続するかな。」


 ゴツいノートパソコンと見たことのない端子が両側に付いたコードを使ってデスクトップとつなぐと、よくわからない表示とともに低い駆動音が響き始めた。


「よし、同期も問題ないからあとはデータの移行が済むまでは時間が空いたね。お腹空いたー!」


 伸びをしたかあさんの言葉に、私と唯のお腹が同時に鳴った。


「おや、晴ちゃんも唯くんもお昼はまだなのかい?」

「あ!うちの母がご飯作ってるはずでした!」


 会話しながら階段を降りると


「こんなことかと思って持ってきたわよ、みなさん。」

「母さん?!」「おばさん?!」

「わ、こっちの呉羽ちゃん?はじめまして!『雪雄くん世界』の凪です!」


 玄関に呉羽おばさんが風呂敷包みを抱えて立っていた。想定外の驚きに固まっている私たちとは裏腹に、あっちのかあさんは(も?)平常運転だった。しかも「雪雄くん世界」って…良いんだそれで…。


「まさか世界をまたいでも呉羽ちゃんのご飯が食べられるだなんて…!」

「凪ちゃん、雪雄さん、喜んでくれるのは嬉しいんだけど…そのホコリだらけの服でテーブルにつくつもりじゃないわよね?」

「「………はい。」」

「お風呂、いってらっしゃい?」

「「ダッシュで入ってきます!!」」


 我先にと風呂場へ向かういいお年の夫婦。何だかデジャヴ。


「着替え、いるよねぇ…。」

「持ってくる間にご飯用意しておくわよ?」

「すみません、お願いします。」


 呉羽おばさんに昼食を任せて両親の着替えを一揃い用意する。脱衣所に置くと声をかけた。


「ここに着替え置いたからね!」

「「ありがとう!!」」


 ………仲の良いことで。

 居間に戻ると、香ばしい醤油の焦げた匂いが漂っている。これは…!


「て、照焼きですか…?!」

「そうなのー。大きいアジが売ってたからたまには照焼きでも良いかな?って。」


 御重をテーブルに広げてご飯と取り皿を並べている唯が顔をしかめている。


「僕、塩焼きが良かったなぁ。次に良いアジがあったら塩焼きにして。」

「唯の贅沢者ー!アジの照焼きだって絶品じゃん!」

「照焼きはブリが至高にして唯一なの。母さんも知ってるくせに。」

「アジの照焼きは晴ちゃんと凪ちゃんが好きなのよ。食べたくないなら唯は食べなくていいわよ?」

「食べるよ!ただ、僕にとってはアジは塩焼きの方が好みだって話じゃない。」

「はいはいはい」


 唯が親子でじゃれ合ってる間に、とうさんとかあさんが風呂から上がってきた。……カラスの行水……。


「呉羽さん、いつもすまないね、ありがとう。今日のご飯も美味そうだ。」

「こっちの呉羽ちゃんも私の好物知ってるの?アジの照焼き、大好きなのー!」


 両親がやかましくテーブルについたのを合図に、「いただきまーす!」と唱和して一斉に食べ始めた。


「今のところ、わかりやすい差分はくん呼びとパソコンの電源くらいだったね。」

「他のチェック項目は?」

「目立った違いはなさそうだったね。晴ちゃんと唯くん、2人が気付かないならさしたる違いじゃないんだろう。」

「何で私と唯だとそうなるの?見落としとかあるかもしれないじゃない?」


 すると、まさかの呉羽おばさんから解説が入った。


「2人とも気が付いてないみたいだから言うわね?どっちも人の表情や言動、所作、そういう言語以外で表現される情報を拾う力がずば抜けてるのよ。」

「つまり、他人の観察とその裏にある情報を読み取るのが得意だってことだね。意図的なコミュニケーションにおけるノンバーバルなものだけじゃなく、意図しないものについてもかなりの精度で読んでるようだよ。」

「観察力がハンパないから、ちょっとした違和感も拾うってことだわね。」


 いきなり何だろ?


「言われるほどあれもこれも気付いてないよ!むしろ呉羽おばさんの方が細かく気付いて見てくれてるじゃない。」

「僕もそう思ったんだけど…。」

「唯だってそう思……え?」

「こないだ、僕も参加するって母さんたちを説得した時に言われたんだ、普通じゃないって。」

「普通じゃない…?」

「あのね、人と違うっていう意味よりも『普通じゃない』レベルで観察出来ている、って捉えてほしいのよ。」


 何が違うんだろう?人とは違う、とレベルが違う、との差がわからない。


「誰でも得手不得手があるでしょう?私も凪ちゃんもお料理は出来るけど、私は凪ちゃんよりも得意で上手に作れるわね。凪ちゃんも私も何かを作ることは出来るけど、機械や工作は凪ちゃんの圧勝よね?」

「他人を観察する、ってことにおいて、2人は抜きん出て得意なんだよね。問題はお互いに読めることが当たり前になってて世間一般のレベルを知らないことだわね。ある意味世間知らず?」


 ニヤニヤしながら呉羽おばさんの補足をするかあさんにちょっとイラッとした。流れるようにディスってくんな。


「凪ちゃん、からかうのはそのくらいにしよう。そういう訳で、2人にはこれからも同じようにこっちの僕たちとこうやって訪れてくる別世界の僕たちとの差分を検出してほしいんだ。」

「そうやって世界線ごとの差分を蓄積して、世界線の破断の規模をマッピングしたいわけよ。最初のチェック項目だけじゃ拾いきれない違いを2人に検出してもらうことで精度を上げたいの。」


と、ここで2人が大きなあくびを連発した。そういえば2日徹夜続きって言ってたっけ。


「そっちのかあさんたちも2日徹夜したの?」

「あ、良く知ってるわね。こっちの私たちもその辺は説明してったのね。」

「データの移行の残り時間を見てくるよ。」


 とうさんがパソコンをチェックしに行くと、呉羽おばさんがテーブルを片付けはじめた。唯と2人で手分けして洗い物をしていると、かあさんは居間の隅っこに寝袋を広げだした。


「寝袋なんてどうするの?」

「多分、まだ2〜3時間はかかると思うから仮眠しようかと思って。いくら私たちだからって別世界の人間がベッド使ったらイヤでしょ?」

「…考えつかなかった…だって、くん呼び以外違いがわかんない…。」

「…そっか。そのくらい私たちは近かったんだね。」


 嬉しそうに笑うと、あっちのかあさんは優しく撫でてくれた。


「晴ちゃんがこんなに優しく育ってくれてて嬉しいなぁ。ありがとうね。帰ったらうちの晴ちゃんにもありがとうって言わなきゃ。」

「ベッド、使ってください。」

「ん、ありがと。雪雄くんと休ませてもらうね。」


 そう言って、あっちのかあさんは2階の部屋へと向かった。そして3時間後。


「くぁ~!良く寝た!ベッドで寝られて助かったね、雪雄くん。」

「本当だね。ありがとう。データの移行も終わったようだし、そろそろお(いとま)するとしよう。」

「え、お茶したりしていかないの?」

「帰ってからの作業もあるからね。ありがたいけど、お茶は帰ってからいただくよ。」

「あ、晴ちゃん。ビニール袋ちょうだい。」

「え、この大きさでいい?」


 近所のスーパーでもらった袋を渡すと、着てきたホコリだらけの服を詰め込み始めた。


「持って帰らないと、そのうち消えちゃうから。もったいないでしょ?」

「え?そうなの?」

「別の世界線から来たものは、観測されないでいると戻るか消えるか、なのよ。もしかしたら戻るかもしれないけど、持って帰った方が確実だからね。」

「だから、居間にもう一組着替えを置いておくから、よろしくね。」

「???」


 こっちの僕たちが帰ってきたらわかるよ、と面白そうな顔でとうさんが言った。

 そしてマニュアル通り、とうさんの部屋で座標マーカーを起動して元の世界へと帰っていったのと同時進行で居間の扉のメロディが鳴り、こっちの両親が戻ってきたようだった。

 …が、中空に現れた扉がなかなか閉まらない。どうしたのかと思っていると、扉の向こうからビニール袋に入った着替えが放り込まれた。


「え?」

「これも消えちゃうからそっちに戻すわね!じゃあまたいつか!」


 そして扉が閉まり、消えた。こうして別世界とのファーストコンタクトは幕を閉じたのだった。

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