3項
田舎者の少年にとって、街は決して優しい場所なんかではありませんでした。
それでも少年は歩き続けました。
お姫様にもう一度会う、その想いだけを胸に
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バシャッと顔に当たった冷たさで飛び起きた。
「っ!?」
「朝だよ、いつまで寝てんだい。」
混乱する頭で声のする方を見上げたら桶を持ったおばさんがいた。
夢、じゃない。朝の爽やかな小鳥の囀りとは裏腹に、ベタついた体がやけにリアルだ。
そうだ。俺は今日から騎士舎で…
「ぼーっとしてるんじゃないよ
さっさと朝食作りを手伝いな」
「は、はい!」
得体の知れない俺に与えられた寝床は馬小屋の隅だった。
そこもすっかり水浸しになったけど…
「はぁ、なんでアタシがこんな薄汚いガキの面倒を見なきゃならないんだ…
ほれ、これに着替えな。
そんな汚い格好で厨房に立つんじゃないよ。」
「はい!!」
言われるがまま渡された服を見てみたけど、着方が全くわからない。
村ではこんな綺麗な服着たことがなかった。
俺、頭から被るのしか知らない。
この小さい丸いのはなんだ?穴が空いて…
「…はぁ、貸してみな!」
ブツブツ文句を言いながら丸いのを穴に入れると不思議と一枚の布が服になった。
「ありがとうおばさ…」
「タバサだよ!」
「…タバサさん」
タバサさんと言うらしい。
タバサさんは騎士舎の雑用を一手に担う肝っ玉母ちゃんって感じだった。
家の手伝いはしてきたが騎士舎のそれは規模が違った。
そこにあったのは、山のような芋だった。
騎士全員の食事を作るとなるとかなりの食材が必要になるのは当たり前のことなんだけど…
ただちょっと俺が想像してたよりずっと多くて…
「さっさとやりな!!」
「はい!!」
ひたすら芋の皮を剥く。
食事が終われば大量の食器を洗い、
片付いたら洗濯をする。
そしたらまた昼食の準備と片付け、
その後は騎士舎の掃除をする。
休む暇なんて全くない。
終わる頃には体の節々が痛くなっていた。
初日は騎士の訓練なんて参加はもちろん、見ることすら叶わなかった。
「明日の起床は6時だよ。寝坊すんじゃないよ」
「……ありがとうございました…。」
体が重い、特に腕が。
ひたすら芋を剥き、食器を洗い、洗濯をし、拭き掃除をする、こんな経験は初めてだった。
正直、今すぐにでも眠りたかった。
でも俺はここに雑用をしにきたわけじゃない。
騎士になるためにここにきた。
騎士に必要なことなんて何もわからない
でも食事の時に騎士達がぼやいていた。
騎士舎を走るのキツイって。
だったらそれやるしかない。
崩れ落ちそうになる体に鞭を打って俺は走った。
どれくらい走ればいいのかもわからない。
疲れた体では一周するのすら億劫だ。
息が切れ、動悸がして、酸欠で目の前がチカチカしても俺は限界まで走った。
意識を失うまでただひたすらに。
「…こんなところで寝てるなよ坊主」
その声に薄目を開けると酒の匂いを纏ったおっさんが俺を覗き込んでた。
「ずっと走ってたみてぇだな、お前馬鹿か?」
「……俺にはこれしかできなかったから」
「それでどうだったよ初日は?
しんどかったろ?帰りたくなったか?」
「……帰らない。」
「ほぉ?今日はもう寝床戻って寝ろ邪魔だ。
その水はくれてやるよ」
「っありがとうございます」
水の入った水筒を持って痛む体を引きずるように馬小屋へ戻った。
そしてまた朝がくる
バシャッ
「寝坊すんじゃないって言ったろうが!」
昨日と同じ光景だった。
「はい!すみませ…い゛っ!?」
ただ一つ違ったのは、
起き上がって頭を下げようとして
ビキッと激痛が走った。
「?何やってんだい
さっさと厨房行くからね準備しな!」
体の節々がギシギシ痛む。
一歩踏み出す度に太ももが千切れそうだ。
肩は上に上がらない。
なんだこれ、なんだよこれ…。
タバサさんに急かされ一心に人参の皮を剥き
食器を洗い、洗濯物を洗い、掃除をする。
心配をしてくれる人なんていない。
辛いからって休ませてくれるわけでもない。
昼食は喉を通らなかったし、夕食は吐いた。
今日も訓練なんか見てる暇、なかった。
先がなにも見えなくてがむしゃらに今日も走った。
「…今日も走ってたのか?」
大の字になる俺の前にまた酒の香りを纏ったおっさんが来た。
その匂いが空っぽの胃を刺激する。
「おえ…っ…」
「あーあー…
お前なぁ…そんな体壊す勢いでやったって何も身につきゃしねぇよ」
呆れたように肩をすくめられても俺にはどうしていいかわからない。
芋剥きだけで騎士になれるわけない。
俺は早く騎士になってお姫様に会いたい。
「まずはタバサの言う仕事を覚えろ。」
「でも…」
「焦るな。」
その顔が真剣でそれ以上何も言えなかった。
「わかったらさっさと寝ろ。」
「……はい…」
このままでいいんだろうか。
何も学ばないで、ここを追い出されたら?
数少ないチャンスを活かせないかもしれない。
「焦るな」
所長はどうしてそんなことを言うんだろう?
人間、疲れすぎると寝られなくなるらしい。
朝までずっとそんなことを考えていた。
「おや、今日は起きてたんだね」
桶の水は飛んでこなかった。
起きていた、というよりは一睡もできなかった。
フラフラしながらも、またひたすら野菜の皮を剥いて、洗い物をして、洗濯して、拭き掃除をして、ひとつ違ったのは夜、走らなかったことだけ。
そしてまた朝がくる。
体の節々はまだ痛むものの、不思議と朝は起きれたし仕事もスムーズに進んだ。
…でも、何もできてない。
雑用をこなして1ヶ月が過ぎて…
タバサさんの見張りがなくとも仕事をこなすことには慣れてきた。
…でも、本当にそれだけだった。
不思議とあれ以降所長は何も言わない。
俺を追い出すこともしなかった。
「ゼフ、洗濯物干してきておくれ」
「わかりました」
3ヶ月が経った頃
すっかり仕事も板についてきて、任されることも増えてきた。
その日は一つだけ違った。
洗濯物を洗うのではなく、干すことを頼まれた。
それだけだ。
でも俺にとっては世界が広がる第一歩だった。
洗濯物を叩く、干す。叩く、干す。
顔を上げた時ふと視界の端に見えたのは、
騎士達が剣を振る姿だった。
初めて見れた、本物の騎士の訓練。
素振りの練習をしているようだった。
足の踏み込み
風を割く剣の音
無駄のない動き
すごい…
俺も…やりたい。
「焦るな。」
瞬間、所長の言葉が頭の中で響いた。
洗濯物を干す手を止めてはダメだ。
また干す機会を得るために、訓練をもう一度見るためにも。
仕事は完璧にやらないとダメなんだ。
「…遅かったじゃないか」
「すみません、初めてで…
次からはもっと早くやります。」
そう言う俺にタバサさんは目を細めたけど、決して怒られなかった。
「……そうかい
じゃあさっさと昼食作りに取り掛かるよ」
「はい」
芋の皮を淡々と剥きながら頭の中で先ほどの騎士たちの動きを思い出す。
早く、早く、あの動きを自分も真似てみたい。
でも、剣なんて持ってない。
手頃な、そうだ、箒なんかが長さ的にいいかもしれない。
そんなことを考えながらその日はいつも以上に仕事を早く終わらせた気がする。
「じゃあ明日も頼むよ。」
「タバサさん、お疲れ様でした」
帰宅するタバサさんを見送ったらすぐさま裏庭へ走り出した。
用具室には箒があるからだ。
そして振ってみた。
カサッ…ファサッ…
騎士たちは剣を振るたび風を切る音を鳴らしていたが俺が出す音はそれには遠く及ばない。
振っては騎士の動作を思い出し
振っては騎士の動作を思い出して
ここにきて、初めて、心の底から楽しいと思った。
明日もまた洗濯物を干したならその時は指の動きを確認してみよう。
そうして夜は更けて行った。




