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雑文ラノベ「王立魔法学校高等部の優等生」  作者: ぽっち先生/監修俺
王立魔法学校 魔剣総戦編
50/52

院長先生からの贈り物

「でも、今回はどうしたんです?まさか、本当に孤児院で何かあったんですか?」

一通りシスター・スカーレットとの掛け合い漫才を堪能した後、アルベールはシスター・デイトナへ突然の訪問の理由を問い掛けた。だが、相変わらず顔はソファーに腰掛けるシスター・デイトナの膝の上である。


「いえ、孤児院の方は別段変わりはありません。ただ、何年かに一度、全国の孤児院関係者が王に招かれて王都へ集まるのはあなたも知っているでしょう?今回は地区の代表として当孤児院の者が行く事になっていたのです。当然、その任はシスター・ティアニアが任されたのですが、今回は事情があって私たちが代理として行ってくるように言われたのです。」

「あーっ、そんな催しもありましたね。でも代理って・・。院長先生、具合でも悪くなられたのですか?」

シスター・デイトナの説明にアルベールは少し真剣な面持ちで問い返した。だが、相変わらず顔はシスター・デイトナの膝の上である。


「いえ、今回は新たに子供たちを2人、孤児院へ引き取ったのです。なのでその子たちへの対応で、シスター・ティアニアは手が離せなくなりました。まぁ、私とシスター・プルアッシュで対応出来なくはないのですが、そうなるとシスター・ティアニアのお伴がシスター・スカーレットしかいないでしょう?それではさすがに不安なので私が代わりに出向く事になったのです。」

「あーっ、確かに。」

シスター・デイトナの説明にアルベールが納得する。しかし、その事に速攻でシスター・スカーレットが突っ込んできた。


「何が確かにだっ!そこは頷くところじゃないぞっ!」

「えーっ、だってさすがに院長先生もシスター・レベッカの子守りを出張中、毎日するのは大変じゃないですか。」

「何が子守りだっ!お前には成人女性たる私の魅力が判らないのかっ!」

「いやいや、大体シスター・レベッカだって行きと帰りで50日近く院長先生と一緒じゃ、絶対熱を出してぶっ倒れますよ。」

「えっ?あーっ、まぁそれは嫌だな。うわっ、考えてもみなかったよ。うんっ、シスター・デイトナ。ご配慮ありがとうございますっ!」

シスター・レベッカはシスター・デイトナの手を取り感謝の言葉を述べた。ただ、そのついでにシスター・デイトナの膝の上に居座るアルベールを蹴飛ばし床に転がす。


「痛てっ、何するんですか、シスター・レベッカっ!」

「ふんっ、いつまでも赤ん坊みたいに甘えているんじゃないっ!そんなに触りたいのなら私の膝を貸してやる。但し、1回3分で半銅貨1枚だ!」

「たかっ・・、というかシスター・レベッカの太ももはちょっと痩せ過ぎて触り心地が良くないので結構です。」

「なんだとぉーっ!」

「ふぅ~、ふたりとも久しぶりとはいえ、会えたのがそんなに嬉しいのかしら?もうっ、困った子たちですね。」

話が反れて、またふたりの漫才が始まってしまった事にシスター・デイトナはため息をつく。そしてふたりのやり取りがひと段落するのをみて話を戻しにかかった。


「それでですね、アルベール。今回はふたりとも王都は初めてなので直接学校を訪ねましたが、こちらであなたがお世話になっているイエーガー家や他のお友だちのご家族にもご挨拶にあがりたいのです。なので時間を少し調整して案内して下さい。」

「あっ、はい。そうゆう事でしたら明日にでも連絡しておきます。シスターたちは時間的に都合の良いのはいつ頃ですか?」

「私たちは3日後に王宮に招かれています。正式な用事はその日だけですので、それ以外なら融通が利くはずです。でも、あまり孤児院を空けてはおけません。ただでさえ、行き来に日数がかかっていますからね。ですので挨拶は1週間以内に済ませて孤児院に戻りたいのです。なので相手の方々がお忙しいようでしたらシスター・ティアニアからのお礼状とお礼の品を置いてくるだけでも構いません。」

「はい。判りました。ジャックの家はご婦人が常にいらっしゃるはずなので大丈夫だと思います。他の家はレイチェルのところ以外は僕もまだ行った事がないので聞いておきます。」

「そうですか、ではお願いします。」

「でも1週間しかいないんですか?僕もまだ王都は詳しくないんですけど、友だちに頼んで案内して貰いますよ。」

「そうですね、でも先も言いましたが孤児院をシスター・ティアニアたちだけに任せるのは気が引けます。それに預かってきた滞在費も1週間分だけですから。」

「そうですか・・。」

シスター・デイトナの言葉にアルベールはまた少ししょんぼりした。そんなアルベールにシスター・デイトナは別の話を持ち出し気をそらせる。


「でも、もう新しいお友だちが出来たのですね。それは何よりです。」

「あっ、はい。ローリー・ベルリネッタって言ってクラスの委員長なんです。僕は彼女にとてもよくして貰っています。あっ、勿論他のクラスメイトとも徐々に打ち解けていますから安心して下さい。」

シスター・デイトナの言葉に、アルベールはシスターたちを心配させないようにとちょっとだけ嘘をついた。現在のアルベールはジャックグループというだけでなく、メイファンの玩具という肩書きも追加されて、クラスメイトたちも彼とフランクな付き合いを躊躇っている様子があった。だがそれは別にアルベールがハブられているという事ではなく、単に様子見の期間が長くなったというだけに過ぎないらしい。アルベールはその事をローリーから説明されていたのでわざわざ馬鹿正直にシスターたちに言わなかっただけである。


「あら、お友だちって女の子ですの?まぁ、アルベールったら隅におけませんね。」

「えっ?あっ、いや、そうゆう事ではないんです。ローリーは委員長として中途編入者の僕に色々教えるよう先生に言われているんです。だから、親しいと言えば親しくして貰っていますが、別にそうゆう意味ではないんです!」

「ふふふっ、そうですか。ですが動機がどうであれ、親しくして頂いているのならちゃんと感謝しなくてはいけませんよ。」

アルベールはローリーとの事をシスター・デイトナから、からかわれ全力で否定する。まぁ、これは思春期の男の子特有の照れ隠しであろう。その辺の事はシスター・デイトナも気付いているようで笑って済ました。だが、シスター・スカーレットの方は、いいネタが手に入ったとばかりに突っ込みを入れてくる。


「ほほうっ、シスター・ティアニアの目が届かなくなった途端、色気づきやがったか、この坊主は。これは帰ったら早速シスター・ティアニアに報告しなくちゃ!」

「シスター・レベッカっ!からかわないで下さい。ローリーとは本当にそんなんじゃないんですから!ローリーは本当に優秀なんですよ?この前だって魔剣総戦の実行委員としてジャックとユリウスたちの試合を取り仕切っていたんですから!」

「魔剣総戦?なんじゃそら?」

「あっ、えーと、説明すると長くなっちゃうんですけど、まぁ生徒の自主技能比べみたいなもんです。僕もジャックグループの一員として参加したんですけど、相手に凄い人がいて、残念ながら負けちゃいました。」

「へぇーっ、ジャックグループってこの前孤児院に来た子たちだろう?あの子たちって相当出来そうな雰囲気だったけど、それを負かしちゃうやつがいるのかぁ。さすがは王立だねぇ。優秀なやつがごろごろいるんだな。あっ、アルベールは当て嵌まらないか。」

「シスター・レベッカ、言ってくれますね。こう見えても僕だって結構良いとこまでいったんですよ。」

アルベールはふたりが試合を見ていないのを良い事にちょっと事実を湾曲して伝える。でもシスター・スカーレットは忽ちその嘘を見抜いてカマを掛けてきた。


「ほほうっ、それはすごいじゃないか。さすがはシスター・デイトナ仕込みだな。まぁ、かくれんぼはお前の十八番だったからなぁ。いつだったか川の方まで逃げやがってシスターたちとあちこち探させられたのを思い出すよ。あれ以来、かくれんぼは孤児院の周囲100メートル以内っていうルールが出来たくらいだ。」

「うっ・・、い、いつの話ですかっ!そんな昔の話を持ち出さないで下さいっ!」

「いや、昔って・・。つい2年前の話じゃないか。あの頃のお前って中学生なのに行動が小学生だったよな。でもそのせいか、小さいやつらはお前にべったりだった。」

「むーっ、昔の話です!今はもう大人ですよ!」

「はははっ、そうだな。で、本当のところはどうだったんだ?」

結局アルベールはシスター・スカーレットの誘導に引っかかり、本当の事を吐き出させられた。


「はははっ、すごいな、その女剣士はっ。いやはや、世間は広いねぇ。さすがは王都。シスター・デイトナクラスがごろごろいるのか。」

「ごろごろいるかは知りませんけど、僕もびっくりです。」

そんなふたりの会話を横で聞いていたシスター・デイトナは、アルベールが話した女剣士についてちょっと引っかかるものがあったらしい。

それは彼女にも昔似たような仲間がいたからだ。だがファミリーネームが違う為、人違いだろうと考えるのをやめた。何故ならその仲間とは彼女が戦いの中で置き去りにした女の子だったからである。

その事は戦いの流れの中で致し方なかったとはいえ、シスター・デイトナにとっては悔やまれる事だった。多分あの子はあの時死んでしまったはず。そんな後悔の念が、シスター・デイトナにその子に似ている気がする、アルベールが語った女剣士の事について考える事を躊躇わせたのであった。


そんなシスター・デイトナの気持ちに気付かず、アルベールは話を続ける。

「あっ、魔剣総戦は終わっちゃいましたけど2週間後には魔法学科でのクラス対抗戦があるんです。それまではいられませんか?」

「クラス対抗戦?なにそれ。」

アルベールの提案にまたシスター・スカーレットが聞き返してきた。


「ええっと、魔法科だけのイベントなんですけど、古式ゆかしくホウキ操作の腕を競い合う大会なんです。」

「へぇ~、さすがは魔法学校だな。そんなイベントもあるんだ。」

「ええ、僕も話を聞いただけで詳しい内容はまだ知らないんですけど、結構盛り上がるらしいですよ。」

アルベールがホウキ操作の技量を競い合うクラス対抗戦について話始めると、シスター・デイトナが思い出したとばかりにふたりの会話に入ってきた。

「ああっ、そうでした。その件に関してはシスター・ティアニアから預かってきたものがあるんです。」

「院長先生から?」

「ええ、実は魔法学科クラス対抗戦に関してはミスター・レンフレッド経由でミスター・イエーガーから聞いていたのです。そして、そうゆう行事があるのならと、シスター・ティアニアが昔使っていたホウキをあなたへ持ってゆくように言われました。シスター・スカーレット、その包みをアルベールに渡して下さい。」

「あっ、これってそうゆうやつだったんですか?でも全然ホウキらしくないですよ?」

シスター・デイトナからの指示にシスター・スカーレットは足元においてある荷物を指差す。


「そうですね、まぁ、魔法使い業界のことですから私たちには門外漢です。でも、見る人が見ればちゃんと判るのでしょう。」

シスター・デイトナに言われてシスター・スカーレットは布に包まれたちょっと長細い荷物をテーブルの上に置く。


「ほいっ、新米魔法使いさん。これがシスター・ティアニアから持って行くように言われたブツだよ。なんかすげー重かったぜ!」

「ブツって・・、シスター・レベッカ、本当に注意しないと言葉、戻らなくなっちゃいますよ。」

「えっ?今のなんか変だったか?」

「ほら、自分で変だって気づかなくなっている。あーっ、これは孤児院に戻ったら速攻で叱られるな。」

「えーっ、ううっ、どうしましょうシスター・デイトナ。私、ご飯抜きでしょうか?」

アルベールの言葉にシスター・スカーレットは両手を胸の前であわせ、涙目でシスター・デイトナへ問い掛ける。そんな彼女にアルベールがさっきのお返しとばかりに追い討ちを掛けた。


「はははっ、絶対そうなりますよ。だからこっちにいる間に食べ溜めてておくんですね。なので今晩は僕に奢らせて下さい。おいしいくて安い店をローリーに教えて貰ったんです。きっと、シスター・スカーレットも気に入りますよ。」

「おっ、ちょっと都会暮らしをしただけでアルベールがいい子になった!成程、そうやって女の子を誘って食べちゃうんだな?このぉ~、お主も悪になったのぉ。」

アルベールに注意されたにも関わらず、シスター・スカーレットは相変わらず昔の言葉遣いでアルベールをからかった。そんな彼女をシスター・デイトナが諌めつつ、話の流れを元に戻す。


「シスター・スカーレット、おふざけが過ぎますよ。でも、本当に帰りは気をつけないと駄目ですね。それよりもアルベール。包みの中身を確かめて下さい。」

「あっ、はい。うおっ、これはっ!」

シスター・デイトナに促がされ包みを開けたアルベールは思わず声をあげた。そこにはちょっと型は古いが如何にも高性能ぽい雰囲気をまとったホウキがあったのである。


「おっ、なんだ?もしかしてすごいやつなのか?」

「いえ、全然判りません・・。まぁ、年代モノだという事は雰囲気から判りますけど・・。」

「あらら、なんだよ。駄目だな、新米魔法使い。」

「えーっ、だって今時ホウキなんてみんな使いませんよ?そもそもホウキで飛ぶのって魔力を無茶苦茶使いますからね。効率が悪過ぎます。でも、これは院長先生が使っていたやつだけあって相当高性能なやつなんでしょうね。うわ~、僕に扱えるかなぁ。」

「なんだ?古い方がシンプルで簡単なんじゃないのか?」

「えーと、普通はそうなんですけど、これって思いっきりチューニングしてあります。」

「へぇ~、確かに町のアイテムショップに飾られているやつとは違って無骨な感じがするねぇ。」

「ええ、フレームなんか絶対オリジナルですよ。もしかしたら特注品なんじゃないかな。」

「おーっ、そんなすごいやつなの?大丈夫なのか?アルベール。」

「う~んっ、魔法中学でも一応ホウキ操作は必須科目なので乗った事はありますけど、あれは僕らでも操作しやすいようにデチューンしてあったやつだからなぁ。」

「デチューンって?」

「性能を落として扱いやすくする事ですよ。出力配分を低速寄りに振り分け直して、スタート時などのバランスや不安定期のエネルギー放出量などを滑らかにしたやつです。それでも慣れないとぎくしゃくして急発進したり、空中でエネルギー放出が止まっちゃたりするんです。ホウキって物語の中ではみんな難なく扱っていますけど、実際にはすげー扱いずらいシロモノなんですよ。まぁ、だからこそ、魔法使いの中ではホウキを乗りこなす事はステータスになっているんですけどね。」

「ふ~んっ、という事は、実はホウキって殆ど実用性がないって事?」

「まぁ、今はホウキを使わなくても飛翔魔法で空を飛べますからね。でも、ホウキ以外に空を飛ぶ術がなかった昔はステータスシンボルだったんでしょう。」

「そうかぁ、そうかも知れないねぇ。だってこれ、どう見たってホウキには見えないもんな。」

シスター・スカーレットは机の上に置かれたシスター・ティアニアから贈られたホウキを見ながらそう言った。確かにそこにあるホウキは物語の中で描かれているような掃除に使うホウキとは全く違うものだった。


まずそのホウキにはホウキがホウキでありうる最大の要因であろう房の部分がなかった。つまりこのホウキは掃除には使えないと言う事である。そして本来房があるべきところには、金属光を放つでかい筒状のモノがフレームに取り付けられていた。

そしてその筒状のモノからは折りたたみ式になった三角形の板が四方向に張り出しており、筒状のモノ自体は面取りされたごつい鋼材で出来たフレームに取り付けられていた。そんなフレームの上には多分座る場所なのだろう、小さな椅子が取り付けられている。しかし、それはとって付けた様な簡易なものではない。多分搭乗者のでん部に合わせた微妙な加工が施されているようであった。

そしてそれはホウキの柄の部分にも言える。本来ホウキの柄とは、只の棒なのだが、そのホウキの柄には色々なアタッチメントを取り付けるフックが各所にみられた。そう、確かにシスター・スカーレットの言うように、知らない人が見たら十人中十人が、それがホウキであるとは言い当てられない姿をしていたのだ。


「あーっ、これって10年位前から当たり前になったハンドル操作式ですね。こっちのパーツをここに取り付けるのか。」

アルベールは包みの中にあったハの字に曲がっているパーツを、それが取り付くであろう場所にセットする。そして組みあがったホウキは、フレームから十字に延びるハンドルが付いて益々ホウキらしくなくなった。そんなハンドルにはなにに使うものなのか、色々なボタンやレバーが付属している。

これはもう、普通の人がみたら絶対ホウキとは思わないだろう。つまり現代の魔法使い業界で言うホウキとは、昔のように魔力を注入出来れば、モノは何でも良かった魔力で飛ぶ道具ではなく、注入された魔力を高効率で推進力に変換できるようにした飛行体なのであった。ただ、ホウキという言葉だけが変わらずに受け継がれて来たに過ぎないらしい。

そんなホウキをアルベールは手に取ってみた。


「うわっ、おも・・。よく、こんな重い物を持って来れましたね。シスター・レベッカ。」

「おうっ、全くだぜ!見てみろっ!私の華奢な腕にチカラコブが付いちまったよ。」

そう言って、シスター・スカーレットは袖をまくって二の腕を見せた。


「はははっ、それは大変でしたね。」

アルベールはそんなシスター・スカーレットの大変だったんだぞアピールに軽く答える。まぁ、実際には荷物は馬車の荷台に乗せて持ってきたのでそれ程苦労した訳ではない。宿への積み下ろしも殆ど御者が行なったので、シスター・スカーレットが担いだのは、学校の正門から受付までと、校内移動用の馬車からこの応接室までくらいである。


さて、ここでアルベールが言っていた現代の魔法使いがホウキを使わなくなった理由について、少し説明しておこう。確かに現代においても空を自由に飛ぶのは簡単ではない。そうゆう意味ではホウキを使って空を飛べるのは魔法使いにとって重要なセールスポイントではある。しかし、アルベールも言っていたが、その為には馬鹿にならない量の魔力を消費するのだ。

これを別の異世界の例で置き換えるなら、10分空を飛ぶのに燃料を100リットルくらい消費するのに相当する。まぁ、その10分で100キロくらい移動できるのなら、かかる時間と相殺してなんとか我慢出来るかも知れないが、普通のホウキでは10分で移動できる距離は精々10キロメートルだ。1分1キロメートル。時速に換算すると普通のホウキの飛行速度は60キロ/時である。

これはアルベールのいる世界の基準では確かに速い方ではあるが、如何せん燃費が悪い。燃料を100リットル使って10キロメートル移動できるという事は燃料1リットルで移動できる距離は僅か100メートルだ。これは別の異世界の基準に照らし合わせても商業レベルでは話にならない燃費である。この燃費が許されるのは多分、露天掘りの鉱石運搬用超大型トラックかレーシングカー、または戦車くらいではないだろうか。いや、ホウキは空を飛ぶのだから、ここは同じく空を飛ぶジェット戦闘機で例えるべきかも知れない。

しかし、時代は変わった。ホウキのようなアイテムを使わずとも空を飛べる飛翔魔法が発明されたのだ。まぁ、その能力はホウキに比べれば牛歩のような速度ではあったが、走るよりは速かったし、また、アイテム化された為、能力の低い魔法使いでも簡単に扱えたのが普及を後押しした。

その為、急速に魔法使い業界からホウキの需要が失われてゆく。今では、魔法のホウキに実用的な用途はない。しかし、昔からのホウキを自在に操る事へのステータスは残り、今回のようなホウキ操作技量比べ大会のようなものは、今でも各地の魔法学校で盛んに行なわれていたのであった。


そんな中、アルベールがホウキを手に取ると、包みの中から一通の手紙がテーブルに落ちた。


「あら、手紙が入っていたのですね。多分シスター・ティアニアからあなたへでしょう。」

「えっ、院長先生からですか?」

アルベールは手にしたホウキを脇に置くと手紙を手にとる。その手紙には『アルベールへ』と書かれていた。


「うわ~、本当だ!院長先生の文字だ!えーと、読んでもいいですか?」

「ええ、あなたへ宛てた手紙でしょうからね。」

シスター・デイトナに確認した後、アルベールは嬉しそうに手紙を読み始めた。


-元気にしていますか、アルベール。遠い地での一人暮らしは何かと大変でしょうが、それは大なり小なり誰しもが通る道です。慣れない事もあるでしょうが地道に乗り越えるのですよ。あなたにはそれが出来る気概があります。

ですが、あなたはまだひとりで歩き始めたばかりです。私から見たらまだまだひよっこです。本当なら側で見ていたいのですが、それはあなたの為にならないでしょう。

ですが私は常にあなたの側にいます。例え遠く離れていようとも、この大地の上で共に生きているのです。


アルベール・ドレステン、強くおなりなさい。これは別に腕力を鍛えろという訳ではありません。知識や経験を積み、自分が正しいと思う道を進む為に必要なチカラを手に入れなさいと言う事です。でも、慢心してはなりません。強きチカラには人を虜にする魅力があります。そして、チカラを得た者は、もっと強いチカラを欲するようになります。その誘惑に打ち勝ち、荒ぶるチカラを己が手の内に包み込む事が、真の強さへの道なのです。

ですがアルベール・ドレステン、あなたはまだ始めたばかりです。ですから焦ってはなりません。そして自分と人とを比べてはなりません。前へ進む速さは人それぞれ。故にあなたが比べるべきは自分自身なのです。

アルベール・ドレステン、強くおなりなさい。そしてそのチカラで弱き者たちを助ける人へとあなたが成長する事が私の願いです。


それではくれぐれも体を労わり、病気や怪我には注意しなさい。あまり危ない事をしてはいけません。周りの人にも迷惑をかけてはなりませんよ。私はいつもあなたの事を思っています。ではいつか大きく成長したあなたの顔を見れる日が来るのをこの地で楽しみに待っています。

人生を楽しみなさい、アルベール。経験こそが人生を豊かにします。それには挫折という負の事象も含みます。挫折を経験していない人は、人にやさしくなれません。ですからあなたの周りで起こる事全ては経験なのだと捉えるのです。経験に無駄などありません。全てはあなたの糧。人はそうやって前に進むのです。

そして、やがてあなたが周りの人に何かしらかの光を与えられる人になってくれる事を私は切に願います。


アミダニアン孤児院 院長 メリル・ティアニア-


手紙を読み終えても、アルベールはじっと手紙を見つめたまま動かなかった。シスターたちも言葉をかけない。何故ならアルベールが声を出さずに泣いているからだ。強くなれと言うシスター・ティアニアからのメッセージの裏には、挫折した時にはいつでも戻って来なさいという意味が含まれている。そんなシスター・ティアニアの優しさにアルベールは心の中で何度も何度も返事をした。


はい、院長先生。僕はがんばります。きっと、胸を張って院長先生の元に帰れるようになってみせますから。どうか、その時が来るまで待っていて下さい。僕は必ず、必ず院長先生に誇れるような魔法使いになって見せます!


そんなアルベールの姿にシスター・デイトナがそっと席を立ち、アルベールの隣へと座る。そして、声を殺して涙を流し続けるアルベールをそっと抱き寄せ頭に頬を沿わせて語りかけた。


「アルベール、大丈夫ですよ。私たちはいつもあの場所にいます。だから、あなたには帰る場所があるのです。でも、私たちの願いはあなたがひとりで立派に歩き始めることです。ですが、急ぐ事はありません。ゆっくり焦らず確実に立ち上がりなさい。

アルベール、成功を望むあまり急いてはなりません。またあまりの困難に足がすくんで動けなくなる事を恥じても駄目です。一か八かの賭けに出る事など愚か者のやる事です。そうならないように、みな日々鍛錬を重ねているのです。だからあなたも、あなたの歩幅で前に進みなさい。人と自分を比べてはなりません。今の自分と昨日の自分を比べるのです。その積み重ねがあなたがあなたの望む事へ辿り着く最短距離なのですから。」

アルベールは耳元で囁かれるシスター・デイトナの言葉に何度も頷く。やがてアルベールの涙は自分がまだ未熟な事への悔し涙から、暖かな愛に包まれ見守られている事への感謝の涙へと変わっていった。


「はい、シスター・ミッシェル・・。僕、がんばります・・。」

アルベールはシスター・デイトナにもたれながら返事をする。だが、そんな彼らを見ていたシスター・スカーレットが今度は私の番とばかりにアルベールに声を掛けた。


「よしっ、アルベール。今度は私がいい子、いい子してやるからこっちに来いっ!」

「えーっ、シスター・レベッカの胸ってまな板だからあんまり嬉しくないんですけど。」

「なんだとぉーっ!」

これはシスター・スカーレットなりの思いやりだったのであろうか?それともここでおチャラけるのがふたりの間の基本なのか?ともあれ、アルベールは涙を拭い、シスター・ティアニアからの手紙を大切に胸へ仕舞うと、今後どのような困難が起ころうとも、立ち向かい前に進む決意をしたのであった。


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■章■51お姉さまっ!

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「それではアルベールの顔も見ましたし、私たちはおいとましましょう。」

シスター・ティアニアからの手紙を読み、涙を堪えていたアルベールが漸く落ち着いた事によりシスター・デイトナたちは学校を去る支度を始めた。それを見てアルベールが慌てる。


「あっ、帰るなら僕も一緒に。と言うか、もう宿は決めてあるのですか?まだでしたら、狭いですけど僕の下宿先に泊まって下さい。あーっ、でも毛布がないな。いや、それに関しては大家さんに相談します。多分予備の布団があるはずですから。」

「そうですか?まぁ、宿はまだ決めていませんが・・。」

アルベールの提案にシスター・デイトナはどうしたものかと思案顔となる。中学を卒業したばかりとは言え、アルベールは社会人生活も少し経験している『男』である。そんな男の部屋に如何に身内とはいえ女性がふたりも押し掛けるのは世間体として如何なものかとシスター・デイトナは考えたらしい。

まぁ、これは性的なものではなく、下宿先でのアルベールの今後の評判を気にしたものであろう。だが、そんなシスター・デイトナの思いを気にもせず、シスター・スカーレットが如何にも彼女らしい言葉でアルベールの提案を混ぜ返してきた。


「えーっ、アルベールの部屋かぁ?なんかイカ臭そうで嫌だなぁ。」

なんとも随分な言いがかりではあるが、これも彼女なりの中卒男子への定番ギャグなのかも知れない。だからだろうか、そんな彼女の反応にアルベールもまたいつもの調子でやり返した。


「シスター・レベッカ、でしたらあなたは廊下で寝て下さい。廊下は風通しがいいですから匂わないと思いますよ。」

「あはははっ、冗談だって、アルベール。大体、こんな美人が廊下に寝ていたら下宿中が大騒ぎになるだろう?」

「自分で自分を美人と言い切る人はあまりいませんよ。」

「うんっ、人に言われないから自分で言うんだ。でないと自信がなくなるからな。アルベールも女の人へはちゃんと褒めろよ。嘘でいいんだから。どうせ、相手だってそれは判るものだし。でも、美人と言われて嫌がる女はあんまりいないからな。お世辞ってのはそうゆうもんだよ。」

「はいはい、それでは美人のシスター・レベッカを廊下に寝かしたりしたら下宿先の連中が騒ぎますので、イカ臭いかもしれませんが僕の部屋の中で寝て下さい。」

「えっ、本当にイカ臭いの?げーっ、冗談だったのに。」

「くっ、ちょっと話を合わせたらこれだよ。」

アルベールは話を合わせただけのつもりだったのだが、待ってましたとばかりにシスター・スカーレットがまたアルベールをおちょくってきた。


「ふふふっ、なら独り立ちしたアルベールがどれくらい大人になったか確認してやろうかねぇ。さてさて、シスター・デイトナと私に挟まれて心穏やかに寝付けるかなぁ?」

「シスター・レベッカ・・、やっぱり僕は廊下で寝ます。部屋はおふたりで使って下さい。あっ、ベッドはシスター・ミッシェルがお使い下さい。シスター・レベッカは当然床です。」

「はははっ、だから冗談だって。ガキんちょのアルベールなんて、こっちから願い下げさ。」

「くっ・・、やっぱり廊下に放り出すべきか・・。」

なんとも絶妙な会話劇を繰り広げるふたりだが、そんなふたりの横でシスター・デイトナは困り顔だ。ふたりはいつも初めこそ軽いノリでこんな会話を始めるのだが、時々ヒートアップして喧嘩となる事がある。そして、最後は決まってシスター・ティアニアに叱られていた。だが今ここにシスター・ティアニアはいない。ならばこのやり取りを止めるのは自分しかいないとシスター・デイトナは諦め顔でふたりを制した。


「シスター・スカーレット、からかい過ぎですよ。アルベールも対抗しないの。全く、あなたたちは顔を合わせればはしゃぐんですから。もう少し自重しないと帰ってからシスター・ティアニアに報告しますからね。」

「えっ!あっ・・、はい、すいませんでした・・。」

「うーっ、チクるなんてずるいですよ、シスター・デイトナ。」

シスター・デイトナからふたりに対して最強の札であるシスター・ティアニアの名前を持ち出され、二人は忽ちふざけ合うのを止めた。


「それではシスター・ミッシェル。下宿はちょっと歩きますがいいですか?今の時間だと馬車も手配が出来ないんで。」

「ええ、構いません。それでは行きましょう。」

「おうっ、このホウキはもうアルベールに引き渡したんだから、お前が持って行きなよ。」

「はいはい、判りましたよ。」

「あっ、この荷物も重いんだよなぁ。」

体よく重たかったホウキをアルベールに引き取らせたシスター・スカーレットは、ついでとばかりに自分の荷物もアルベールに持たせようとした。そんなシスター・スカーレットの策にアルベールは相変わらずだなぁといった感じでシスター・スカーレットの望みを受け止めた。


「全く・・、僕が持ちますよ。後はないですか?」

「はははっ、アルベールも大人になったねぇ。よしっ、ならばこのレベッカお姉さんが今夜はあっちの方も大人になったか確認してやるか。」

「シスター・スカーレット・・、そのボケはさっきやりましたよ。」

「あーっ、そうだった。こうゆうのをなんて言うんだっけ?えーと、てんぷら?」

「おしいっ!テンプレートです。」


ぱこんっ!


「判っていながらわざと外すんじゃない!天丼だろうっ!」

「シスター・スカーレットこそ、知っていながら振らないで下さいよ。」

「いや~、懐かしいなぁ。アルベールが孤児院にいた時は、この手のやり取りが子供たちに馬鹿受けだったよなぁ。」

「あれは、シスター・レベッカが無理やり僕に話を振って合わせるよう強要したんじゃないですか。即興で答える僕は大変でしたよ。」

「はははっ、臨機応変こそ漫才ペアの阿吽の呼吸さ。」

「いや・・、別に僕は漫才師になりたい訳では・・。」

ふたりは応接室を出てからも、歩きながらそんなやり取りを続けていた。それを一歩後ろでシスター・デイトナが見守っている。その表情には、少し前までアルベールには当たり前だった事を、一時だけとは言えまた経験させ安心させようというシスター・スカーレットの思いを汲み取っているかのようであった。


その後、アルベールたちは学校関係者に礼を言って校舎を後にし正門へ向けて歩き出した。


「いや~、しかし、本当にだだっ広い敷地だな。」

「そうですね、聞いた話では4キロ四方はあるそうです。それに、こことは別に実地体験用のダンジョンもふたつあるそうですよ。」

「げっ、ダンジョンまで持っているのかよ!さすがは王立、ブルジョアジーだねぇ。」

アルベールの説明にシスター・スカーレットは半場呆れたように感想を述べる。だがアルベールはそんなシスター・スカーレットに対して更に追い討ちを掛けた。


「驚くのは早いですよ、街中には学校が経営するカジノや酒場、大人専用の夜の桃色劇場まであるそうです。」

「なにーっ!仮にも学校がそんな・・、いや、お前、私が知らないと思って話を盛っているだろう?」

「はははっ、さすがに今のは気付きますか。まっ、ダンジョン以外は嘘です。」

「このぉ~、大人をからかうんじゃないっ!」

そう言ってスター・スカーレットはアルベールの頭を軽く小突く。しかし、小突かれたアルベールは何故か嬉しそうだった。多分、以前はこんなやり取りがふたりにとっては当たり前だったのだろう。しかし、今アルベールは孤児院を離れひとり遠くの地にいる。そんなところに別件のついでとは言え、ふたりのシスターが尋ねてきてくれたのだ。どうしても少し心がはしゃいでしまうのは仕方がない事なのだろう。


そんな3人が校内の長い街路を正門に向かって歩いていると後ろから馬車が近づいてきた。3人は馬車に道を譲って脇に避ける。だが、馬車が追い越して行く時にアルベールは馬車の中にいる人物と目が合った。


「あっ、メイファンだ。となると隣にいるのはユリウスだな。はははっ、送り迎えの時までメイファンと一緒なのか。あの人も大変だなぁ。」

「えっ、メイファン?」

アルベールの言葉にシスター・デイトナが反応する。人違いのはずだと思っていても目の前にいるのなら確かめてみたいと思ったのだろう。そして馬車の中からアルベールたちを見ているメイファンとシスター・デイトナの目が合った。


「!!」

その時である。メイファンとシスター・デイトナ、お互いの顔が硬直した。


「馬車を止めてっ!」

馬車の中からメイファンの鋭い声が御者にかかる。御者は突然の事に少し慌てたが直ぐに馬を制して馬車を止めた。そして止まった馬車の中からメイファンが猛然と飛び出してきた。その目は何か信じられないものを見たように瞬きもせず見開かれている。そして彼女は叫んだ。


「お姉さまっ!」

メイファンは相当驚いているのだろう。それこそ呼吸をする事すら忘れているかのようだった。なのでそれだけ言うのがやっとのようである。そんな彼女を見てシスター・デイトナも、もしやという感じで相手に問い掛けた。


「メイファン?本当にメイファンなの?」

「お姉さまっ!」

シスター・デイトナの声を耳にした事によりメイファンも確信が持てたのだろう。今度は叫びながらシスター・デイトナのもとに駆けてくる。そして、そのままの勢いでシスター・デイトナの胸に飛び込んだ。


「お姉さまっ!お会いしたかったです!あの戦いの後、何処を探してもいらっしゃらなくてもう諦めていました・・。でもこんなところでお会いできるなんて・・!」

「まぁ、メイファン。そうなの?ごめんなさいね、心配させてしまいましたか?」

「ああっ、お姉さま!お姉さまっ!探したんです!探したんですよ!でも見つからなくて・・。」

「あぁ、メイファン。ごめんなさいね。私はあなたが死んでしまったものと思って、辛くて逃げ出してしまったの。でもメイファン!生きていてくれたのね。おおっ、これも神のご配慮なのでしょうか。」

「お姉さまっ!」

どうやらメイファンとシスター・デイトナは知り合いらしい。そして長らく互いを死んでしまったと思い込んでいたようだ。なので思いがけない再会にふたりは言葉少なく互いの名前を呼ぶのがやっとのようだった。

特にメイファンは今はもうただただシスター・デイトナの胸の中で泣きじゃくるだけである。そんな彼女をシスター・デイトナも何も言わずに優しく抱きしめ続けた。


そんな時間が5分ほど続いただろうか。ふたりの周りにはアルベールとシスター・スカーレット、それに何事かと馬車を降りてきたユリウスがいた。ただ、なにやら事情がありそうなふたりに3人ともどう声を掛けてよいのか戸惑っていた。特にユリウスは事情がさっぱり判らないのだろう。その事をアルベールに問い質した。


「一体何があったんだ?あのふたりは知り合いなのか?いや、メイファンはお姉さまと言っていたな。もしかして姉妹なのか?」

「えっ、あーっ、それはないはずです。僕も知らないんですけど、推測するにふたりは剣の師弟だったんじゃないかなと思うんです。確証はないんですけど・・。」

ユリウスの問い掛けにアルベールも今までの記憶とふたりの短い会話からそう推測した。その推測にユリウスも思い当たる事があったらしい。


「師弟?あーっ、戦いの最中に行方不明になったという師匠の事かっ!」

「知っているんですか?」

「話だけは聞いている。昔ジャックの家の戦場魔法部隊と争そいになった時、背中に傷を負ったメイファンを庇って師である女性も傷を負い、そのまま行方が判らなくなったとな。まさか生きていたのか・・。」

「あーっ、ジャックの家の戦場魔法部隊ってなんです?」

「なんだ知らないのか?」

「いえ、ジャックの家の家業のひとつとして戦場魔法部隊の事は前に聞いているんですけど、それがなんで今出てくるんです?」

「ああ、メイファンはなんか昔ジャックの家の戦場魔法部隊とひと悶着あったらしい。そして当時慕っていた師である女性、まぁ多分お前が連れている女性がその方なんだろうけど、彼女が戦闘中に行方不明になったらしい。以来、メイファンはイエーガー家の者たちを目の敵にしているって訳さ。」

ユリウスの説明にアルベールも漸く話が見えてきたらしい。そして記憶を思い起こして点と点を結びつける事に成功したようだった。


「あーっ、そう言えばジャックもそんな事を言っていました。そっかぁ、シスター・ミッシェルとメイファンの背中の傷ってそんな経緯があったんだ・・。」

「ああ、メイファンには何度も傷を目立たなくする治療を薦めたんだが、頑なに拒まれた。なんでもあいつにとってはあの傷は戒めなんだそうだ。だから、恥ではないと怒られたよ。」

「そう言えばそんな事も言ってましたね。」

「しかし、あの女性はどなたなんだ?なぜお前と一緒にいる?」

「えーと、彼女は僕が育った孤児院のシスターです。こちらのシスター・レベッカの同僚です。」

「あっ、どうも。因みに私は話が全く見えないんで質問しないで下さいね。」

アルベールに紹介されてシスター・スカーレットは一応ユリウスに挨拶を返すが、彼女も今の状況が飲み込めず戸惑っているようだった。


「そうか・・、彼女はお前のシスターなのか・・。となるとウエストキャナルにいたのだな。道理でどこを探させても見つからないはずだ。」

ユリウスは誰に言うともなく呟く。しかし、その言葉から彼もシスター・デイトナ、いや、昔各地で起こった紛争の場で『死神の微笑み』の異名で恐れられていたミッシェル・デイトナの行方を捜していたのだろう。そして、それは勿論メイファンの為であったはずだ。


そして漸くメイファンの感情が落ち着きを取り戻す。とは言っても、未だ涙は収まらない。そんな彼女をシスター・デイトナは優しく叱咤した。


「えっぐ・・、ひっぐ・・。」

「ほら、メイファン。大きく息をしなさい。いつまでも感情に囚われていては駄目です。感情をコントロールするのも剣士の心得でしょう?」

「はい・・、お姉さま。判ってはいるんです・・。でも、でも・・。」

メイファンを叱りつつもシスター・デイトナの声も震えている。それ程、ふたりにとっては相手が生きていて、尚且つこの場で再会出来た事が嬉しかったのだろう。


そんなふたりに漸くアルベールが声を掛ける。

「あのぉ~、ちょっと事情が飲み込めないんですがもうすぐ陽も暮れてしまいます。ですのでどこか別の場所に移ってはどうでしょうか?あっ、すいませんが僕の部屋ではちょっと狭いので、食堂か茶店くらいしか思いつかないんですけど・・。」

「ああ、そうですね。でもメイファンは大丈夫ですか?お仕事の途中だったのでは?」

アルベールの提案にシスター・デイトナは漸くここが学校内の街路であり、且つメイファンはアルベールの言葉から誰かの護衛として馬車に乗っていたのであろう事を思い出した。しかし、メイファンはあっさりその事を否定する。


「大丈夫です!ユリウス坊ちゃんはひとりで帰れますから!ねぇ、そうですよね?ユリウス坊ちゃん!」

メイファンは、睨むような目で今日の仕事は終わりだとユリウスに言い放つ。そんなメイファンの言葉にユリウスは顔をしかめた。

ただ、これはひとりで帰れと言われた為ではなく、初対面の人の前で坊ちゃん呼ばわりされた事への感情だ。まぁ確かに、いい歳した男が知らない人の前で坊ちゃん呼ばわりされたら恥ずかしいだろう。だが、ユリウスはその事をぐっと飲み込んで大人の対応をしてきた。


「アルベール、どうだろう。場が必要なら俺の屋敷に来ないか?ちょっと遠いが馬車で飛ばせばそう時間は掛からない。それに俺も色々聞きたい事があるしな。」

「えっ、ユリウスさんの屋敷ですか?えーっ、あそこって王都の反対側でしょう?ちょっとと言うには遠過ぎませんか?」

アルベールは1週間ほど前に招かれたユリウス家のゲストハウスを思い出し、その距離からユリウスの提案を躊躇する。


「いや、ゲストハウスではない。この学校の近くにある僕の屋敷だ。馬車なら20分くらいのとこだ。」

ユリウスの言葉にアルベールは呆れる。そして、自分の屋敷まで持っているのかよっ!と心の中で突っ込んでいた。だが、そんなアルベールの感情を読み取ったのかユリウスは言葉を付け足した。


「まぁ、屋敷とは言っても俺が学校に通う為に借りているだけの小さな家だがな。でもお前の部屋よりは大きいはずだからマシなはずだ。なんだったら泊まってくれてもいい。部屋ならある。」

ユリウスの申し出にアルベールとシスター・デイトナはどうしようかと顔を見合わせたが、そこにメイファンが割り込んだ。


「お姉さまっ!今夜は是非とも私の部屋へおいで下さいっ!」

「そう?でも今夜はアルベールのところに泊まるつもりでしたし・・。」

「アルベール・ドレステンっ!あなたもいらっしゃいっ!」

メイファンは強い口調でアルベールへ命令する。これはもう断ったら血を見るなと思い、アルベールはため息混じりに承諾した。


「シスター・ミッシェル、折角なのでお誘いを受けましょう。と言うか、断ったら僕の命がないです。」

「えっ?ああっ、そうですか?まぁ、アルベールがそう言うなら私はかまわないのですが・・。」

シスター・デイトナはアルベールの物騒な言葉に少し戸惑ったようだが、それをアルベールの冗談まじりのお願いと受け取った。つまり、少し危ない例えを出してシスター・デイトナたちにユリウスの申し出を受けるように促がしたと思ったのだ。

まぁ、アルベールにしてみれば実際には言葉通りの懇願だったのだが、現在のメイファンを知らないシスター・デイトナにしてみればアルベールにとってメイファンがそのような立ち位置にいる事など思い描ける訳もなかった。


そして、シスター・デイトナの了解を得たユリウスは馬車の御者に合図し馬車を近くに寄せさせた。そしてアルベールに向かって馬車の前方を示しながら言った。


「あーっ、車内は4人乗りなんだ。すまんがお前は御者席に乗ってくれ。」

「あっ、はい。えーと、すいませんがこの荷物は後ろにくくり付けていいですか?」

アルベールは手に持った荷物を少し掲げてユリウスに聞く。


「ああっ、そうだな。ハインツっ!荷物を荷台に仕舞ってくれ。後、今日の会合はキャンセルする。真っ直ぐ屋敷に向かってくれ。」

ユリウスにハインツと呼ばれた御者は、かしこまりましたと言ってアルベールたちから荷物を受け取り馬車の荷台にくくり付け始めた。


「それじゃ、シスター・デイトナ・・でよろしいのですよね?」

「はい、挨拶が遅れましたが、私はアルベールがいた孤児院でシスターをしておりますミッシェル・デイトナと申します。こちらは同じくシスターのレベッカ・スカーレットです。」

「あっ、私はユリウス・ハーウェイです。えーと、あまり言いたくはないのですが、内務大臣グラディウス・ハーウェイの孫です。」

「まぁ、大臣のお孫さんですの。それは色々大変でしょうね。」

「はい、ですがあくまでそれは家系がそうであって私にはあまり関係ありません。」

ユリウスはアルベールの手前言いにくそうであったが、どうせいずれは話さなければならぬ事だと自分の出目もシスターに話した。そんなユリウスをメイファンが何故か叱る。


「ユリウス坊ちゃん、お姉さまは親の威光で人をどうこう判断などしません。もっと堂々と挨拶なさいっ!」

「うるさいっ!お前こそ、人前で坊ちゃんって言うなっ!」

メイファンがユリウスを坊ちゃん呼ばわりするのは学生たちの間には既に知られている事なので、校内ではユリウスもそれ程気にしていない素振りで振舞っているが、さすがに初対面の者の前で言われるのは抵抗があるようだった。だが、メイファンはそんなユリウスの事など気にする様子もなくシスター・デイトナを馬車へと促がした。


「ユリウス坊ちゃん、そんな事よりも馬車の準備が整ったみたいなので戻りましょう。さぁ、お姉さま、お乗りになってください。あっ、そちらのシスターもどうぞ。」

「そうですか・・。ですがメイファン、ミスターハーウェイが先にお乗りになった方が・・。」

「いいえ、お姉さま。お姉さまはお客様なのですから先にお乗り下さい。アルベール!あなたもぼけっとしてないで早く乗りなさい!」

もはやメイファンの中ではシスター・デイトナを早く馬車に乗せて屋敷に戻り、ゆっくりと再会の喜びを噛み締めたいという思いでいっぱいのようであった。その様子を見てアルベールとユリウスは諦め顔で大人しくメイファンの指示に従った。


だがここでひとつ問題が起こる。アルベールは昔のトラウマから、ちょっと馬が苦手である。なので馬車を牽引する馬からなるべく遠ざかるように御者席へ登った。だがアルベールが御者席に乗った途端、それまで大人しかった馬たちがそわそわし始めたのだ。これは多分、アルベールの馬に対する恐怖心が伝わってしまったのだろう。馬車の中とは違い、目の前に馬の姿が見える場所に座った事により、アルベールは意識する事無く体をすくませたのかもしれなかった。

ただ、そのような事を知らない御者は、どうしたんだと馬たちに声を掛けながら宥める。しかし、馬たちの動揺は中々収まらなかった。その様子をメイファンが馬車の中から御者に注意する。


「どうしたのハインツっ!早く出しなさいっ!」

「はい、すいません!何故か馬たちが動揺してしまって・・、少しお待ち下さい。」

メイファンに叱責された御者は焦って応えつつも馬たちを宥める。しかし、馬たちの動揺は収まらない。アルベールもそんな馬たちを間近で見てますます緊張した。その緊張がまた馬たちに伝わり馬の動揺はますます激しくなる。

そう、アルベールと馬たちはお互いの感情が互いに増幅しあう、まさに負のスパイラル状態に陥ってしまったのだった。


その時である。メイファンから馬たちに向けてなにやら鋭い『気』が飛んだ。その『気』をまともに受けた馬たちは、一瞬ぶるっと震えるが、次の瞬間には何故か大人しくなった。


「おっ、やっと落ち着いたな。何だったんだ、本当に。ほいっ、行くぞ。しゃんしゃんと走れよ。」

御者はそう言うと馬たちに走り出すよう手綱を送った。そして、隣にいるアルベールへ声を掛ける。


「ちょっと飛ばすからな。あんちゃんも振り落とされ・・。あれ?おいっ、あんちゃん!大丈夫か?」

御者の隣には、メイファンが馬たちに放った『気』の巻き添えを喰らったアルベールがひっくり返っていた。これに関してはさすがはメイファンと言うべきか。目的の為には加減や巻き添えなど気にしないらしい。

だが、アルベールが気を失った事により、アルベールからの恐怖心が馬たちに伝わらなくなり、馬車はユリウスの屋敷に向けて颯爽と走り出したのであった。

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