12.再会
大門では若い衆が警護をしていた。
遊女の足抜けや女子供の訪問がないようにしているのだろう。
「いいかい?なるべく大股でさっさと歩くんだ」
「ええ」
「返事は応だ、それか押忍」
大門のしだれ柳が招き入れるように揺れていた。
区画の周囲を流れる川には街灯の光と提灯の光が揺れていた。
幸は香夜になるべく男らしい振る舞いをするように釘を刺した。幸も遊郭には初めて足を踏み入れるので、内心ドギマギしていた。
恐る々大門を潜ると、通りで男たちが品定めをしていた。ここは春を買う場所なのだということが、事実として目の前に飛び込んできた。張り店の中の遊女たちは、意味ありげな視線を通りの男たちに向けている。大げさに襟を抜いている者、より鮮やかな紅を刺している者、粋としてあえて男勝りな渋色の着物を着ている者。そこは百花繚乱と形容するに相応しく、女たちが競って鎮座していた。
遊女たちが焚きしめている伽羅の香りに酔いそうになる。
真門はまだそう遠くに行っていないはずだ。
「急ぐよ」
幸は、後ろの香夜に注意を払いながら
人混みを掻き分けた。
背の高い男が中程の店に入るのが見えた。
真門である。
連れて1人の遊女が張り店から席を外した。
「あの人が」
香夜は複雑な表情をしていた。
このまま泣かれては困るので、幸は大通りを外れた。
「お職を張ってもおかしくない器量よしでしたね。士郎様が好いたお方だもの、きっと唄に踊りに三味線、教養がある人なんでしょう。そんな人と添い遂げたら、きっと退屈しない」
恋に破れた香夜は千切れそうな顔をして声を殺して泣いた。
幸はどうしていいか判らず、通りの灯籠に目をやった。遊郭で男が男を抱き寄せて慰めるのも可笑しなものだ。ただ目の前にいる女の涙は珠のようで綺麗だった。想って忍び泣くなんて意地らしいと思う。こんな女を放っておくなんて、真門は馬鹿だ。幸は彼女の頬に手を伸ばしかけて辞めた。意気地がないのだ。
「出よう」
幸は香夜にやっと声をかけた。
帰り道何気に通りを見渡した。
店の2階からは女の嬌声と三味線の音が漏れていた。障子が少し空いた部屋があり、朱の着物に身を包んだ女が、柳の葉ずれに耳を澄ましているような様子だった。
その女には見覚えがあった。
口にも目にも鮮やかな紅を刺しているが、
確かに姉の面影を宿していた。
「若葉姉」
幸は思わず叫んだ。
女は面食らったような顔してピシャリと障子を閉めた。幸は確信し、
店の看板を確認した。『六花屋』
間違いない。姉はここに居る。
何故なのか。幸の頭はグルグルと思考した。
何故、姉が帝都にきて男に身を売らなければならなかったのか。
「泰山さん?」
明らかに様子のおかしい幸を見兼ねて
香夜は声をかけた。
「悪いけど、大門を出たら1人で帰れるかな?見送れなくてごめん。知り合いがいたんだ。ここにいちゃいけない知り合いが」
幸の顔は青ざめていた。
大門まで着くと、幸は再び見送れない非礼を詫びた。
「あの、さっき、遊女が汚らわしいなんていって御免なさい。彼女たちの多くは家の借金のために売られてきた娘だってことは、知っては居るんです。それぞれに事情があるってことは。嫉妬したんです。器量が良くて、豪奢な彼女たちに。綺麗な着物を着て、紅を刺して。なのにわたしは汗臭い男のなりをして、想い人を尾けてる馬鹿な女です。きっとお知り合いの方もなにかのっぴきならぬ事情があってのことでしょう」
香夜は申し訳なさそうに頭を下げた。
大門のところで香夜と別れると幸は急いで六花屋に向かった。店に入ると客引きの若い衆が幸を引き留めた。
「お客さん、ずいぶん若いね。ここは筆下ろしにくるところじゃないんだぜ?六花屋は上客ばかりだってんで、ここいらじゃ有名なんだから」
「あの、2階の座敷にいた女に会いたいんだ」
男は面食らったような顔をして、すぐに応えた。「ぁあ。あの花魁はダメだ。あれは台帳にある客以外の相手はできない」
「なんでだ?」
「お客さん。困りますよ。大枚叩いてもらったってあの花魁にはお通しできませんよ。はい、帰った帰った」
幸は騒ぎを立てる訳にもいかず、一度店を離れた。台帳にある客の相手しかしないとはどう言うことなのだろう。加えて姉は花魁と呼ばれていた。花魁は店を背負って立つ最高位の遊女のことであり、下積みを経て上り詰めるのが普通である。姉が村を出てから半年も経っていない。なぜ、田舎から出てきた娘が花魁なんて呼ばれているのか。
幸は額に脂汗が滲んでいた。
姉のことだ。何か事情があるにはあるのだろう。だとしたら何なのか。脅されている?誰に?いずれにせよ姉には何か隠し事があることに違いなかった。




