11.尾行
「お前最近なんか変だ」
「よもぎ頭に言われたくない」
術発動概論の座学が始まるため
班卓に座っていると
旅神が真門にするどい指摘をした。
この頃、たしかに彼の様子がおかしい。
物思いに耽って難しい顔をしていることが増えたし、消灯時間になると真門の部屋のドアから出入りする音がする。帰ってくるのは夜半過ぎである。一度共有スペースですれ違ったことがあるが、女物の香の香りがした。
幸は真門は案外以前の煙管の女に
入れ込んでいるのではないかと思った。
幸は気になってはいたが、聞けずにいた。プライドの高い真門に臆することのない旅神は大したものだと思う。
「なんだ?色恋沙汰か?所帯を持つまでには身辺整理をしておけよ」
南雲も最初こそ真門を警戒していたが、今では軽口を叩くようになった。
「愛だの恋だのくだらない。性欲にそんな名前を付けるからややこしくなるんだ」
真門は肩を竦めた。
「嫌だ嫌だ。これだから冷血漢は。ところで真門と泰山は中間試験の準備は進んでいるのか?」
「問題は泰山の戦闘試験だな。少しでも臆すると術が安定しない」
中間試験では筆記と組手同士の戦闘試験が行われる。
戦闘試験は格闘と術を交えて、どちらかの防術ケープのカウントが十に達するまで行う。
格闘場で何度も手合わせをしているのだが幸は術の初動が遅れることが多く、その度に
真門の怒号がとぶ。真門の上官のような口ぶりに腹が立つが、実力がないので仕方がない。せいぜい首席間違いなしの真門の足は引っ張らないようにしようと思う。
予鈴が鳴ると、白髪の老人が入ってきた。
灯台仮機、初代学長の弟にあたる教授である。
「おめーら席につけ。さっさとやるぞ。座学なんぞに時間を割いてる暇はねぇからな。分からねぇやつは書庫行って自分で本読んで自分の言葉で理解しろ」
初代学長は文化芸術を愛し、兵器軍人と術師の協力に尽力した温厚な人物だと評するとするならば、その弟は相対していた。
灯台仮機もまた、針山訓示のように
術師右派と噂される教授であった。
右派の教授は実技訓練指導からは
外されるというのは研究生たちのよくある耳打ち話であった。
「じゃあそこのボサボサ頭。術の発動機序を答えろ」
灯台は座学が始まるなり旅神を指した。
旅神はボサボサ頭という指名にムスッとしている。
「えっと、身体ん中にある気を術と結びつけて、ガーっと発動します」
「よろしい。その擬音がなんとも頭が悪そうだな。ようは気が重要だ。気とは身体を流れる流動的なエネルギー。その物質成分は科学的証明は為されていない。ゆえに俺たち術師は時としてバケモン扱いされる。気と術の結びつき、これは個人の生得的特性によって異なる。術とはすなわち4元素を操ること。ここにいるお前らは火・風・水・土の4元素いずれかを気と結びつけて物理攻撃を発動させる軍人の卵という訳。ボサボサ、術を統べるにはどうしたら良い?」
「そんなのは、気を安定させて強くなるしかねーんじゃないでしょうか」
旅神は頭を掻いた。
「よろしい。気の安定はどうしたら実現する」
「あんまり怒ったり、悲しんだりしないことです」
「よろしい。すなわち感情のコントロールだな。お前らの喜怒哀楽で気の流れは変わる。戦場では一喜一憂している暇はねぇ。術を安定的に発動させ、攻撃を与えていかなきゃならねえからな。メンタルが揺らぎがちなやつは今から整える方法を確立しておくことだ。放蕩兄貴のように文化芸術に精を出すやつ、鍼灸や漢方で気の流れから改善するやつ、とまあ色々だから自分に合う方法を探せ」
灯台は血圧が、上がりそうな力説を続ける。
「術が安定しなければ、国家術師でいることはできない。最悪術に喰われる。術に喰われれば、仲間に攻撃をしてしまう可能性もある。組手が反する術と組まされるのは術に喰われた時に、相手を制御するためだ。そして殺る必要があれば、殺る。これは術師の掟に定められている。『第一章第一条第五項。組手が隊の規律を乱した場合、組手の兵士は術の力を持って制御せしめる』これが、かつての兵器軍人のお偉方が所望した組手制度だ。バケモノと同じ部隊で働くには抑止力を求めたのさ。隊の規律を乱すとは、すなわち国家反逆罪。任務中に術に喰われれば、殉死ではない。国家術師として最も不名誉な死が訪れる」
研究生たちはそれぞれ自分の最期に思いを巡らせた。軍人である以上死とは隣り合わせであるが、遺族年金も出ない、勲章も授与されない死は最も恐ろしい。
座学終了まであと小半刻残したところで、灯台は「酒と女は気が乱れるからほどほどにしろ」と言い残して講義室を出て行った。
「だってよ」と南雲が真門を指さした。
その日の夜も真門は消灯時刻後に出かけて行った。その日は幸もなんだか眠れなかった。
幸は真門の後をつけてみることにした。
寮の門を出た真門はやはり花街の方角へ向かった。幸は道中、自分の他にも真門をつけている人物がいることに気づいた。
そろそろと歩く人物は男のような成りをしてるが、顔は見覚えがある女であった。
真門家お抱えの水の術師香夜であった。
幸は思わず声をかけた。
「君」
香夜は濡れたような大きな黒い瞳を幸に向けた。街灯の光がゆらゆらと目の奥に揺れているようにみえた。
「こんな時間に女子が歩くなんて危ないんじゃないないのかな」
彼女はきまりが悪そうな顔をした。
「あなたこそ何をしているんですか?まさかあなたも遊郭に?」
「僕は違うよ」
彼女は目を伏せた。
「では士郎様はこれから遊郭に向かわれるのですね」
「ぁあ。多分ね」
明らかに落胆した様子の彼女に幸はなんと声を掛けて良いかわからず、慌てて弁明をした。「でも男なんてそんなものさ。研究所の連中に女好きは沢山いるよ。存外その位の男の方が立身出世を成し遂げるかもしれない」
「女郎なんて汚らわしい。そんな女を身請けするなんて…」
彼女は目に大粒の涙を溜めていた。
「身請けって本当なのかい?」
「あくまで噂ですが、好いたお方がいるのでしょう」
彼女の目からはいよいよ涙が伝い。男物の袖を濡らした。
おおよそ、噂をきいていてもたってもいられず、借り物の男の成りで後をつけてみることにしたのだろう。もしかすると遊郭にまでついていくつもりだったかもしれない。
「あなたが濡らす袖は泥汚れのついた男の袴であってはならない。もうお帰りなさい。
女人禁制の遊郭に女が立入れば、若い衆に何をされるかわからない。彼処は冷やかしを何よりも嫌うからね」
幸は持ちうる知識で精一杯引き留めようとした。
「せめてご尊顔を拝みたいんです。あなただって、気づいているでしょう。私の士郎様への気持ち。身分違いだってわかってはいるんです。使用人と主人じゃていが悪いでしょう。…お願いです。一緒に大門を潜ってください」
彼女の悲痛な表情に幸は諦めるしかなかった。




