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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
12/18

【12】理論は武器(物理)

物理学ぽいことなんやかや言うてますが、ほぼテキトーなでっち上げです。雰囲気だけお楽しみください…。

 6月は梅雨の時期。しとしとだったりじっとりだったり、かと思えばふとした瞬間に夏を感じたり。時には五月病の延長なんてのも流行ったりするようだが。


「よく来てくれたねぇ、わ、ざ、わ、ざ、雨ばっかりで外に出るのも鬱陶しい時期に。」


 言葉を見事に裏切る渋面かつ苦々しい口調で両親と私たちを迎えたのは、かの黒尽くめ、かつ生え際が心配な前髪のスーツの男性、蒲野(かばの) (いわお)准教授とその後ろに控える学生数名。


「先日の電話でアポイント取るとしたら、って今日しか空いてないって言うから、万難を排して来たんだよ?」

「そこまでしなくても…」

「だって蒲野くん、資料を預からないと私が大変なことになるかもしれないって心配してわざわざ家まで来てくれたろう?それならこちらも誠意を見せないとと思ったんだよ。」

「あっ、あの時は…」

「そろそろ雨も強くなってきそうですし、中に入ってお話しません?ほら、お茶菓子も用意してきましたし、学者さん同士、お話が弾むでしょうから…。長丁場も想定しておりますよ、ね?」


 あ、かあさん、話が進まなくてキレはじめてるな。にこやかに会話に毒混ぜてるわ。


「こちらは…お目にかかったことが…?」

「白瀬の妻で、共同研究者でもあります白瀬 凪と申します。確か、数年前に学会でお目にかかったかと…。」

「え!白瀬准教授の奥さんって、あの測定機の改良を手掛けられた…!」

「測定機だけじゃない、ほら、試料の保管に温度や湿度、圧力まで最適化される保管庫も…!」

「うっわ、俺たちの守り神…!」


 何か後ろの学生たちが涙目でかあさんを拝み始めたぞ。何やってんのかあさんまで。


「うちの奥さんも有名になったなぁ…!」

「やだ、雪雄さんの方がすごいのに〜。」


 流れるようにいちゃつくな。周りがチベスナ顔に…なってるの、うちらと蒲野氏だけかい!


「夫婦仲良くうらやましい限りですな!失礼、では研究室の隣の応接室でお話を…。」


 と案内しようとする蒲野氏を置き去りに両親を取り囲む学生たち。


「白瀬先生!先日の学会での質疑応答、震えました!あの発想はどういった…」

「奥さま、あの保管庫のおかげで試料の質が安定して実験結果も誤差が劇的に減ったんです…!」

「今年こそは白瀬先生のゼミに応募しようと狙ってたのに…!」

「きみたちいい加減にしないかーーー!!!」


 あ、蒲野氏もキレた。



 ようやく応接室へと通され、持ってきたお茶菓子と学生さんたちが淹れてくれたお茶が出揃った所で。


「こないだ蒲野くんが読みたがってた資料、これじゃないかと思ったんだけど違った?」


 どさっ、とテーブルに出された分厚いファイルが複数。何だかあちこちに付箋がびっしりと付いている。

その物量に蒲野氏、顔が引きつっている。


「私が手がけた研究のうち、蒲野くんの研究と被ってる分野に絞ったからだいぶまとまってると思うよ?何せ、物理学の中で多世界解釈と量子論、あと天文学の複合分野に跨って研究してたから、本来はこの数倍あったんだよ。でも君のおかげで整理して分野ごとにまとめ直すきっかけになったんだ。いや~、助かった。」

「雪雄さん、最初はどこから手を付けたら良いかって悩んでたものね。あの本棚と書類棚、カオスだったし…。」

「そ、そんな手間を掛けさせて悪かったな…さ、早速見せていただくよ…。」


 震える手でファイルを開き、めくっていく。と、次第に表情が様々に変化していくのがありありと…。


「し、白瀬くん!この、ワームホールに関する記述…!」

「あー、それ、何回もあっちこっちで実験してたワームホール関連のデータをまとめたものだね。論文自体は20年前には発表してたけど、あんまり国内では反応なかったね。」

「当時は別の分野での発見とか新理論がたくさんあったから埋もれちゃったみたいね。ほら、生物学分野のアレとか…。」

「そうそう!ノーベル賞まで取って、あの先生方の功績はホントに偉大だったね!」

「もしこれが事実だとしたら…」

「うん、蒲野くんの例の、別の世界線を観測するに当たっての前提条件は意味がないことになっちゃうね。だって、ワームホールの持続時間とか規模を考えると…」

「いや、それでも…!」


 顔色がどんどん白くなっていく蒲野氏。そしてそれに気付かずにどんどこ解説を続ける我が父。


「君の理論だと、観測に必要なエネルギーとそれを補償するソースがワームホールの固定に必要ってなってるけど、実際問題、ナノレベルでの発生すら巨大な加速器がないとワームホールは出現できないって証明されちゃったよね。」

「だから、加速器を持つ研究機関に協力を…!」

「君の理論に必要なワームホールのサイズと持続時間が現実的でない限りは、協力してもらえないだろうねぇ…。だって、必要エネルギーを調達するのに日本円換算で国家予算の数倍はかかるし、そもそもそのワームホールが出来る理論的な土台も怪しいから…。」


 グゥ、と声にならない声が蒲野氏の喉から響いた。父よ、蒲野くんのライフはゼロよ?


「それと、世界線同士の干渉を読み取る数式のあれ、まだ P(Δt) の不確定性と F(Σr) の同期条件、整合性とれてないけど大丈夫かな?干渉領域の証明、そこを押さえないと破綻するよ。」

「いやいや、それは前提条件を固定した場合の話だろ? 時空間の位相を意図的にずらせば、世界線の交点は増えるし干渉も発生する。俺の式だと、むしろ安定する。」

「……ちょっと待って。それ、位相ずらすためのエネルギー計算はどうやって出してます?前に『ΔE は補助共鳴装置で吸収できる』って言ってたけど、あの装置、あの設定でそのまま組んだら共振暴走しますよ?」

「そうだね、凪ちゃんの言う通り。蒲野くん、その式だと ΔE が負方向に振れる条件を考慮してない。世界線干渉の安定化は可能だけど、その場合は Σr の収束性が保証できないはず。」


 うーん、だんだん日本語から離れてきたな。唯も、黒部のおじさんたちも焦点の合ってないアルカイックスマイルになってる。たぶん私も。


「……いや、でも実験じゃ似たような現象は起きてたし……。」

「その『似たような』が曲者なんですよ。パラメータの半分くらい、意味を取り違えてませんか? そもそも私、雪雄さんの式の半分も理解できてないけど、それでも蒲野さんのやつは動かないって断言できますよ。」

「凪ちゃんは装置の構造や素材の硬性、靭性を含めた物理特性を肌感で把握してるからね。私たちでも想定してない挙動とか不具合を探り当てるのは伊達じゃない。まぁ、いずれにしても世界線同士の位相干渉は君の理論では不可能だとこの資料から読み解けるね。」

「あっ…あの…!」


 お?学生さんの一人が挙手したぞ。


「何だね君!今は私たちの討論の最中だぞ!」

「良いじゃないか、蒲野くん。聞いてみよう。新しい視点や思考は私たちにも必要だろう?」

「しかし…!」

「あの!装置のことで伺っておきたいんです…!」

「装置?どの?」

「さっき仰ってた補助共鳴装置です。うちのは共鳴媒体として純水を使用することになってるんですが…。」

「あー、そうよね。媒体の変化を周囲の観測装置で観測するのに、余計なノイズが入らないようにするのは原則だものね。それで?」

「………。あの。予算が降りなくて、純水が用意できなくて、ここ最近の実験や観測には…。」

「あーーー!おい!そんな恥ずかしいことまで」

「はぁ???」


 話を遮るように大きな声を出した蒲野氏。その叫びすらねじ伏せるような、技術者・凪のひっっっくい声。


「あの装置に、純水使わないで、なんだって?」

「あっ、あの、あの、す、水道水を」

「「はああああ???!!!」」

「そんな事言わんでも良い!!」


 慌てるあまり忙しなく学生と両親を交互に見やる蒲野くんに、かあさんの凍てつくような視線が…。


「仮にも学者が、研究者が、機材を説明書通りに扱わずに論文に起こすような実験を繰り返した、ですって…?」

「研究者としてはあるまじきことだねぇ…あるあるだけど。」


 とうさん?!さらっとダメなこと言っちゃった!

 でも、かあさんの突き刺さるような視線を受けながらも平然と続けるとうさん。


「イレギュラーから分かることもあるから、一概に想定通りの使い方をしないから、と私は糾弾しないよ。でもね、その結果を公的な実験結果として外に出すのは、やってはいけないことだとも思う。その辺の線引きは研究者としての大事な所なんじゃないかな?」

「そこんところ、蒲野さんはどうなんですか?」

「え、あ…!」

「昨年度の実験報告で使われたデータ、水道水でした。」

「ちょ、おま…!」

「他の実験でも、試料が古かったり変質したりしていてもそのままにしてて、俺、不安で…!」

「なー!」

「蒲野くん…研究費の不足も痛手だけど、それより何より、君自身と学生の皆が正しく楽しく研究出来る環境じゃないといけないよ?間違いや誤差がそれと分からない形で世に出たとして、後年にそれが正されたとしたら、糾弾されるのは君だ。何ら後ろ暗いことなく、胸を張って結果を世に問うのが私たちの使命じゃないか。学生たちに、今みたいな告白をさせちゃいけない。」


 蒲野氏は、顔色を真っ赤にして言葉をなくしたようだったが、次第に俯き、打ちひしがれたように席を立った。


「資料ありがとう…ちょっと休ませてもらう…。」


 よろよろと部屋を去ろうとしたので、思わず声をかけた。


「あの!体調が優れないようですのでしっかり栄養をつけて休んでくださいね…たんぱく質とか、あとミネラルも!海藻とか…!」


 と、バッ!とこちらを振り返った蒲野氏は悔しそうに目を潤ませると


「覚えてろぉぉぉ〜!!!」


と叫んで走り去った。

 え?と戸惑って周囲を見回すと、皆顔を真っ赤にして口元を押さえている。何で?どうして??と考えていると、唯が息も絶え絶えに囁いた。


「晴ちゃん…生え際を気にしてる人に…迂闊に海藻すすめたらダメ…だよ…!」


 …あ。トドメ、刺しちゃった………?

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