嬉しい訪問者
暦も月が替わり、長く続いた残暑も漸く勢いをなくし秋の気配が漂い始めた10月初め。正午を伝える教会の鐘の音を遠くに聞きながら、1輌の馬車が王立イーストリバー魔法学校の正門前に停まった。そして御者が馬車の中にいる人に声を掛ける。馬車を降りて扉を開かないところを見ると、もしかしたら中にいるのは客ではないのかも知れない。
「ほいっ、お嬢さん方。ここが王立イーストリバー魔法学校だよ。」
「まぁ、ここがそうなんですの?でも門はあってもそれらしい建物が見当たらないんですけど?」
「はははっ、そりゃそうだ。ここは広いからねえ。大体4キロ四方はあるかな。でも受付はこの門からちょっと入ったところにあるから詳しい事はそこで聞くがいいよ。悪いけど予約が入っているから俺は一緒に行ってやれねぇ。すまんね。」
「いえ、無理を言って申し訳ありませんでした。お代はおいくらですか?」
「いや、いいって、いいって。こっちのお客を迎えに来るついでだったんだから気にしないでくれ。それじゃな。その坊主にすぐ会えるといいな。」
「はい、ありがとうございます。あなたに神のご加護のあらん事を。」
御者は馬車を降りた女性から祝福を受けると馬に鞭を当て去っていった。そんな後姿を見ながら片方の女性がもう一方の女性に話掛ける。その足元には何やら大きな荷物が置かれていた。
「いや~、こっちの人たちって敬虔深いですねぇ。私は女ふたりだと侮って、どこか人目のないところに連れていかれて、いや~ん、ご無体な!って感じになるかと思ったんですけど。」
「シスター・スカーレット、あなたエロ小説の読み過ぎです。そんな訳ないでしょう。」
「そうですかぁ?私の元居た街じゃ、それが当たり前だったんですけどねぇ。でも、シスター・デイトナ。アルベールに連絡もしないで来ちゃいましたけど大丈夫ですかね?」
「んーっ、どうでしょう?まぁ、いざとなったらこの紹介状を受付に見せれば大丈夫でしょう。」
シスター・デイトナと呼ばれた女性は手に持った鞄の中から一通の封筒を取り出す。それには国家安全対策省の紋章が入っていた。
「おーっ、天下御免の国安からの身元証明書。いや~、それがあったからここまでフリーパスでしたね。」
「そうですね、旅の途中でのいざこざも、これを見せたら全部丸く収まりましたものね。ミスター・レンフレッドのご配慮には感謝しなくてはなりません。」
「いや、あれは全部シスター・デイトナが力ずくで片付けちゃったじゃないですか。そのお札が効力を発揮したのって、駆けつけてきた地元の警務官相手だけですよ?」
「主は、我らか弱き者たちをお守り下さっているのです。」
「いや、シスター・デイトナって全然か弱くないですよね?私たちが警務官に捕まったのだって、あの地元のチンピラたちをシスター・デイトナがコテンパにしちゃったからじゃないですか。」
「あれは、主が私に乗り移って悪を退治して下さったのです。でも、その事はシスター・ティアニアには内緒ですよ?」
「そりゃ、言ったりしませんよ。やぶ蛇になっちゃいますから。私まで一緒に叱られるのは真っ平です。」
「ううっ、やっぱり叱られるでしょうか・・。」
「やり過ぎなんですよ、シスター・デイトナは。」
「手加減はしたつもりなんですけど・・。」
「手加減って言うのは普通精々掠り傷程度に留める事を言うんです。シスター・デイトナのはぎりぎり死なない程度であって、手加減の範疇を超えています。」
「ううっ、ですが止めを刺さないのはなんか不安なんですもの・・。」
「戦場の常識を場末のチンピラ相手に持ち出さないで下さいよ。いや、チンピラ相手ならそれも有りか。まぁいいです。さっ、それじゃ行きますか。アルベールのやつ、ちゃんと勉強してるかなぁ。」
「そうですね、アルベールったら手紙も寄こさないんですから。会ったら少し叱らないといけませんね。」
「う~んっ、シスター・デイトナからのお仕置きか・・。アルベール、かわす腕が鈍っていなけりゃいいけど・・。」
ふたりは王立イーストリバー魔法学校の正門をくぐり、受付に向かいながら話し続けている。シスター・スカーレットの背には、あの大きな荷物が背負われていた。どうやら二人の関係上、その荷物を持つのはシスター・スカーレットの役目らしい。
そしてふたりの話の内容はあちこちに跳んではいるが、どうやらアルベールの様子を見に来たらしい。ウエストキャナルからイーストリバーまでは直線距離でおよそ千キロ。途中で山越えがあることもあり、馬車を乗り継いで来たとしても20日はかかったはずだ。アルベールの様子を見に来るだけとしては些か距離があり過ぎにも思える。いや、彼女たちにとってはそんな距離を走破しても会いに来るほど、アルベールの事を気にかけているのかも知れなかった。
さて、ここまでのふたりの会話で、彼女たちがアルベールのいた孤児院のシスターである事は理解して頂けたであろう。ただ呼び名がファミリーネームな為、このふたりが誰なのか判りにくくなっているのではないだろうか。そう、みなさんはもうお忘れかもしれないが、シスターたちはお互いをファミリーネームで呼ぶ。でも孤児院の子供たちは彼女たちをファーストネームで呼ぶので少し混乱したかも知れない。
因みにシスター・デイトナは子供たちからはシスター・ミッシェルと呼ばれている。シスター・スカーレットはシスター・レベッカだ。後、彼女たちの話に出ていたシスター・ティアニアとは孤児院の院長先生の事である。もうひとつ付け加えるならミスター・レンフレッドとは国家安全対策省のミハイル・レンフレッドのファミリーネームである。
あっ、因みに私はナレーターの『俺』です。魔剣総戦で少しお世話になりました。今後もたまにお仕事させて頂くと思いますのでお見知りおきを。それでは続きを始めましょう。
その後、受付にて用件を伝えたふたりは国安からの身元証明書を提示するまでもなく、すんなり学校の応接室へと通された。そして対応してくれた学校関係者から、もう直ぐ授業が終わるのでここで待つようにと伝えられる。その後、学校関係者はふたりにお茶を薦めると部屋を後にした。
そして、人目がなくなった事により少し緊張もほぐれたのであろう。シスター・スカーレットは部屋の中をきょろきよろ見渡しながら早速シスター・デイトナ相手にお喋りを再開する。
「いや~、だだっ広い学校ですねぇ、シスター・デイトナ。まさか、校内を馬車で移動するとは思いませんでしたよ。」
「そうですね、さすがは王立という事ですかね。」
「この部屋だって相当高そうな装飾ばかりじゃないですか。あの肖像画の額縁なんか、もしかしたら無垢の金なんじゃないですか?」
「それはないでしょうけど、このお茶のカップにしてもブラントモノなんでしょうね。」
「へぇ~、確かにこ洒落ているけどブランド品かぁ~。あっ、裏に名前が入っている。マインセン?あーっ、なんか名前だけは聞いた事があるような?」
「シスター・スカーレット、持って帰っちゃ駄目ですからね。」
「いや~、幾ら私でもそんな事しませんよ。大体ここでそんな事をしたらバレバレじゃないですか。」
「バレなきゃやりそうでしたので釘を刺したんです。」
「はははっ、さいですか。まぁ、シスター・ティアニアの元を20日も離れちゃうと気が緩んじゃうんでしょうね。帰りはちょっと気を張らなきゃ危ないな。」
「はぁ~、表裏をなくすという選択肢はないのですか・・。」
「えへっ、まぁ、染み付いちゃってますからね。それにまだ私は新米ですし。経験年数だけだったら前にいた愚連隊の方がまだ長いですもん。」
シスター・スカーレットは孤児院にいる4人のシスターの中では確かに一番新参だった。彼女は3年前に故郷のシブーヤと言う町で仲間と悶着を起こし、追われていたところを院長先生に助けられたのだ。そんな彼女だから気を抜くと今も昔の言葉使いが出てしまうのだろう。
そして、暫くシスター・デイトナとシスター・スカーレットがお茶を飲みながら他愛もない会話をしていると、廊下の方からこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。その足音が応接室の前で急停止する。するとノックもなしにいきなり応接室の扉が開き、アルベールが飛び込んで来た。そして、シスターたちの姿を見た途端、嬉しそうに話しかける。
「はぁ、はぁ・・っ、シスター・ミッシェルっ!お久しぶりですっ!どうしたんですか?孤児院になにかあったんですか!」
アルベールは相当急いで来たのだろう。かなり息が上がっている。そんな彼をシスター・デイトナが優しく窘めた。
「アルベール、廊下を走ってはいけません。お行儀が悪いですよ。」
「えっ?あっ、すいません。突然の事だったものですから。」
「いつ、如何なる時でもルールは尊重されなければなりません。状況によって破ってよいなどと言う事では悪意ある者たちに付け込む隙を与えてしまいますよ。」
「はい・・、以後気をつけます・・。」
再会を喜ぶ間もなく、シスター・デイトナに叱られてアルベールはしょんぼりとする。だがそんなアルベールにシスター・デイトナは優しく声をかけ手招きをした。
「さっ、反省したのならこちらに来てもっと良く顔を見せて下さい。」
その言葉にアルベールの顔がぱっと明るくなる。そして子犬のように一目散にシスター・デイトナの胸に飛び込んだ。
「まぁ、大きくなったというのにアルベールは甘えん坊のままですね。寂しかったのですか?」
「大丈夫です、シスター・ミッシェル。僕、がんばっていますから。でも、今は少しだけこのままでいさせて下さい。」
アルベールはシスター・デイトナの胸に顔を埋めながら感情が爆発しないように少し震えた声で訴えた。そんなアルベールの頭を抱きしめながらシスター・デイトナは小さな子を宥めるようにアルベールへ語りかける。
「そうですか・・、まぁいいでしょう。ここはウエストキャナルから遠くはなれた地ですものね。今まで孤児院から独立していった子たちでも、ここまで遠くに離れた子はいません。ですからあなたは小さい子たちの新たなお手本とならなければなりません。でもあまり気を張ってばかりいてはいけませんよ。距離は離れていても、シスター・ティアニアや私たちはいつもあなたの幸せを祈っているのですから。」
「はい・・、シスター・ミッシェル。ありがとうございます。」
アルベールはそう言いつつもシスター・デイトナの胸に顔を埋めて涙を堪える。そんなアルベールの頭をシスター・デイトナは優しく撫で続けた。
だが、そんなふたりを見て隣にいるシスター・スカーレットが少し不貞腐れた様子でアルベールにちゃちゃを入れてきた。
「なんだよ、アルベール。私には挨拶なしか?」
「えっ?あっ、シスター・レベッカもお久しぶりです。あーっ、まさか学校の備品をかっぱらっていないでしょうね?」
「誰がちょろまかすかっ!」
アルベールはソファに腰掛けるシスター・デイトナの膝の上で喉をごろごろさせながら、あれ?いたんですか?と言う風に隣にいるシスター・スカーレットへ返事をする。まぁ、多分これはふざけているのだろう。歳の近いふたりならではの気のおけないコミュニケーションなのかも知れない。
「はははっ、シスター・レベッカ。地が出てますよ。やっぱり院長先生の目が届かないと言葉が戻っちゃうんですか?」
「うっ・・、まぁ、気にするんじゃない。大丈夫、孤児院に戻ればちゃんと元に戻るから。・・戻るかな?」
「どうかなぁ、でもなんか昔を思い出しますね。あの頃、シスター・レベッカはいつも言葉使いが荒っぽいって院長先生に叱られていましたよ。」
「ふんっ、それを言うならお前だって同じようなものだったじゃんっ!」
「ははっ、そうでしたね。孤児院ではシスター・レベッカの言葉遣いって新鮮というか珍しかったですものね。だから、僕だけでなくみんなが真似ていました。しかも、行動もハチャメチャでしたから、いつもシスター・レベッカの悪巧みに巻き込まれて僕もよく廊下に座らされていたなぁ。」
「人のせいにするなぁっ!」
「はははっ、まっ、でもシスター・レベッカは僕らの中では魅力的なリーダーでしたよ。いや、親分って言った方がしっくりくるかな?」
「誰が親分だぁっ!」
なんとも駄目だめな昔話で盛り上がり始めたふたりを見ながら、それでもシスター・デイトナは静かに微笑んでいる。多分シスター・スカーレットがしんみりしているアルベールの気を晴らそうと、わざと話をそちらへ向けているのをシスター・デイトナは判っているのかも知れない。優しさとは人それぞれである。そんな優しさに包まれてアルベールは今幸せを実感しているのであった。
えー、長らく更新が止まっていましたがこの状態は来年まで続きます。はい、2022年の春から再開予定です。
とは言っても本当は書く気ないんでしょ?と言う疑い深い人対策に取り合えず1話だけ投稿しました。うんっ、まぁ、残りはいずれ・・。
いや~、コロナの流行でここまで経済が停滞するとは思ってもいませんでした。実生活が安定しないと創作も思うようにはいかないんですねぇ。




