【15】君と見る海のかけら〈前〉
今日は久し振りに大学の講義が午後の一時限までで、バイトもなく時間に余裕が出来た。
両親は黒部のおじさんおばさんと秘密の会合といって、私のバイト先に集まっているはずだ。
「これからどうしようかな…。」
電車で数駅のターミナル駅周辺には、複数のショッピング施設やデパート、図書館などがあり時間潰しにはもってこいなのだが…。
「買い物、欲しい物がないんだよなー………。図書館も新しい本なさそうだったし………。」
帰り支度をしながらどうしたもんかと考えていると、唯からスマホにチャットが飛んできた。
『晴ちゃん、これから何か用事ある?』
『何もなさすぎてどうしようか悩んでたとこ』
『そしたら、水族館に行かない?電車で1時間かかんないくらいだよね、あそこ』
『え、良いけどいきなりどうしたの?』
『今度の課題で魚とか海の生き物をモチーフにしたくて。でも1人じゃ飽きちゃうからつきあってくれないかな?』
『おっけー。今から?集合時間と場所よろ。』
『改札前に15分後で間に合う?』
『了解』
周りの同級生に挨拶すると、講義室を出て足早に駅へと向かう。時間に余裕はあるが気が急いてしまう。
改札が目に入ると、手を上げて合図する唯が目に入った。
「やっぱり先を越された!」
「いや張り合わないでよ。」
苦笑混じりに答える唯。張り合ってる訳じゃなく、急いでたことを突っ込まれたくないだけだけど、そんな事は口にするまでもない。
「次のまであと少しじゃない。ほら、ホームで待とう?」
「そうだね。」
並んで改札を通りホームへ。
「水族館、久しぶりだね。いつ以来だっけ?」
「一緒に来るのは高2の夏休みが最後じゃない?」
「あー、そっか。去年の夏休みは受験の追い込みで勉強漬けだったもんね…。」
「父さんたちもおじさんたちも、笑顔で圧かけてくるの、キツかったね…。」
「呉羽おばさんの差し入れなかったら病んでたよね…。」
去年の夏、夏休みで帰省してきた唯と勉強会に必死だった記憶がフラッシュバックしてきた…受かって心底ホッとしたものだった…。
乗り換えを経て電車に揺られながら、とりとめもないことを喋っているうちに最寄り駅に到着した。来る度に潮の香りと水族館への期待に胸が弾む。
「唯は今日はどの辺をメインに考えてるの?」
「ビジュアルの中心はやっぱりシャチやイルカ、ベルーガが目を引きやすいと思うんだけど、サブでどの辺りが映えるか悩みどころだよね。」
「そうだねえ…人気があるのはペンギンとかクラゲ、サメ、あと…何だろ?」
「マニアックなところだと深海生物もアリだとは思うんだけど、盛り込み過ぎもなー…。」
個人的には深海生物大好物ってもんだけど、流石にそれが万人受けするとは私も思ってない。メンダコ可愛いけど。
とか言ってるうちに到着だ。チケットを…と並ぼうとしてると、唯に手招きされた。
「先に電子チケット取っといたから、こっち。」
「手際良すぎ!」
「誘うからには奢らないと、でしょ?」
「いや払うって!」
「その辺はまたそのうちね…はい、2人分です。」
なし崩しに奢られてる…そのうち仕返しに何か奢ってやる。くそ。
「まずはシャチ見るよね?」
「もちのろん!」
日本ではここと、あと2か所でしか見られないシャチのプールへ向かう。広々としたプール前のスペースで、ゆったりと泳ぐ2頭のシャチを眺めていると唯がスケッチブックと鉛筆を取り出した。
「気にしないで見てて。僕もなるべく手早くスケッチしちゃうから。」
「いくらでも…と言いたいけど、他にも見る生き物いるよね。ペース見ながら頑張れ!」
苦笑しながら「さりげなく圧かけてくるのやめようよー」と軽口を叩いて、さかさかと鉛筆を走らせ始める。相変わらず見事なもんである。私たち(白瀬家全員)からしたら神の如き所業…何故ならば、私たちはいわゆる「画伯」だからだ。
ネコを描けば「四本脚の牙をむき出して睨みつけるクリーチャー」、リンゴを描けば「赤くて丸い何か」、風景画に至っては、美術教師が頭を抱えて唸ってしまった。ヒドイ。
シャチのゆったりとした泳ぎに見惚れるふりをしながら、横目でそっと唯の真剣な表情を盗み見る。シャチとスケッチブックを往復する視線、真剣なその表情にこれまで過ごしてきた時間に思いを馳せた。
高校受験の時は、先のことなんてちっとも考えちゃいなかった。何となく同じ高校に進んで大学に通って、ずっと隣に唯がいると思っていた。
でも唯はずっと先を見ていた。自分のやりたいことをどうしたら続けられるか、どうしたら自分が納得できる自分になれるのか、先の先まで考えてた。
進学先を自分で見つけて、そこに進めるように自分を磨いて、努力し続けた先が今で…。
私は高校で自分が何をどうしたいか、何をすれば自分らしくそれでいて自分が納得できる自分になれるのか、ひたすら考えて考えて。
出た結論は、「唯の隣で胸を張って幼馴染だと誇れる自分になる」だった。
だから、得意な分野を伸ばすと共に苦手な教科や分野も必死に取り組んだ。まぁ、芸術選択はね?美術は避けて音楽で可もなく不可もなく、をキープしたけどさ!安全策大事。人には向き不向きがあるのだ。
つらつら過去の思い出に浸っていると、数枚のスケッチを終えた唯が、ふ、と息を吐いて画材を鞄にしまい始めた。
「終わった?てか目処がついた?」
「そうだね、身体のラインの特徴とか模様、動きのディテールはつかめた気がする。」
「さすが!」
「次、ベルーガ見に行っても良い?」
「もちろん!」
まばらに人が行き交っている中をベルーガプールへと進んでいく。流石に平日の午後だけあって、休日の喧騒とは裏腹に人の流れがのんびりと進んでいく。
「そういえば、最近ベルーガに子供が生まれたんだってね?」
「あー、ニュースでやってたの見たかも。」
「あ!あれそうじゃないかな?」
「わ、わ!可愛い…!」
大きなベルーガに寄り添って、ひときわ小さいグレーの体色のベルーガが懸命に泳いでいる。
「しっかりくっついて泳いじゃって、仲良しなんだねぇ…!」
「ホントだね、僕たちみたいだ…。」
「へ?!」
ぼ く た ち ?!
ど、どういう事?!私と唯ってこと?!
目を丸くして言葉が出てこない私をちらりと見ると、クスッと笑って
「だって、うちの親子も晴ちゃんちも仲良し親子でしょ?きっと周りからはあんな風に見られてるんじゃないかな。」
「あ、あー、そういう…確かにうちも唯のとこも仲良し親子で否定しようがないわ…。」
「でしょ?さて、スケッチするからしばらく時間くれるかな?何なら他の見てきても良いよ?」
「ううん、私もベルーガ見てたい。あの子可愛いから…!」
「そっか。じゃ、何かあったら声かけて。」
そう言うと、唯は再びスケッチブックを開いた。
私はベルーガのプールをあちこちから眺めてはベルーガたちの優雅な泳ぎにため息をついていた。
いや。ため息は自分の鼓動を落ち着かせるためだ。時々、唯はこんな風に思い違いもやむ無しな事を言い出す。人の気も知らんと。いくつ心臓があれば足りるんだ…いや足りない(反語)。
と、目の前をベルーガ親子がスイーッと横切っていった。何故かベルーガの目が笑っていたように見えてちょっといたたまれなかった…。
寄ってきたベルーガの滑らかな肌がプールのアクリル越しにふよんふよんと波打つのをほけっと見ていると、唯が動くのが目に入った。
「お待たせ、晴ちゃん。」
「良い感じに描けた?」
「そうだね、あの肌の質感をどうやって表現しようか、ちょっと悩んでるかな。白一色だからけっこう難易度高そうで…。」
「絵描きさんは悩みの次元が違うなぁ。」
苦笑しながら次のペンギンエリアに向かった。
こちらの建物は極地に住む生き物を集めているので、他ではなかなかお目にかかれないコウテイペンギンも見られるのが目玉のひとつだ。
アクリル越しに白とグレー、青に統一されたプールにわらわらと黒と白、時々オレンジのコウテイペンギンが…!無駄に胸を張って堂々としてるのがいるかと思えば、水に飛び込むかどうか迷っている仲間をどつくのもいるし、中央にバラバラと降ってくる雪に見立てたクラッシュアイスを浴びながらフリッパーをバタつかせるのまで。そこにアデリーペンギンまで加わってまさにカオス…!
「何回見てもペンギンって飽きないよねぇ…!」
「ホントにね。あ、あのペンギンこっちに来る。」
水面に腹ばいで浮かんでパチャパチャと泳いでいた一羽がこちらに向かってくる。黒地に白とオレンジのポイントが実に見事だ…あれ?
「「何か目が合った…?」」
思った以上に声が近くてそちらを見ると、真正面に唯の顔。
「うわ!」
「ゴメン、ペンギンに夢中でぶつかるところだった!」
だからー!距離感ー!
赤面しそうなのを誤魔化そうとペンギンの方に顔を向けると、急にバシャバシャ!とフリッパーをバタつかせた。
来るはずのない水飛沫を避けようとして思わず後ろに下がろうとした途端に、足元がぐらついた。
「やば!あ、ごめん、ありがと……!」
倒れるかと思った瞬間、力強く支えてくれたのは唯の腕。
「危なかったね、僕も避けようとしちゃった。水が来ないの分かってるはずなのにね。」
照れたように笑いながらも肩の手はそのままだ。転びそうになったことよりも!近いって!そっちの方が!心臓に悪い!
「ペンギン、描かなくて良いの?」
「ペンギン、実はかなり描き込んでるからもうソラで描ける…。」
「うっそマジで?!」
「ペンギンの種類の描き分けが出来るようになりたくて、高校の時にスケブ10冊はそれで潰した。」
「もしかしてペンギンマニア…?」
「否定はしない。」
あ、ちょっと恥ずかしいのか顔が赤くなってる。さっきのとこれでおあいこだ。負けぬ!(何に)
「次はどうする?」
話題を変えてあげようと次を促すと、はにかむように「深海エリア、見に行ってもいいかな…?」と微笑む。これでダメって言える人類がいたら教えてほしい。




