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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
10/18

【10】忍び寄るもの、それは

 大学生の朝は…人によるが私の場合、そこそこ早い。

 起こしたりご飯作ったりしてくれてた人達がいないので、自分でやる必要があるからだ。

 起きてベッドを整え、朝食の準備をして(といっても前日の残りを温める程度)、食べたら家を出る準備をする。身なりを整えたら戸締まりをして…


「晴ちゃん、そろそろ行かない?」


 何故かお迎えがくる。

 唯とは学部が違うのに、何故か受ける授業がかなり被っている。なのでスケジュールもお互いに把握しているし、同じ講義の日はこうやって連れ立って通うのだった。


「だって、一年は教養の必須科目が、多いじゃない?それに晴ちゃんも僕も教員資格取る前提なんだから被っても当たり前だよ。」


 大学に入学してすぐの頃に、あまりにもスケジュールが被っているので尋ねたらこんな答えが返ってきた。

 大学ってこういうもんなの?ととうさんに尋ねたこともあるが


「大学や学部、学科によって変わってくるもんだよ。とうさんの大学ともまた違うみたいだしね。」


 と、なんてことないように答えるとうさんは、実は大学の准教授、らしい。らしい、というのは勤めている大学がよく分からないからだ。公立の大学だということは確かなのだが(以前、共済年金がどうの、とかあさんと話していた)、自宅から通勤可能な公立大学には父の専攻する分野はなかったはずだった。


 その日も、唯と共に大学に向かっていたのだが…。


「…晴ちゃん、その角曲がって、右。」

「え?何で?」

「行くよ。説明は後で。」


 理由がわからないながらも唯について歩いていく。何度かくねくねと道を曲がって、いつもの倍ほどの時間をかけて駅に着いた。


「…良かった。ついてきてない。」

「…それは私に見えるもの?見えないもの?」

「見える方。多分厄介事だね。」

「えー………。」


 顔をしかめながら滑り込んできた電車に乗り込んだ。

 その後は特に何事もなくスケジュールをこなし、帰途についた。帰りは私は駅前の喫茶店でバイト。唯はいつもなら先に帰宅するのだが、今日は硬い表情でバイト先の喫茶店で腰を据えた。


「唯、今日は朝からどうしたの?」

「ちょっと嫌な予感がするんだ。うちには連絡してあるから、バイト終わりまで待たせてもらって送っていくよ。」

「そんな、気にしないでもうちまで近いんだから大丈夫だよ?」

「僕がそうしたいだけだから気にしないで。あ、カフェオレください。」

「アッ、ハイ。」


 注文されたらお客さまだ。それ以上言い募るのも憚られたし、バイト中なのだ。仕事せねば。


「ママ、カフェオレお願いします。」

「はぁい、いつもの甘めのね。」

「はーい。」


 喫茶店「青い鳥」のオーナーで店長の、ママこと青木 早苗さん。この店をここで営むこと四半世紀。以前はダンナさんとお店を回していたそうなのだが、10年ほど前に死別してからは一人で切り盛りしていた。

 大繁盛とまではいかなくても、ママの淹れるコーヒーも紅茶も絶品なので固定客は結構熱心に通っている。


 かく言ううちの両親と黒部家の人たちもここの大ファンで、ふとした時に「青い鳥、行こっか?」となるくらいには馴染み客だった。そんな店で私がバイトすることになったのは、ママが目の前でギックリ腰になり給仕が出来なくなったためだった。


 閑話休題。


 唯のお好み甘めカフェオレをテーブルにサーブすると、唯が視線を合わせないまま囁いた。


「晴ちゃん、カウンター左端の黒尽くめ。今朝言ってた見える方の厄介事。」

「かしこまりました。」


 緊張しながらも視界の端にその人物をおさめる。今はママが注文を取ってくれているので相手はしなくても良さそうだ。

 黒のパーカーにサングラス、黒いジーパン。カジュアルっちゃカジュアルだが、50絡みのおっさんが着るにはちょいと若作り感が否めない。何より特徴的なのは砂漠化の進行を懸念される額とやや長めの前髪だった。


 喫茶店の閉店は午後九時。そこから清掃やレジ締め、物品補充などを済ませると軽く一時間はかかった。

 例の黒尽くめは閉店までしつこく居座ったが、早々にママに慇懃に追い払われていた。

 唯?唯は私と同じく顔見知りの常連だからね。閉店後も清掃や片付けを手伝ってもらって、帰り道の警備要員まで折り込み済み。何でバイトしてないかって?


「唯くんみたいな美形が給仕に入ったら、ミーハーな客でうるさくなっちゃうからね。」


とお断りされたからであった(合掌)。


 バイトの後、帰宅するまでは唯の護衛?もあり何も起こらなかった。黒尽くめの姿もなかったしね。


 事が起こったのは翌朝。

 モーニングルーティンをこなして、さぁ学校へ、というタイミングでインターホンが鳴った。こんな時間に誰だ?唯なら鳴らしてすぐに声をかけるはず。

 疑問に思いながらモニター越しに見ると、50絡みのスーツ姿の眼鏡をかけた男性が…ん?あの額…前髪…???


「はい………?」

『朝早くにお邪魔いたします。私、白瀬准教授とお仕事させていただいております、蒲田と申します。白瀬さんから頼まれまして、研究用の資料や文献をお預かりするようにと…。ちょっとお邪魔させてください。』

「は?父からは何も聞いてませんけど。」

『連絡の行き違いですかね?とにかく開けてください、でないと研究にも支障が出て白瀬さんが困ったことになるんですよ!』

「いえいえ、無理です。お引き取りください。」


 インターホン越しに押し問答していると、割って入る聞き馴染んだ声。


『あの、朝からどういったご要件ですか?さっきから断られてるのに…。』

『は?いや、何ですかいきなり!あなたには関係ない!』

『関係ありますよ、隣なんですから!不審者って通報しますよ!』


 唯だ!でも危なくないかな…出ていった方が良いかな…?と逡巡していると


「ピコーン、ピコーン、扉が開きます。ピコーン、ピコーン、扉が開きます。」


 ………。このタイミングでこの緊張感を台無しにする音声案内。てことは。


「晴ちゃん、ただいまー。」

「結局音声案内もいじってたんだ…あの修羅場で…。」

「えっ、今回はどの音声だったの?」

「複数あるんかい!」


と、インターホンから怒鳴り声が響いた。


『通報できるならしてみたまえ!どうせハッタリだろう!』

「あれ、あの声、蒲野くん?」

「とうさん知ってんの?!なら早く対応して!」


 そうだ、唯が危ないかもしれない、と玄関までとうさんを連れ出した。


「蒲野くん、おはよう。遠いのにわざわざ来るなんてどうしたんだい?」


 とうさんが声をかけるやいなや、ビクッ!と飛び上がって慌てた様子で声を上げた。


「し、し、しら、白瀬くん!何で在宅なんだ?!長期で旅行してるはずじゃないのか?!」

「昨夜たまたま帰ってきたんだよ、それより何の用事だい?」

「え、あ…、くっ………!き、急に用事を思い出した!今日はこれで失礼する!」


 至極悔しそうにセリフを絞り出すと、前髪をファサァ…!と跳ね上げて踵を返し、ゴキブリもかくやというような素早さで去っていった。


「唯、ありがとうね、対応してくれて。危なくなかった?」

「大丈夫だけど…あの人、誰?多分昨日の黒尽くめだけど…。」


 2人で見つめると、とうさんは肩を竦めて首を傾げた。


「彼ね、私と同じ大学の同期で准教授の蒲野くんっていうんだ。研究内容がちょくちょく被るもんで、よくピリピリしてるんだよね。研究の題材は面白いのに、結論までの経過が思い込み激しすぎて迷走しがちだから悩んでるんだろうけど…。」


 うん、何となく想像はついた。研究で成果を出せない所に、似たようなことしてるくせにアホみたいに成功してる相手がいたらそりゃー腹も立つよな〜、と。


「でもさ、研究って仮説立てて実験やら観察やら調査やらしたものを、データ集めて条件揃えて出てきた答えと仮説の差分を考察するもんなんでしょ?結論までに思い込み激しいって、それ大丈夫なの?」

「まぁ、だから結果が伴わなくて悩むんだろうねぇ。」

「教えて…やっても聞く耳持たなさそうだもんね…。」

「うん、まあ、ねぇ?」


 苦笑しながらとうさんは答えを濁した。


「そういえばかあさんは?」

「私たちがしゃべってる間にお土産取ってくるって一旦戻ったよ。もうすぐ来るんじゃないかな。」

「おみやげ」


「ティラリラリラリラリー、タリラリ、タリラリ♪

扉が開きます。ご注意ください。」


 今度はナースコールの定番と合わせてきた…。


「晴ちゃんただいまー!お土産持ってきたわよー!」

「おかえりぃうわぁ!!何それ!!」

「何ってお魚。美味しいんだって。」

「美味しいんだろうけどサイズおかしいから!どこの魚よアマゾンにでも行ってきたの?!」

「え、何でわかったの?」

「これピラルクだよね…。」

「ホントにアマゾンから帰ってきたんかーい!」

「で…今日は講義…どうする…?」


 ここで我に返ってあたふたと登校したのだが、開始ギリギリに息せき切って駆け込めたのは奇跡だと思う。

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