5項
けれどまだ届きません。
貧しい生まれの青年には知識も名誉もなかったからです。
ある日青年は思いました。
…お姫様に手紙を書けたらどんなにいいだろう
青年は知識の園の扉を叩きました。
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「…ゼフ?朝からこんなとこで何してんだい?
今日から訓練受けさせてもらえることになったって聞いてたけど…」
「タバサさんおはようございます」
「芋の皮剥きなんて騎士様はやらんだろうに」
「ハハッ…なんか、癖で来ちゃうんですよね」
「…がんばんなよ、お姫様のためなんだろ?」
「……はい。」
今日から本格的に訓練が始まる。
今までの盗み見とは違い、教官から直に指導を受けられる。
ずっと欲しかった。やっと辿り着いた。
…だと言うのに、全然実感が湧かなくて結局いつも通りに雑用に参加していた。
芋の皮剥きをすることが、まさかこんなに落ち着くとは…またも新しい発見だった。
多分俺は無意識に"いつもの場所"へ逃げていたんだと思う。
でもタバサさんと話をしたら不思議と気持ちが軽くなった。
そしていざ訓練に参加する。
キツイ訓練の時は吐いた。
手加減なしに殴られて体を痛めた。
もちろん農民だと見下されることもある。
それでも確かに充実していた。
「…ところで、俺は騎士なんですか?」
「違うぜ?」
「え?」
「正確にはまだ、な
最初に言ったよな?騎士になるには騎士学校を出る必要があるって
覚えてるか?」
「はい。でも俺学校なんて…」
「人の話は最後まで聞け。
もちろん一番は卒業することだが、一部例外も存在するんだよ。
ただ、その申請を出すのがちょーっとめんどくさいんだ、これがまた。」
所長はそう言って頭を掻きむしって何かを書いているが俺には字が読めないからわからない。
「まぁ、待っときなさいよ。
悪いようにはしねぇから」
そう言って所長は力なく笑った。
直接言わないけど、今ならわかる気がする
街に出てきてから痛いほど感じてきたことだ。
騎士学校に通えるだけの家柄や財力は、それだけで身元の保証になる。
農民の子にはそれがない。
国という組織に属するということは、つまりそういうことなんだと思う
俺は所長に助けてもらってばかりだった。
不甲斐なくて、申し訳なくて、ありがたくて
いつかこの人に恩返しをしたい。
そう心の底から思った。
訓練を行い、街を巡回する。
週に一度はお休み。
これが通常の騎士、と、
騎士もどきの俺のルーティンだ。
雑用の時は休みなんてなかったからこういう時どうしたらいいのかわからない。
だけど、ただぼーっと過ごすのは勿体無くてとりあえず街に出てみた。
こんなふうに街を歩くのは、初めてこの場所にきた3年前ぶりだからすごく新鮮だった。
ドンッ
「あ、すいません」
「いえこちらこそ。」
すぐにわかった。
5年前俺をみてギャハハと笑った人だった。
思わず身構える俺に、その人は何事もなかったようにぺこりと頭を下げて去っていった。
…まるで俺に、気づいてないみたいに。
「あの…」
「騎士様どうしましたか?」
道を聞けば丁寧に教えてもらえた。
「ごめんください」
「おや騎士様、本日は何をお求めで?」
門前払いされた店にもすんなり入れた。
にこやかな視線が気持ち悪い。
あの日俺をゴミのように扱った人たちが仮面のような笑みを浮かべていて。
「身分がそんなに大事かよ…」
結局あの日と同じで誰も俺を見ていない。
乾いた笑いをこぼす俺を遠巻きに見る人たちも全てが気持ち悪かった。
顔を上げられない。上げたくなかった。
「おや、お前さんは…」
ふと声が聞こえて振り返ると見覚えのある顔
あの日の婆ちゃんだった。
この人もどうせ俺のことなんか覚えてない。
そう思って背中を向けようとしたら…
「ゼフじゃないか、立派になったねぇ」
「…え?俺のこと覚えて…」
「はぁ?私はまだボケちゃ居ないよ。」
「…っそっか、そうだよね
それよりまたこんな重いもの持ってるの?」
「おや、運んでくれるのかい、
ありがとうねぇ」
あの日と変わらない。
よく知らない俺に荷物を預けてくれる。
どんな姿の俺でも見てくれる。
それにどれだけ救われたかわからない。
なんだか全ての努力が報われたみたいだった。
「そうだ、ちょいと頼みがあるんだよ」
「ん?何?」
「最近足が弱っていて図書館に本を返しに行くのが大変で…
悪いんだけど騎士舎に帰る途中にあるからついでに返しておいてくれないかい?」
「それは構わないけど…俺図書館どころか文字も読めないから返却手続きとかできないよ?」
「それなら問題ない。メモに書いておくから司書さんに渡しておくれ。」
サラサラと書かれた文字。
俺には何が書いてあるかはさっぱりだった。
なんて、書いてあるんだろうか。
「気になるかい?」
「え、あ…うん」
「なんてことはない、足が悪いから返却を別の人間に頼んだ。ありがとう。それだけさね」
「これは?」
「ワシの名前だよ。
お前さんのゼフはこうやって書く。」
ゼフと書かれた文字。
お姫様の名前はなんていうんだろう?
どんな字を、しているのだろう?
…俺は何も知らない。
もし字が書けたならあの手紙を読んで返事を書くことも叶うのだろうか…。
字を、覚えたい。覚えてみたい。
そんな俺の気持ちを察したのか婆ちゃんは何かを俺の顔の前に突き出した。
近すぎて何も見えないけど。
「?なんだこれ?」
「黒板とチョークだよ。
紙とペンより最初はこっちのがいい。」
「……でも」
「年寄りの優しさを無碍にするんじゃないよ」
「…ありがとう婆ちゃん」
「頑張んな」
5年経ち昔より小さく感じる体。
でも背中を叩く力は衰えを知らずあの日と同じ以上のパワーをもらった気がした。
婆ちゃんに送り出され、途中のでかい建物の前で止まった。
行きは施設かわからなかったが、図書館は騎士舎のすぐ傍にあった。
場違いを感じながら中に入ると、とても静かな空間が広がっていた。
聞こえる物音はページを捲る音、何かをスルスル書き込む程度の音だけ。
人の声は児童書のコーナーで読み聞かせをしている親子のものくらいだ。
頼まれた本を返したい。
けど、どこに行けばいい?
何を誰に聞けばいい?
ウロウロする俺が流石に怪しかったのか眼鏡をかけたお姉さんに睨まれた。
「本を読まないなら出て行ってください。」
「あ…すみません、婆ちゃんから本の返却を頼まれて…」
「当館の利用は初めてですか?」
「はい…」
「でしたらお手続きはこちらです」
スタスタと前を行くお姉さんについて行く俺は図体がでかいだけの子供のようだ。
困惑するだけの俺に迷惑な表情一つせず、淡々と返却手続きを進めて行くお姉さんはなんというか、凄かった。
「…以上で手続きは終了です」
「………。」
「まだ何か?」
「あの、俺文字が読めるようになりたくて…」
「それならこちらがおすすめです。
借りて行きますか?」
「は、はい。お願いします。」
かくして普段の日は訓練と巡回
休みの日は図書館通いの日々が始まった。
今日、初めて覚えた単語、リンゴ。
…まだまだお姫様の手紙を読むまでは時間がかかりそうだ
けど、また一つ、お姫様に近づいた。




