7項
華やかな舞踏会で
騎士は再びお姫様と出会いました。
美しく成長していたお姫様。
けれどその笑顔はどこか寂しそうでした。
声をかけようとした騎士でしたが
お姫様との間には高い身分の壁がありました。
想いはまた、届きませんでした。
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「ここが…王都…」
ポツリと呟く俺の声は人々のざわめきによって一瞬でかき消された。
王都への入り口は巨大な門によって仕切られており、そこで検問が行われる。
かれこれ2時間は待っているだろうか。
騎士の入場だったとしても例外はなく、身分証や持ち物など様々な記録を取られる。
建国祭を前に人が増えているのはあるだろうが、それにしたって異常な数だ。
朝方に街を出て昼には着いていたというのに、もう日が暮れそうな勢いだった。
そもそも規模が違う。
やっとの思いで検問を抜けると、そこにはガヤガヤと賑やかな下町が広がっていた。
田舎とも街とも違う。
都会の景色に空いた口が塞がらない。
そもそも街ですら感動したんだから、王都なんて想像できるわけもなかったんだけど。
「迷子になるなよー」
先に行くカイを慌てて追いかける。
そして、大の男が男の服の裾を掴む。
カイは嫌そうにしているが絶対離さない。
…迷子、洒落にならない。
もし迷ったら二度と会えないのでは?
それくらいには広い。
辺りは眩しいほどの光に包まれて、お城が遠くライトアップされている。
すれ違う人たちの声は賑やかだった。
ただ、表通りには笑顔が溢れる一方で、路地裏には痩せた子供と座り込む老人。
これが身分、貧富の差。
どうしても埋められないもの。
ふと思った。
子供の頃の約束なんて、所詮口約束だ。
もし、あの約束を覚えているのが俺だけなら?
今、お姫様が幸せなら路地裏側から覗き込む俺は迷惑なんじゃないか?
そんなことを考えて途端に息が苦しくなった。
やっとここまできたのに、完全に独りよがりだったかもしれない。
「ゼフ?お前、顔真っ青だけど」
「…あ、あぁ。」
「…明日から配属なんだから体調崩すなよ。」
…そこから先は何も考えられなかった。
「ゼフとカイだな。お前たちはA通路の警備に当たってくれ。
不審な行動をする者がいたらすぐに報告するように。」
「「……ハッ」」
心の準備も何もできてない時に限って、パーティ会場への入り口に通じる通路の警備担当への配置だった。
会いたいようで会いたくない。
前はあれほど焦がれていたのに、いざ手が届くとなったら足がすくんだ。
そんなこと試合の時もなったことがないのに。
華やかなドレスに身を纏う女性達とそれをエスコートする男性達を見送る。
日焼けのない白い肌。
水仕事なんて一度も経験が無さそうな手。
感情を見せないのが貴族としての礼儀だと聞いてはいたが、能面のような貼り付けた笑顔。
…同じ人間には思えなかった。
お姫様もまた、こんな大人の女性になっているのだろうか。
だとしたら少し…嫌かもしれない。
パーティ会場には身分の低い方、男爵から始まり最後に王族が入場する。
俺には貴族の違いなんて何もわからなかった。
そして、ちょうど半分くらいまで入場が済んだ頃合いだろうか…
「ワーグナー伯爵夫妻の入場です」
その声にハッと顔をあげた。
『貴族名鑑?そんなものどうするのですか?』
『あー…どんな盟主様がこの領地を収めてるのか気になってさ?』
『…勤勉なことはいいことです。
持ち出し禁止書物に当たりますので館内のみでの閲覧をお願いします』
以前図書館で文字の練習をしている時に、ふと気になって司書さんに聞いたんだ。
そして見つけた。
初めて知った。君の名前。
『アリシア・ワーグナー』
遠目に彼女を見たら今まで考えていたことも、辛かった過去も、訓練の日々もどうでも良くなった。
…ただ、綺麗だと思った。
湖のような透き通る蒼の瞳。
今まで見たことがない金糸のような髪。
あの日の面影を残したアリシア様がそこにいた。
時折あれは狐に化かされたか、夢だったんじゃないかと思う時もあったけど、本当にお姫様は実在していた。
そして、目のやり場に困るほどすっかり大人の女性になっていた。
「お前、アリシア様が好きなのか?」
「初恋の…人なんだよ…
…向こうは覚えてないと思うけどな」
「ふーん?」
「やっと、会えた…」
アリシア様しか見えていなかった俺には、その時隣でカイが痛ましい顔をしていたことに気づかなかった。
「それではここに建国祭開始を宣言する!」
階下の挨拶に皆が頭を下げる。
そして城の外で花火の上がる音を皮切りにオーケストラの演奏が始まった。
…俺たちは変わらず通路Aの警備だけど。
行き交う城の使用人の人たち。
時々何やら痴話喧嘩をしているカップル。
言われなければここが王城だと忘れてしまいそうになるくらいには何もなかった。
あくびを噛み殺していると…
「………ゼフ?」
小鳥の囀りのような声が俺を呼んだ。
舌を噛んだ。
一農民の名前、騎士の名前などを知る貴族なんているわけがない。
まさかと思って振り返った。
覚えているわけがないと、思っていたのに…
「……やっぱりゼフだわ!
どうしてこんなところに…あなたは…」
農民でしょ
その言葉は飲み込まれたけどアリシア様の言わんとするところはわかった。
「……騎士に、なりました。」
ただ、あなたにもう一度会いたかったから。
なんて言えば馬鹿げていると笑われてしまうだろうか。
「…そう、夢叶えたんだ。」
文字の勉強をしたんだ。
手紙の返事も書いた。
農民から騎士になるのは大変だったよ。
話したいことはたくさんあるのに、俺の喉は乾くばかりで声は出ない
「アリシア、どうしたんだ。」
低い男の声。
そしてその声の主はアリシア様の肩を引き寄せた。
「貴方…」
「ん?騎士風情がなんのようだ?」
「ち、違うのよ、私が声をかけたの。」
「は?君が?」
「前に話したでしょ?彼が…」
言い淀むアリシア様の顔を伺った男は、ハッとしたように大きな声をあげた。
「農民が本当に騎士になったってのか!!」
その声は会場に響き渡った。
農民?
なんでそんなものがこの会場に?
ざわめきはあっという間に伝染して行った。
ここでもまた、身分の違いか…
貴族相手に反論は許されない。
騎士の仕事を放り出すわけにもいかない。
俺はその場でバカにされ続けた。
鼻で笑われるのは慣れていた。
…ただ、バカにされる姿を
アリシア様には見せたくはなかったけど…。
「この男は君に気があってここまで会いに来たんじゃないのか?
言ってやれ、お前とは住む世界が違うってよ」
アリシア様の夫は彼女を所有物かのように肩を抱きながら下品に笑った。
アリシア様は震えていた。
彼女が傷つくところなんて見たくない。
言っていいよ。そうすれば君の夫は君に優しくしてくれるはずだから。
それはもう諦めにも近い感情だった。
…声に出すことはできないけど。
「も、もう行きましょ。」
「はぁ?」
「騎士一人に構っている時間が勿体無いわよ」
でも、アリシア様は身分を否定しなかった。
震える声で必死に俺を守ろうとしてくれた。
それがわかるからこそ歯がゆい。
また、守られるだけなのか、俺は。
本当にその男と一緒にいて幸せなのか?
なんでそんなに泣きそうな顔をしてるんだ?
「ごめんね」
アリシア様の口元が小さく動いた。
君が謝ることなんて、何もないのに。
騎士になって少しは強くなれたつもりでいたのに、
いざ、どうだ。
彼女を助けられたか?何かできたか?
俺は…どこまでも無力だった。




