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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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【20】嵐の前の静けさ

 無言のまま向かい合った3人、いや、1人と2人が睨み合って既に30分が過ぎようとしていた。


「………」

「………」

「………あのね………」


 沈黙に耐えきれなくなって思わず、といった様子で口を開いてしまった呉羽に二組の鋭い視線が突き刺さる。反射的に後退りしようとして、ソファの背もたれに阻まれてしまった。


「母さん、やっと話してくれる気になってくれた?」


 笑顔なのに目が笑ってないという器用な表情で尋ねる息子に向かって、隼瀬が食い気味にかぶせた。


「さっきから言ってるだろう。唯に話せることは何もない。」

「僕だけ仲間外れにするの?」

「これは白瀬の2人が解決するべき問題だと説明したろう?」

「3人でしょ?」

「「え??」」

「晴ちゃんは巻き込むのに僕は蚊帳の外っておかしくない?そもそも白瀬のおじさんたちだけでどうにかなる問題なら今の時点で父さんたちが巻き込まれるわけないじゃない。」

「どうしてそう思った?」

「今回、何がどう動いたのかはわからないけど、父さんたちなりに僕を危険から遠ざけるために話さないって選択した理由は理解できるよ。だけど、そんな事するなら最初から関わるべきじゃなかったんだよ。晴ちゃんはともかく、おじさん達は自分たちの事、『知られるのは不味いってわかってるけど、知られたらその時は仕方ない』って思ってるよね。父さんたちはそれが危ういと思ってるからこそ今までも一緒にいたんでしょ?」

「いや、晴ちゃんがどうこうって一言も言ってないだろう?」

「そんなの顔見りゃわかるよね?」

「わかるかー!」

「え?」

「唯、普通はね、顔見たところでわかることなんてそんなにないのよ。」

「え、嘘」

「嘘じゃないですガチです。」


 ポカーンと、先ほどまでの勢いが行方不明になるほどに呆気にとられる唯を見て、軽く「頭痛が痛い」気持ちを理解する呉羽。


「唯。表情だけでそこまで読み取れる人は世の中ひとつまみくらいしか存在しないわよ。だから言葉があるの。」

「だって…多分晴ちゃんも同じ事出来るよ…?」

「…類は友を呼ぶってこういう………?」

「…ちょっと違うんじゃないか………?」


 3人揃って頭を抱える黒部家。


「それはそれとして。」


 いち早く再起動した唯が言葉を続ける。


「もっかい言うけど、僕を知らないままでいさせたいなら、最初から白瀬さんちと関わらせちゃいけなかったんだよ。小さい頃から見てきたあそこんちのおかしさなんて、こないだからの出来事を加えてちょっと考えれば簡単にアウトラインくらいなら想像出来ちゃうよ?」

「だけどな…」

「知らないことで僕だけ安全でいられる保証だってどこにもない。むしろ知らないでいる方が危険な場面だってあるはずだよ。」

「でも、」

「もし、これで」


 唯の目が暗い剣呑な光を宿す。


「僕が知らないことで晴ちゃんに何かあったら」

「…」

「僕は僕を許せなくなる。」

「唯…」

「そして、それ以上に父さんたちを許せなくなりそうだし。」


 怖ぁ!うちの息子、怖ぁ!!


 図らずも夫婦の絆が一層深まった瞬間であった。

 そんな夫婦の間で、ぞわりとした寒気が共有されて思わず身を寄せ合った、その時――。


「……僕は、ただ――」


 唯がぽつりと呟いた。声のトーンが少しだけ落ちる。


「僕は、晴ちゃんに泣いてほしくないだけなんだ」


 先ほどまでの剣呑さが嘘みたいに、まっすぐな声音。

 その一言に、夫婦そろって一瞬息を呑む。


「晴ちゃんって、すごく頑張っててもそれを誰にも見せないで、いつも笑ってるでしょ。僕、わかってるんだ。誰も気づかないように、気づかせないように振る舞ってるって。その裏でどんな辛さを抱えてても。

 だから僕は、せめてその隣で支えになりたいんだ。晴ちゃんが泣かなくていいように、笑っていられるようにしたい。」


 段々と熱っぽく、少しずつ早口になりながら


 「子どもの頃から晴ちゃんを見てて、どんどんそんな気持ちが強くなってきたんだ……一生懸命で、さっぱりしてるのに触れるとあったかくって、どんな晴ちゃんも大事になっててみんなに見せびらかしたいくらい自慢の幼馴染なんだよ………まぁ、正直言うと、泣き顔も笑顔も僕にしか見せてほしくないんだけどね」


 そこまで一気にまくし立てた唯は、呼吸もそこそこに陶然とした表情で続ける。


「晴ちゃん、可愛いし、かっこいいし、優しいし、あとスラッとしてて手も綺麗だし声も良くて――あ、でも僕以外に褒められてるのを見るのはちょっと嫌かも――」


「はーいストップ! ストップストップストップ!!」


 呉羽が慌てて制止に入る。

 その横で、隼瀬が無言のまま天井を仰ぎながら、どこか遠い目をしていた。


「……俺、息子が恋を語る瞬間を見る事になるとは思ってなかった……」

「うん……でもなんか、うちの子、熱量がちょっとバグってるわよね……」

「そうかなぁ?普通こんなもんじゃないの?」

「「普通の意味」」


 夫婦そろってツッコミを入れると、場の空気がようやくゆるんだ。


 隼瀬と呉羽はどちらともなく顔を見合わせ…諦めの表情で同時にため息をついた。


(ダメだコリャ)


「唯。そこまで言い切るからにはそれなりの覚悟が必要だぞ。」

「わかってる。」

「有事があるかもしれない、そのリスクに対するものもそうだが…。」

「?」

「白瀬家のあのいきなりかましてくるギャグみたいな流れを御する覚悟も、だ。」


 ズッコける唯と呉羽。


「え、それ、そんなに覚悟しないといけないものだったの……?」

「呉羽は知らないのも無理はないが…大学時代からアイツはそうだった。シリアスな場面でなぜかかましてくる脱力や、吹き出さずにはいられないボケ…。後少しで命が危うかった場面でも、あいつらはあのノリを頑なに保ってきた。」


 遠い目で過去を語る隼瀬の背には、どこか哀愁が漂っているように見えた。


「おかげでシリアスな内容を、その深刻さに見合った重みで伝えるのにどれだけ苦労したことか。お前にそれだけの覚悟はあるか?」


 思っていた方向とわずかに(?)ズレた警告に、いぶかしがりながらも唯は頷く。


 その晩、黒部家の居間は遅くまで灯りが灯っていた。


まるで、翌日に起こるであろう騒々しさを予感したかのように、静かに夜は更けていった…。


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