09.遊郭
「剛、なんかこえー教授だったな」
旅神党等は毛先が四方八方に向いた髪を更にくしゃくしゃにした。
「流石にお前も背筋が伸びてたな」
南雲は伸びをしながら応えた。
幸はもし、あの時麻袋に入れて拐われていたらあのような焼印を入れられていたのだろうかと思うと背筋が寒くなった。
真門は何か考え込んだような顔をしている。
「士郎なーに考え込んでるんだ?」
旅神が真門に開けっ広げな声をだして尋ねた。班になってから少しずつだが、班員同士の距離が近づいてきた。真門と南雲は相変わらず、馬が合わないことが多いが、旅神は真門だろうが誰であろうがお構いなしにコミュニケーションを図りにいく。
「別に。よもぎ頭に言うことの程のことでもない」
「なんだよ!よもぎ頭って!」
「パーマネントに失敗した頭ってことだ」
「俺のは純度100%の天然パーネントだ!」
旅神が真門に掴みかかった時、真門のポケットから何かが滑り落ちて、講義室の床に金属音を立てた。それを旅神が拾った。
「なんだこれ?煙管か?細いし女持ちだな」
講義室の床には吸口に梅の花が描かれた銀色の細い煙管が転がっていた。
「ってこれまさか?」
旅神は少し顔を赤くしている。
「へぇーとんだ放蕩息子だな」
南雲が真門に含みのある笑みを向けた。
「辞めろ。俺は色狂いじゃないぞ」
真門はやれやれといった表情だ。
幸は訳も分からず、冷やかしあいを見ていた。
「おい!幸!みてみろ!これ吸口に濃い紅が付いてる…。お前も男だったらこの意味が分かるだろう?」
旅神が煙管をずいと幸に向けてきた。
「はぁ…?なんだ?真門の恋人のか?」
幸は目を丸くした。
「まぁ…幸ちゃん、なんてウブな。そうだよなー幸には縁のないところだよ」
旅神は勝手に独りごちていた。
「その坊ちゃん、遊廓通いなんだよ。
おまけにご婦人方に好かれるこの色男ときたら、遊女の間夫かもしれないぜ」
南雲が呆れた様子で付け加えた。
「やっかみは辞めろ。色も武器の一つだぞ」
真門は普段の調子で返した。
遊郭は政府公認の遊女屋を集めた区画の総称である。そこでは夜な夜な灯が灯り、ひと夜の恋が毎夜と繰り返されているのであった。
遊女が贔屓客に自分の煙管を渡す習慣があるというのは幸が南雲に後日聞いた話である。
その夜、真門士郎は遊郭に向かっていた。
それは煙管に入っていた歌の真相を確かめるためであった。日中、真門のポケットから落ちた女持ちの煙管は確かに遊女から手渡されたものであった。紙には短歌が書かれていた。「灯が消ゑて尚も巣食う妖は帳に溶けて身を隠したる」この暗号めいた短歌から思いつく人物は一家を引き裂く引き金となった、父、真門甲山の愛人である。
ここ最近、真門は花街でその女を探していた。煙管を渡してきた妖艶な笑みを讃えた女はそのことを知っていた。知っていて煙管を渡してきたのだ。この歌の灯というのは、おそらく火の術師であった真門の父親ではないだろうか。
遊郭の大門は枝垂れ柳が垂れ、煌々とし、今日も多くの男たちを誘っていた。確か、煙管の女は中程の金華屋に居た。遊女屋の店の前は張り見世といって、格子状に囲われた張り出しに遊女が鎮座している。遊女たちは煙管を咬え、通りの男たちを見つめていた。その中に、煙管の女は居た。真門に気づくと、女は紅を引いた小さな口の端を上げた。
それに気づいた客寄せの男が話しかけてくる。「まぁ、旦那お目が高い。あの娘は上玉でね。筆が立つもんだから旦那のような教養がおありの方にはぴったりだと思うんです」「ぁあ。そうだね。今宵は詠み交わそうと思っていたところだよ」真門は女を見据えて答えた。「やーやーこれは稀代の美男美女。和歌で通じ合うとは源氏絵巻の世界ですなぁ。さぁさぁ、光源氏の旦那。寛いでってくださいよ」真門は男の調子のいい声に導かれて、店に入った。
座敷に案内され、暫くすると煙管の女が入ってきた。「浜名でありんす」女は膝をつき三つ指を立てて仰々しく挨拶をした。
顔を上げると薄く笑みを浮かべているようであった。
「作法は結構だ。本題に入ろう。何を知っているんだ?」
浜名はしゅんとした顔をして袖で口元を抑えた「まぁ、光源氏の旦那。つれないじゃありせんか。わっちの贈答歌気に入って頂けたんでしょう?」
浜名の瞳には悪戯した子供のような輝きがあった。
「私が探している女を知っているな?」
真門は落ち着き払った様子で再び聞いた。
「その前に、わっちの煙管に火を灯してくれなんし」浜名は真門の側によると、咬た煙管を突き出した。真門は指先から青白い炎を出すと、黙って火を付けた。
浜名は深く吸い込むと、窓辺に紫煙を吐いた。煙で月が朧になったように見えた。
「遊女たちの間で旦那のことは噂になっておりんした。色男で羽振りもいいのに、術で煙管に火だけ付けると帰ってしまわれると」
「冷やかしなら帰れと?」
「いえ。自分までポッと火が灯されちまったような気がすると、言っておりんした」浜名は煙管の灰を、煙草盆の縁でトンっと払った。
「そして、梅舞という遊女を探しておられるということも申しておりんした」煙管の煙が初夏の夜気に溶けていく。「わっち、知っておりんす。梅舞姐さんはわっちが見習い禿だったころに、お世話になっておりんした」真門の瞳孔が開いた。ついに
母の命をそして、最後には父の命をも奪った女の手がかりが掴めそうなところまで来た。




