8項 アリシアside
騎士と再会したお姫様は喜びました。
でも、檻から出ることは叶いません。
一人、夜空に願いました。
するとどうでしょう
空から騎士が現れたではありませんか。
けれど、お姫様は
その手を取ることができませんでした。
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「…はぁ、どうすればいいんだ…。」
「貴方…」
パチパチと暖炉の薪が弾ける音がやけに大きく聞こえていた。
両親が肩を寄せ合い頭を抱えていて、私はそんな姿を見たくなくて、静かにドアを閉めた。
…今度、街にお出かけしようって話をしようと思ったんだけど、できなかった。
私の住むユグラシー領にこれといった特産品は無い。
ただ、広大な大地があるため、ほとんど他領に頼らず自給自足ができる。
堅実に運営すれば利益は大きくないものの、
損もない。そんな領地だった。
しかし近年の歴史的寒波の影響で作物の収穫量が著しく低下した。
私の両親は税を一時軽くして、足りない分の食料は他領から輸入もした。
今まで堅実に運営してきたから一年二年程度なら凌げるはずだった。
一年二年…
そして三年、四年…
寒波は続いてやってきた。
こんなのは数百年ぶりに起きることだという。
結果、領地は赤字になった。
両親はありとあらゆる手を尽くしていたけど、事態は好転しなかった。
このままでは民が飢え、やがて疫病が広がり、領地がそのものが緩やかに腐っていく。
手がないわけじゃない。
ただそれを私が認めたくなかっただけ。
…覚悟が決められなかっただけ。
「…アリシアをワーグナー家に嫁がせる。」
ワーグナー家は主に国の軍事開発を担う領であり、この寒波の影響を何も受けてなかった。
そしてお金を持ってた。
私と同じ年の子供がいる。
でも、パーティで見かけたその子はとても、嫌な子だった。
人を馬鹿にして、見下していた。
もし、そんな人と結婚をしたら?
…きっと私は大切にはされない。
御伽話のお姫様のように勇者様に愛されて、幸せな結婚したい。
そんな夢や理想とはかけ離れている現実。
…頭ではわかってる。
これが領主の娘に生まれた私の定めだってことくらい。
でも、私は屋敷から見る広大な大地を見ても、何も思えなかった。
だってこの地に暮らす人のことを何も知らなかったから。
知らない人のために、なんで私が一生を苦しんで暮らさなきゃいけないの?
だから逃げ出した。
といっても、民間の相乗り馬車の乗り方もお金の相場も何も知らない私にはそんなことできるはずもなくて。
せいぜい屋敷の裏の湖に行くことくらいしかできなかったけど…。
木陰で泣いて、泣いたところで何も変わらなくて、それが悔しくてまた泣いて…
今思えば、子供の私が逃げたところで丸わかりだっただろう。
それでも両親や使用人の人たちは一人考える時間をくれたんだと思う。
そのおかげで、彼に会えた。
「すげー!こんなところあったんだ…」
キラキラした目
格好は薄汚れているし、正直ちょっと臭そう。
でも湖に足をつけてバシャバシャ遊ぶ姿がすごく綺麗に見えた。
楽しそう…だった。
彼は今この地がどんな財的危機に面してるかなんて知りもしないんだろう。
きっと私が売られたお金で自分が飢えずに済むなんて、想像もしない。
そう思うと胸が苦しくて、また涙が出た。
「あ!いた!」
ガサっと私を隠す草木がどかされた。
ビクッと体が跳ねる。
私の醜い心の内が悟られないように、精一杯の虚勢を張ってみる。
「あなたは…?」
…興味もないくせに。
貴族という対面はそうさせてはくれなかった。
キョトンとした顔。
本当に能天気に生きてるんだ…そう思った。
唇を噛み締めてグッと堪える。
「あ…わ…俺は騎士!ゼフである!」
「へ?」
「姫のピンチを聞いて駆けつけた!
姫を泣かせる不届者は私が成敗してくれる!」
木の棒を雑に振り回して草木が散る。
何を言ってるんだろうこの人は。
「…騎士はそんな木の棒じゃ戦わないわ」
「…そんなことないぞ?」
「なにそれ」
「聞かせてやろう俺の大冒険の話を!」
それから彼が語るのは絵本に出てくるような冒険譚。
意味わからなかったし、実際そんなわけないって思うのに、身振り手振り大袈裟に話して見せる彼に気づいたら先程までの感情は薄れて自然と笑っていた。
そんな私を見て、彼は安堵したように笑う。
時間にすれば一緒にいられたのは僅か2時間くらいのこと。
それでも私にとって、貴族のしがらみから抜け出せた、かけがえのない時間だった。
そして想像した。
飢えて苦しんで死ぬ彼を。
もしこの領地にお金がなくなったら真っ先に死ぬのは彼のような農民だ。
…彼に、そんなふうに死んでほしくなかった。
「…私ね結婚するのよ
それが嫌で逃げてきたけど、覚悟は決まった。
ありがとう。小さな騎士様」
「………また会える?」
「………ええ…きっとね」
最後についた小さな嘘。
きっともうここには戻ってくることはできないけど、もし叶うならもう一度彼と会いたい
そんな小さな希望をその一言に込めた。
そして学園を卒業してすぐ、ワーグナーの姓を名乗ることになった。
正直、嫁いだ先は静かな地獄だった。
当たりの強い義母、そんな義母に影響されて雑な仕事の使用人。
義父の話す内容は下品なことばかりだし夫もそれに便乗する。
呼吸がずっと苦しかった。
そんな時だ、一通の手紙が届いたのは。
差出人は幼少の頃からお世話になっていたユグラシーの使用人の一人。
内容は両親の現状報告から始まり、とある少年の話が書かれていた。
『最近馬鹿な少年と出会いました。
その少年は両親に啖呵切って街に飛び出して、騎士舎の前で座り込んで一晩を超えるほどの馬鹿です。』
そんな内容だった。
ゼフのことだってわかった。
定期的に届く手紙に書かれるそれが嬉しくて、彼も戦ってると思ったら勇気が出た。
『あの馬鹿な青年はお姫様に会うために騎士を目指してるらしいです』
そんな一文に胸をときめかせた。
そして、再会した。
すっかり大きくなって。
強そうになって。
それでも優しい顔は変わらなくて。
すぐに、わかったの。
それなのに、私は馬鹿にされる彼を庇うこともできなかった。
夢にまでみた再開は、こんなはずじゃなかったのに…。
貴方の憧れたお姫様はこんなにもちっぽけで弱い。
…きっと、幻滅させてしまった。
夫は酒によって寝ている。
静かな夜はバルコニーで月を眺めていた。
唯一と言ってもいい呼吸ができる時間。
でも思い出すのはゼフのことばかり…
カタン…
物音がして振り返る。
夫が起きたのだろうか、そう思ったのに振り返ったら夢に見た彼がいた。
「っあなた…」
「シッ」
口元を抑えられてドキドキと心臓が高鳴る。
男の人の手だった。
私が騒がないと思ったのかその手をそっと外された。
それでも聞かずにはいられなかったから小さな声で彼に問いかける。
「ここ三階よ!?一体どこから…」
「…俺は馬鹿なのでこんな方法しか思いつかなかったんですよ」
「…だとしても危険よ!」
「危険だとしても、お姫様…
アリシア様が泣いてるように思えたので。
昔から泣いてるお姫様を助けるのは騎士の勤めだって決まってるんですよ。」
「…っ馬鹿じゃないの…それに私の名前…」
「図書館で調べました。
それから騎士になるのも案外大変で…
聞きますか?俺の冒険譚。」
彼は、なにも、変わってない。
それが嬉しくて眩しくて涙が溢れた。
「な、泣かないでください。」
「誰のせいよ。」
「俺のせいですか、ごめんなさい」
「馬鹿ね…」
月に照らされた彼は騎士なんかじゃなくて王子様にすら見えた。
この甘い時間が永遠に続けばいいのに。
そんなことは叶わないとわかってるけど。
「早く帰って、バレないうちに。」
「でも…」
「私は大丈夫だから」
そういうと後ろ髪を引かれるような表情で彼は壁を伝って降りて行った。
…お猿さんかしら?
最後まで、私のことを振り回す変な人。
「…会えて、よかった。」
その声が彼に届くことは、きっとなかった。




