10.身請け話
「梅舞姐さんは3年位店におりんした。
親が家業で作った借金で売られてきた娘だったと思いんす。表向きは」
浜名は紫煙を燻らせた。
「最後は異国の紳士に身請けされ、
お船に乗って行ったとききんした。
その紳士は毎週金曜日に来ておりんした。襖を覗くといつも何かぼそぼそ話しておりんした。梅舞姐さんは床上手で評判で、その紳士が来ている時以外は軍の術師の男に手練手管の限りを尽くしておりんした。もちろん皆さん表向きは、銀行家だったり工場長だったりと偽りの職業でありんしたが。わっちも少しばかり術なるものが使えるもので」
そういうと浜名は指先に朱い小さな炎を出して見せた。
「主さんに比べれば、わっちのはなんとまぁ弱々しい火でありんしょう。こんなんでも、術師の気だったりは感じることがありんす。主さんの父上様もそりゃあ大層な気を背負ったお方でありんした」真門の眉が動いた。「父を知っているのか?」
「ぇえ。主さんの父上様は梅舞姐さんのお気に入りでしたからね」
父、真門甲山は日の帝国でトップの実力を誇る術師であった。術師中佐であり、一個連隊を束ねる立場にあった。軍の中枢部の人間であり、日々機密性の高い情報に晒されていた。
「君、こう言いたいのか?その遊女は軍の術師を誑し込み何か謀っていたと」
「ぇえ。舶来の書物にもありんした。そういうのはハニートラップと言うんでしょう?一つの国を滅ぼしたのは、実は1人の女だったという歴史もあったとか」
浜名は鬢に指を滑らせてから煙管を弄んだ。
「わっちが主さんにこの話をしているのも、女スパイの真似事でありんす。なんせ廓の中は退屈で。近頃では職業夫人なんて方たちもおりんすが。わっちらは借金を返して年季が明けるまで大門の中。梅舞姐さんが店を出た後、先の大戦がありんした。これは偶然だとは思いんせん。主さんだってそうでしょう?真門さん」
浜名は2つの猪口に酒を注いだ。
「最近新しい娘が入りんした。その娘、梅舞姐さんに似ておりんす。姿形ではありんせん。声色も仕草も性格も異なっておりんすが取る客層と、客の様子が同じでありんす」
「客の様子?」真門は眉を顰めた。
「ぇえ。通いの客の気が抜けていくんです。おそらく術も弱まっているのでござんしょう。主さん、術が使い物にならなくなった男はどうなると思いんす?」
「さぁな。自暴自棄になるだろうか?」
「ご明察。すっかり自信を無くしちまって女に慰めを求めるようになりんす」
真門は浜名の話に合点がいった。
父が他所の女のところに通うようになったのも、術が安定しなくなったことへの慰みで、
その女は他国のスパイだった可能性があると言うこと。母のことがあってから程なく父は任務中に亡くなった。殉死と知らせがあったが、もしすると帝国の者に情報漏洩の容疑で処分された可能性も捨てきれない。だとしたら誰に消されたのだろう?兵器軍人右派だろうか?
真門は色々と考えが巡ったが、落ち着いた素振りを見せる。
「それで、君はどうしてこの話を持ち掛けた?」
浜名は深く紫煙を吐いた。
「さっきも言ったでござんしょう。女スパイの真似事でありんす」
そういうと、酒を勧めた。それから真門を見据えた。
「真門さん。お願いがありんす。その娘のことわっちに探らせておくんなんし。主さんの役に立ったなら、わっちを身請けしておくんなんし。なにも夫婦の契りを結ぶって話じゃありんせん。ここから出しておくんなんし」
浜名が頭を垂れてると、銀の簪がシャラリと音を立てた。
真門は猪口に口をつけると、
「良いだろう」とだけ答えた。




