【17】ドッペルゲンガーにはもう会えない
おかわりのスペシャルコーヒーを飲み終えて、ついでにケーキも食べ終えても、四人の話の終わりは見えてこなかった。
「これまでの調査結果から見えてきたのは、まだまだ破断の影響のごく一部しか見えていないってことだけなんだよ。こっちの言葉で言えば『氷山の一角』って奴さ。」
「世界線をいくつか横断して分かったんだけど、どうも時間というか時期がズレてるケースがかなりあってね。私と雪雄さんの転移の時期も数日ではあるけどズレちゃってるの。」
「そういや、雪雄が保護されたって言ってた時期はやたらと事故だの天災だのが多かったな。時期的に豪雨やら土砂災害やらがあってもおかしくはなかったし。」
「大きな事故も重なったわよね。凪ちゃんの海難事故だけじゃなくて、ほら…!」
「あー、隣の大陸の列車事故か!多重事故になって犠牲者が3桁になった…!」
「おそらく、それらの事故の多くは世界線の破断に巻き込まれてた可能性が高いな。本来そこでは起こらなかったはずの出来事が、破断した世界線の出来事と干渉して同調して起きた、とかね。」
「怖いなぁ………!」
ふるりと身をすくめてカップを両手で包み、呉羽が一人ごちる。中身はごく少なくなっていたが、残ったコーヒーの香りが気持ちを落ち着かせてくれるようだ。
これまで聞いた話では、まだまだ世界線を跨いだ先での調査は必須で、出来れば跨いだ先の雪雄、凪と接触を図る必要があるという。だが、ここで想定内ではあるが、頭の痛い事実が発覚した。
「世界をまたいでも私と凪ちゃんだったってことだよ…。」
「あー………。『いなかった』んだな?」
「そ。ご丁寧にあの扉もちゃんと作ってんのよ。」
「それはそうよね。あ、でもそしたら、こっちに来てる凪ちゃんと雪雄さんはいなかったのかしら?」
「そういえば俺たちもいつもの雪雄と凪さん以外は見てないな…。帰ったら唯と晴ちゃんにも確認してみないと。」
「今ここにいる凪ちゃんと雪雄さん、実はここの凪ちゃんたちじゃなかったりして?」
「まっさかー!あの扉から帰って来た私たちは確実にここの私たちだよ。だってマーカーと扉の量子もつれで紐付けされてるんだもん。逆に言えば、あの扉経由じゃない私たちがいたら、そっちが違う世界の私たちってことね。」
「案外しっかりした裏付けがあるんだな。」
「じゃないと、こんだけ世界線が不安定になってるのに世界跨ごうなんて思い切れないわよ。」
「そういうもんか?」
すんっ、と表情が薄くなる黒部家夫妻。その顔にはデカデカと「裏付けがあろうとなかろうと世界は跨ごうと思うものではない」と書いてある。
「それはさておいて、一番の問題は別の世界の私たちに接触出来ないことなんだよなぁ…。いよいよもってあの仮説が証明されちゃいそうだもんね。」
「あの仮説、って?」
「ほら、前に隼瀬くんたちと見た映画があったじゃないか、あの自分とそっくりな人間と会ったら死ぬって映画。」
「あー、ドッペルゲンガーを扱ったやつ!」
「そうそう、それを見てから見つけた論文の中に、『違う世界線における自己とこの世界線の自己は同時に存在しうるか?』って内容の仮説論文があってね。」
「あの映画見たの、だいぶ前じゃない…?」
「そうそう、あの頃ってまだ私が開発してた転移ゲートの基礎理論も中途半端で、この世界じゃ他の世界線の観測も移動も出来ないのにどうやって検証するんだ?って思ってたんだけど…。」
「今でも私ら界隈以外はその認識なの忘れてないよね?」
「凪ちゃんがツッコミ珍しい〜。」
「そこは私の方が常識あるから!」
「「「ダウト!」」」
「えー!!!」
ふくれっ面の凪を尻目に雪雄が解説を再開する。
「理論の中核は『情報パラドックスの回避』と『世界の自動修復機構』なんだよ。昔から、タイムワープして昔の自分を殺したら、とか両親を殺したら、とかのパラドックスがあっただろう?この理論では、世界線そのものに修復機構が備わっていて、そのパラドックスを許容しないと考えているんだ。」
「世界の自動修復機構???」
「生き物の身体はちょっとした外界の揺らぎに即応して、バランスを保って生存し続けようとするシステムだろう?ホメオスタシスっていうんだけども。それが、マクロな視点からであればそれぞれの世界線が元のあり様に戻ろうとするシステムもあり得るというのが発想の発端らしい。」
「ゲームやラノベで良くあるあの設定か…。」
「ね、ちょっと疑問なんだけど…。」
「どうしたの?呉羽ちゃん。」
小首を傾げて宙を見つめながら、考え考え言葉を紡ぐ呉羽。
「世界線の行き来って、物事の流れが同じようであればあるほどしやすいのよね?」
「そうだね。」
「そしたら…例えば凪ちゃんたちがブラジルにいたら、向こうの凪ちゃんたちもブラジルに行ってるのよね?」
「ああ、そうなるな。」
「そしたら、凪ちゃんがこの世界線にいなければそこの凪ちゃんもいないんじゃないの?ていうか、ほぼところてんみたいに行く所行く所でそこの凪ちゃんたちはいないんじゃ…?」
「………えっ」
「………あ」
目玉が転がり落ちないか心配になるほど目をかっぴらいた雪雄と凪は、ギギギ、と音がしそうな程にぎごちない動きでお互いに見つめ合った。
「………雪雄さん。」
「………正直に言おう。」
「「気が付いてなかった。」」
「「マ ジ か 。」」
ごん!と額をテーブルに打ち付けて雪雄が突っ伏しながらブツブツとつぶやき始める。
「素人が気付くレベルのことに今まで気付かないとか僕終わってるマジでヤバいちょっと引退考えないとかもしんない蒲野くんのこと心配してる場合じゃない」
「あっちゃー、私も気付くべきだったわね〜…そりゃそうよね、蓋然性が近けりゃそりゃ会えないわよ、同じようなこと考えて行動してるんだもん。」
「あのー、雪雄さん大丈夫かな…?」
「しばらくほっといたげて。そのうち自分で戻ってくるから。」
「そういうもんなのか…?」
「今までもそうだったから、大丈夫でしょ。」
苦笑しながらもそっと後ろ頭を撫でている辺り、それなりに心配はしているのだろう。多分。
隼瀬はため息をつきながら、今後どうしたらいいのかをつらつらと考え始めた。
「本人同士で情報交換する必要があるのは、集めるべき情報の広がり具合を補強、確認して更に拡大するためなんだよな?てことは、本人同士が顔を合わせられないとなると、次に取るべき行動は…。」
と、雪雄ががばっ!と起き上がって叫んだ。
「情報ハブステーションだ!!」
一斉にびくっとした3人を尻目に、滔々と雪雄は続けた。
「僕ら自身が接触不可能なら接触出来る対象を絞って情報の集積地にすれば良い!僕らは世界線をまたいで、その情報ハブに接触して情報交換する。そうすれば、ここに戻った時には情報が集まっているはずだ…!」
「そ、それは良いけど…その情報ハブに私たちが同時に群がっちゃったら…」
「恐らくそれはないだろうね。可能性世界の分岐は無数にあるんだ。行き来のしやすさは差があっても同じ世界に同じ存在が複数存在できる確率はゼロに近いはずだよ。情報パラドックスを許容しない仮説が正しかろうとそうでなかろうとね。」
「問題は、情報ハブを誰にするかだが…。」
「うーーーん………隼瀬さんや呉羽さんだと私たちは楽だけど、しょっちゅう私たちが黒部家に出入りするのも不自然だよね…。」
「今更って気もするけど、確かに旅行中のはずなのにうちに来てるのも不自然よね。」
「てなると、やっぱり晴ちゃんを巻き込むしかなくなるのか…。」
「二人のうちどっちかが残って対応するってのはどうなんだ?」
「それも考えたんだけどねー………。ちょっとどころじゃない問題があってね。」
と、凪がこめかみを揉みながら苦々しい顔で爆弾を投下した。
「何故か、世界線をまたぐ時って2人で行っちゃうのよ。例え離れた場所にいたとしても。」
時が、止まった(ような気がした)。




