お姉さまっ!
「それではアルベールの顔も見ましたし、私たちはお暇しましょう。」
シスター・ティアニアからの手紙を読み、涙を堪えていたアルベールが漸く落ち着いた事によりシスター・デイトナたちは学校を去る支度を始めた。それを見てアルベールが慌てる。
「あっ、帰るなら僕も一緒に。と言うか、もう宿は決めてあるのですか?まだでしたら、狭いですけど僕の下宿先に泊まって下さい。あーっ、でも毛布がないな。いや、それに関しては大家さんに相談します。多分予備の布団があるはずですから。」
「そうですか?まぁ、宿はまだ決めていませんが・・。」
アルベールの提案にシスター・デイトナはどうしたものかと思案顔となる。中学を卒業したばかりとは言え、アルベールは社会人生活も少し経験している『男』である。そんな男の部屋に如何に身内とはいえ女性がふたりも押し掛けるのは世間体として如何なものかとシスター・デイトナは考えたらしい。
まぁ、これは性的なものではなく、下宿先でのアルベールの今後の評判を気にしたものであろう。だが、そんなシスター・デイトナの思いを気にもせず、シスター・スカーレットが如何にも彼女らしい言葉でアルベールの提案を混ぜ返してきた。
「えーっ、アルベールの部屋かぁ?なんかイカ臭そうで嫌だなぁ。」
なんとも随分な言いがかりではあるが、これも彼女なりの中卒男子への定番ギャグなのかも知れない。だからだろうか、そんな彼女の反応にアルベールもまたいつもの調子でやり返した。
「シスター・レベッカ、でしたらあなたは廊下で寝て下さい。廊下は風通しがいいですから匂わないと思いますよ。」
「あはははっ、冗談だって、アルベール。大体、こんな美人が廊下に寝ていたら下宿中が大騒ぎになるだろう?」
「自分で自分を美人と言い切る人はあまりいませんよ。」
「うんっ、人に言われないから自分で言うんだ。でないと自信がなくなるからな。アルベールも女の人へはちゃんと褒めろよ。嘘でいいんだから。どうせ、相手だってそれは判るものだし。でも、美人と言われて嫌がる女はあんまりいないからな。お世辞ってのはそうゆうもんだよ。」
「はいはい、それでは美人のシスター・レベッカを廊下に寝かしたりしたら下宿先の連中が騒ぎますので、イカ臭いかもしれませんが僕の部屋の中で寝て下さい。」
「えっ、本当にイカ臭いの?げーっ、冗談だったのに。」
「くっ、ちょっと話を合わせたらこれだよ。」
アルベールは話を合わせただけのつもりだったのだが、待ってましたとばかりにシスター・スカーレットがまたアルベールをおちょくってきた。
「ふふふっ、なら独り立ちしたアルベールがどれくらい大人になったか確認してやろうかねぇ。さてさて、シスター・デイトナと私に挟まれて心穏やかに寝付けるかなぁ?」
「シスター・レベッカ・・、やっぱり僕は廊下で寝ます。部屋はおふたりで使って下さい。あっ、ベッドはシスター・ミッシェルがお使い下さい。シスター・レベッカは当然床です。」
「はははっ、だから冗談だって。ガキんちょのアルベールなんて、こっちから願い下げさ。」
「くっ・・、やっぱり廊下に放り出すべきか・・。」
なんとも絶妙な会話劇を繰り広げるふたりだが、そんなふたりの横でシスター・デイトナは困り顔だ。ふたりはいつも初めこそ軽いノリでこんな会話を始めるのだが、時々ヒートアップして喧嘩となる事がある。そして、最後は決まってシスター・ティアニアに叱られていた。だが今ここにシスター・ティアニアはいない。ならばこのやり取りを止めるのは自分しかいないとシスター・デイトナは諦め顔でふたりを制した。
「シスター・スカーレット、からかい過ぎですよ。アルベールも対抗しないの。全く、あなたたちは顔を合わせればはしゃぐんですから。もう少し自重しないと帰ってからシスター・ティアニアに報告しますからね。」
「えっ!あっ・・、はい、すいませんでした・・。」
「うーっ、チクるなんてずるいですよ、シスター・デイトナ。」
シスター・デイトナからふたりに対して最強の札であるシスター・ティアニアの名前を持ち出され、二人は忽ちふざけ合うのを止めた。
「それではシスター・ミッシェル。下宿はちょっと歩きますがいいですか?今の時間だと馬車も手配が出来ないんで。」
「ええ、構いません。それでは行きましょう。」
「おうっ、このホウキはもうアルベールに引き渡したんだから、お前が持って行きなよ。」
「はいはい、判りましたよ。」
「あっ、この荷物も重いんだよなぁ。」
体よく重たかったホウキをアルベールに引き取らせたシスター・スカーレットは、ついでとばかりに自分の荷物もアルベールに持たせようとした。そんなシスター・スカーレットの策にアルベールは相変わらずだなぁといった感じでシスター・スカーレットの望みを受け止めた。
「全く・・、僕が持ちますよ。後はないですか?」
「はははっ、アルベールも大人になったねぇ。よしっ、ならばこのレベッカお姉さんが今夜はあっちの方も大人になったか確認してやるか。」
「シスター・スカーレット・・、そのボケはさっきやりましたよ。」
「あーっ、そうだった。こうゆうのをなんて言うんだっけ?えーと、てんぷら?」
「おしいっ!テンプレートです。」
ぱこんっ!
「判っていながらわざと外すんじゃない!天丼だろうっ!」
「シスター・スカーレットこそ、知っていながら振らないで下さいよ。」
「いや~、懐かしいなぁ。アルベールが孤児院にいた時は、この手のやり取りが子供たちに馬鹿受けだったよなぁ。」
「あれは、シスター・レベッカが無理やり僕に話を振って合わせるよう強要したんじゃないですか。即興で答える僕は大変でしたよ。」
「はははっ、臨機応変こそ漫才ペアの阿吽の呼吸さ。」
「いや・・、別に僕は漫才師になりたい訳では・・。」
ふたりは応接室を出てからも、歩きながらそんなやり取りを続けていた。それを一歩後ろでシスター・デイトナが見守っている。その表情には、少し前までアルベールには当たり前だった事を、一時だけとは言えまた経験させ安心させようというシスター・スカーレットの思いを汲み取っているかのようであった。
その後、アルベールたちは学校関係者に礼を言って校舎を後にし正門へ向けて歩き出した。
「いや~、しかし、本当にだだっ広い敷地だな。」
「そうですね、聞いた話では4キロ四方はあるそうです。それに、こことは別に実地体験用のダンジョンもふたつあるそうですよ。」
「げっ、ダンジョンまで持っているのかよ!さすがは王立、ブルジョアジーだねぇ。」
アルベールの説明にシスター・スカーレットは半場呆れたように感想を述べる。だがアルベールはそんなシスター・スカーレットに対して更に追い討ちを掛けた。
「驚くのは早いですよ、街中には学校が経営するカジノや酒場、大人専用の夜の桃色劇場まであるそうです。」
「なにーっ!仮にも学校がそんな・・、いや、お前、私が知らないと思って話を盛っているだろう?」
「はははっ、さすがに今のは気付きますか。まっ、ダンジョン以外は嘘です。」
「このぉ~、大人をからかうんじゃないっ!」
そう言ってスター・スカーレットはアルベールの頭を軽く小突く。しかし、小突かれたアルベールは何故か嬉しそうだった。多分、以前はこんなやり取りがふたりにとっては当たり前だったのだろう。しかし、今アルベールは孤児院を離れひとり遠くの地にいる。そんなところに別件のついでとは言え、ふたりのシスターが尋ねてきてくれたのだ。どうしても少し心がはしゃいでしまうのは仕方がない事なのだろう。
そんな3人が校内の長い街路を正門に向かって歩いていると後ろから馬車が近づいてきた。3人は馬車に道を譲って脇に避ける。だが、馬車が追い越して行く時にアルベールは馬車の中にいる人物と目が合った。
「あっ、メイファンだ。となると隣にいるのはユリウスだな。はははっ、送り迎えの時までメイファンと一緒なのか。あの人も大変だなぁ。」
「えっ、メイファン?」
アルベールの言葉にシスター・デイトナが反応する。人違いのはずだと思っていても目の前にいるのなら確かめてみたいと思ったのだろう。そして馬車の中からアルベールたちを見ているメイファンとシスター・デイトナの目が合った。
「!!」
その時である。メイファンとシスター・デイトナ、お互いの顔が硬直した。
「馬車を止めてっ!」
馬車の中からメイファンの鋭い声が御者にかかる。御者は突然の事に少し慌てたが直ぐに馬を制して馬車を止めた。そして止まった馬車の中からメイファンが猛然と飛び出してきた。その目は何か信じられないものを見たように瞬きもせず見開かれている。そして彼女は叫んだ。
「お姉さまっ!」
メイファンは相当驚いているのだろう。それこそ呼吸をする事すら忘れているかのようだった。なのでそれだけ言うのがやっとのようである。そんな彼女を見てシスター・デイトナも、もしやという感じで相手に問い掛けた。
「メイファン?本当にメイファンなの?」
「お姉さまっ!」
シスター・デイトナの声を耳にした事によりメイファンも確信が持てたのだろう。今度は叫びながらシスター・デイトナのもとに駆けてくる。そして、そのままの勢いでシスター・デイトナの胸に飛び込んだ。
「お姉さまっ!お会いしたかったです!あの戦いの後、何処を探してもいらっしゃらなくてもう諦めていました・・。でもこんなところでお会いできるなんて・・!」
「まぁ、メイファン。そうなの?ごめんなさいね、心配させてしまいましたか?」
「ああっ、お姉さま!お姉さまっ!探したんです!探したんですよ!でも見つからなくて・・。」
「あぁ、メイファン。ごめんなさいね。私はあなたが死んでしまったものと思って、辛くて逃げ出してしまったの。でもメイファン!生きていてくれたのね。おおっ、これも神のご配慮なのでしょうか。」
「お姉さまっ!」
どうやらメイファンとシスター・デイトナは知り合いらしい。そして長らく互いを死んでしまったと思い込んでいたようだ。なので思いがけない再会にふたりは言葉少なく互いの名前を呼ぶのがやっとのようだった。
特にメイファンは今はもうただただシスター・デイトナの胸の中で泣きじゃくるだけである。そんな彼女をシスター・デイトナも何も言わずに優しく抱きしめ続けた。
そんな時間が5分ほど続いただろうか。ふたりの周りにはアルベールとシスター・スカーレット、それに何事かと馬車を降りてきたユリウスがいた。ただ、なにやら事情がありそうなふたりに3人ともどう声を掛けてよいのか戸惑っていた。特にユリウスは事情がさっぱり判らないのだろう。その事をアルベールに問い質した。
「一体何があったんだ?あのふたりは知り合いなのか?いや、メイファンはお姉さまと言っていたな。もしかして姉妹なのか?」
「えっ、あーっ、それはないはずです。僕も知らないんですけど、推測するにふたりは剣の師弟だったんじゃないかなと思うんです。確証はないんですけど・・。」
ユリウスの問い掛けにアルベールも今までの記憶とふたりの短い会話からそう推測した。その推測にユリウスも思い当たる事があったらしい。
「師弟?あーっ、戦いの最中に行方不明になったという師匠の事かっ!」
「知っているんですか?」
「話だけは聞いている。昔ジャックの家の戦場魔法部隊と争そいになった時、背中に傷を負ったメイファンを庇って師である女性も傷を負い、そのまま行方が判らなくなったとな。まさか生きていたのか・・。」
「あーっ、ジャックの家の戦場魔法部隊ってなんです?」
「なんだ知らないのか?」
「いえ、ジャックの家の家業のひとつとして戦場魔法部隊の事は前に聞いているんですけど、それがなんで今出てくるんです?」
「ああ、メイファンはなんか昔ジャックの家の戦場魔法部隊とひと悶着あったらしい。そして当時慕っていた師である女性、まぁ多分お前が連れている女性がその方なんだろうけど、彼女が戦闘中に行方不明になったらしい。以来、メイファンはイエーガー家の者たちを目の敵にしているって訳さ。」
ユリウスの説明にアルベールも漸く話が見えてきたらしい。そして記憶を思い起こして点と点を結びつける事に成功したようだった。
「あーっ、そう言えばジャックもそんな事を言っていました。そっかぁ、シスター・ミッシェルとメイファンの背中の傷ってそんな経緯があったんだ・・。」
「ああ、メイファンには何度も傷を目立たなくする治療を薦めたんだが、頑なに拒まれた。なんでもあいつにとってはあの傷は戒めなんだそうだ。だから、恥ではないと怒られたよ。」
「そう言えばそんな事も言ってましたね。」
「しかし、あの女性はどなたなんだ?なぜお前と一緒にいる?」
「えーと、彼女は僕が育った孤児院のシスターです。こちらのシスター・レベッカの同僚です。」
「あっ、どうも。因みに私は話が全く見えないんで質問しないで下さいね。」
アルベールに紹介されてシスター・スカーレットは一応ユリウスに挨拶を返すが、彼女も今の状況が飲み込めず戸惑っているようだった。
「そうか・・、彼女はお前のシスターなのか・・。となるとウエストキャナルにいたのだな。道理でどこを探させても見つからないはずだ。」
ユリウスは誰に言うともなく呟く。しかし、その言葉から彼もシスター・デイトナ、いや、昔各地で起こった紛争の場で『死神の微笑み』の異名で恐れられていたミッシェル・デイトナの行方を捜していたのだろう。そして、それは勿論メイファンの為であったはずだ。
そして漸くメイファンの感情が落ち着きを取り戻す。とは言っても、未だ涙は収まらない。そんな彼女をシスター・デイトナは優しく叱咤した。
「えっぐ・・、ひっぐ・・。」
「ほら、メイファン。大きく息をしなさい。いつまでも感情に囚われていては駄目です。感情をコントロールするのも剣士の心得でしょう?」
「はい・・、お姉さま。判ってはいるんです・・。でも、でも・・。」
メイファンを叱りつつもシスター・デイトナの声も震えている。それ程、ふたりにとっては相手が生きていて、尚且つこの場で再会出来た事が嬉しかったのだろう。
そんなふたりに漸くアルベールが声を掛ける。
「あのぉ~、ちょっと事情が飲み込めないんですがもうすぐ陽も暮れてしまいます。ですのでどこか別の場所に移ってはどうでしょうか?あっ、すいませんが僕の部屋ではちょっと狭いので、食堂か茶店くらいしか思いつかないんですけど・・。」
「ああ、そうですね。でもメイファンは大丈夫ですか?お仕事の途中だったのでは?」
アルベールの提案にシスター・デイトナは漸くここが学校内の街路であり、且つメイファンはアルベールの言葉から誰かの護衛として馬車に乗っていたのであろう事を思い出した。しかし、メイファンはあっさりその事を否定する。
「大丈夫です!ユリウス坊ちゃんはひとりで帰れますから!ねぇ、そうですよね?ユリウス坊ちゃん!」
メイファンは、睨むような目で今日の仕事は終わりだとユリウスに言い放つ。そんなメイファンの言葉にユリウスは顔をしかめた。
ただ、これはひとりで帰れと言われた為ではなく、初対面の人の前で坊ちゃん呼ばわりされた事への感情だ。まぁ確かに、いい歳した男が知らない人の前で坊ちゃん呼ばわりされたら恥ずかしいだろう。だが、ユリウスはその事をぐっと飲み込んで大人の対応をしてきた。
「アルベール、どうだろう。場が必要なら俺の屋敷に来ないか?ちょっと遠いが馬車で飛ばせばそう時間は掛からない。それに俺も色々聞きたい事があるしな。」
「えっ、ユリウスさんの屋敷ですか?えーっ、あそこって王都の反対側でしょう?ちょっとと言うには遠過ぎませんか?」
アルベールは1週間ほど前に招かれたユリウス家のゲストハウスを思い出し、その距離からユリウスの提案を躊躇する。
「いや、ゲストハウスではない。この学校の近くにある僕の屋敷だ。馬車なら20分くらいのとこだ。」
ユリウスの言葉にアルベールは呆れる。そして、自分の屋敷まで持っているのかよっ!と心の中で突っ込んでいた。だが、そんなアルベールの感情を読み取ったのかユリウスは言葉を付け足した。
「まぁ、屋敷とは言っても俺が学校に通う為に借りているだけの小さな家だがな。でもお前の部屋よりは大きいはずだからマシなはずだ。なんだったら泊まってくれてもいい。部屋ならある。」
ユリウスの申し出にアルベールとシスター・デイトナはどうしようかと顔を見合わせたが、そこにメイファンが割り込んだ。
「お姉さまっ!今夜は是非とも私の部屋へおいで下さいっ!」
「そう?でも今夜はアルベールのところに泊まるつもりでしたし・・。」
「アルベール・ドレステンっ!あなたもいらっしゃいっ!」
メイファンは強い口調でアルベールへ命令する。これはもう断ったら血を見るなと思い、アルベールはため息混じりに承諾した。
「シスター・ミッシェル、折角なのでお誘いを受けましょう。と言うか、断ったら僕の命がないです。」
「えっ?ああっ、そうですか?まぁ、アルベールがそう言うなら私はかまわないのですが・・。」
シスター・デイトナはアルベールの物騒な言葉に少し戸惑ったようだが、それをアルベールの冗談まじりのお願いと受け取った。つまり、少し危ない例えを出してシスター・デイトナたちにユリウスの申し出を受けるように促がしたと思ったのだ。
まぁ、アルベールにしてみれば実際には言葉通りの懇願だったのだが、現在のメイファンを知らないシスター・デイトナにしてみればアルベールにとってメイファンがそのような立ち位置にいる事など思い描ける訳もなかった。
そして、シスター・デイトナの了解を得たユリウスは馬車の御者に合図し馬車を近くに寄せさせた。そしてアルベールに向かって馬車の前方を示しながら言った。
「あーっ、車内は4人乗りなんだ。すまんがお前は御者席に乗ってくれ。」
「あっ、はい。えーと、すいませんがこの荷物は後ろにくくり付けていいですか?」
アルベールは手に持った荷物を少し掲げてユリウスに聞く。
「ああっ、そうだな。ハインツっ!荷物を荷台に仕舞ってくれ。後、今日の会合はキャンセルする。真っ直ぐ屋敷に向かってくれ。」
ユリウスにハインツと呼ばれた御者は、かしこまりましたと言ってアルベールたちから荷物を受け取り馬車の荷台にくくり付け始めた。
「それじゃ、シスター・デイトナ・・でよろしいのですよね?」
「はい、挨拶が遅れましたが、私はアルベールがいた孤児院でシスターをしておりますミッシェル・デイトナと申します。こちらは同じくシスターのレベッカ・スカーレットです。」
「あっ、私はユリウス・ハーウェイです。えーと、あまり言いたくはないのですが、内務大臣グラディウス・ハーウェイの孫です。」
「まぁ、大臣のお孫さんですの。それは色々大変でしょうね。」
「はい、ですがあくまでそれは家系がそうであって私にはあまり関係ありません。」
ユリウスはアルベールの手前言いにくそうであったが、どうせいずれは話さなければならぬ事だと自分の出目もシスターに話した。そんなユリウスをメイファンが何故か叱る。
「ユリウス坊ちゃん、お姉さまは親の威光で人をどうこう判断などしません。もっと堂々と挨拶なさいっ!」
「うるさいっ!お前こそ、人前で坊ちゃんって言うなっ!」
メイファンがユリウスを坊ちゃん呼ばわりするのは学生たちの間には既に知られている事なので、校内ではユリウスもそれ程気にしていない素振りで振舞っているが、さすがに初対面の者の前で言われるのは抵抗があるようだった。だが、メイファンはそんなユリウスの事など気にする様子もなくシスター・デイトナを馬車へと促がした。
「ユリウス坊ちゃん、そんな事よりも馬車の準備が整ったみたいなので戻りましょう。さぁ、お姉さま、お乗りになってください。あっ、そちらのシスターもどうぞ。」
「そうですか・・。ですがメイファン、ミスターハーウェイが先にお乗りになった方が・・。」
「いいえ、お姉さま。お姉さまはお客様なのですから先にお乗り下さい。アルベール!あなたもぼけっとしてないで早く乗りなさい!」
もはやメイファンの中ではシスター・デイトナを早く馬車に乗せて屋敷に戻り、ゆっくりと再会の喜びを噛み締めたいという思いでいっぱいのようであった。その様子を見てアルベールとユリウスは諦め顔で大人しくメイファンの指示に従った。
だがここでひとつ問題が起こる。アルベールは昔のトラウマから、ちょっと馬が苦手である。なので馬車を牽引する馬からなるべく遠ざかるように御者席へ登った。だがアルベールが御者席に乗った途端、それまで大人しかった馬たちがそわそわし始めたのだ。これは多分、アルベールの馬に対する恐怖心が伝わってしまったのだろう。馬車の中とは違い、目の前に馬の姿が見える場所に座った事により、アルベールは意識する事無く体を竦ませたのかもしれなかった。
ただ、そのような事を知らない御者は、どうしたんだと馬たちに声を掛けながら宥める。しかし、馬たちの動揺は中々収まらなかった。その様子をメイファンが馬車の中から御者に注意する。
「どうしたのハインツっ!早く出しなさいっ!」
「はい、すいません!何故か馬たちが動揺してしまって・・、少しお待ち下さい。」
メイファンに叱責された御者は焦って応えつつも馬たちを宥める。しかし、馬たちの動揺は収まらない。アルベールもそんな馬たちを間近で見てますます緊張した。その緊張がまた馬たちに伝わり馬の動揺はますます激しくなる。
そう、アルベールと馬たちはお互いの感情が互いに増幅しあう、まさに負のスパイラル状態に陥ってしまったのだった。
その時である。メイファンから馬たちに向けてなにやら鋭い『気』が飛んだ。その『気』をまともに受けた馬たちは、一瞬ぶるっと震えるが、次の瞬間には何故か大人しくなった。
「おっ、やっと落ち着いたな。何だったんだ、本当に。ほいっ、行くぞ。しゃんしゃんと走れよ。」
御者はそう言うと馬たちに走り出すよう手綱を送った。そして、隣にいるアルベールへ声を掛ける。
「ちょっと飛ばすからな。あんちゃんも振り落とされ・・。あれ?おいっ、あんちゃん!大丈夫か?」
御者の隣には、メイファンが馬たちに放った『気』の巻き添えを喰らったアルベールがひっくり返っていた。これに関してはさすがはメイファンと言うべきか。目的の為には加減や巻き添えなど気にしないらしい。
だが、アルベールが気を失った事により、アルベールからの恐怖心が馬たちに伝わらなくなり、馬車はユリウスの屋敷に向けて颯爽と走り出したのであった。




