嵐の前の暢気な日々
さて、ユリウス・ハーウェイからの魔法と剣術の総合戦闘の模擬試合の申し出をジャックが受けた事は忽ち生徒たちに広まり、月曜日から学校内は割れんばかりの熱狂に包まれた。う~んっ、『魔剣総戦』って試合に参加しない生徒にとってはすげー楽しい行事なんだろうね。僕もそっちの立ち位置にいたかったよ。
そんな中、朝のホームルーム前に前日の特訓で疲れ果て机につっぷしている僕に、隣の席のローリーがにこにこしながら話しかけてきた。
「おはよう、アルベール。あなた『魔剣総戦』に出場するんですってね!すごいわっ、応援するからね!」
「あーっ、どうも・・。がんばります・・。」
「もうっ、覇気がないわよっ!もっとしゃんとしていないとオッズが伸びないぞぉ。」
「へっ?オッズ?」
僕はローリーの口から出た何とも意味深な言葉に顔を上げる。なんだ、オッズって?
「あら、聞いてないの?『魔剣総戦』は賭けの対象でもあるのよ。どちらのチームが勝つかとか、誰が生き残るかとかをみんなで賭け合うの。まぁ、遊びなので賭ける金額は大したものじゃないんだけどね。」
う~んっ、賭け事は20歳になってからっていう決まりを知らんの・・、あっ、これは別の国のルールだった。ミクテグラ王国にはそんな規則なかったね。
「そうなんだ・・、もしかして勝てば僕にも配当が出るの?」
「あっ、それはないわ。賭けはあくまで参加しない生徒たちの遊びだから。でもこの賭けで動いたお金の一部は試合会場の補修なんかに回されるの。生徒自治会にもお金が入るから胴元の生徒自治会も本気よ。だからがんばって盛り上げてね。」
「生徒自治会?あーっ、そんなのもあるらしいね。しかも賭けの胴元なんだ・・。なんだかなぁ。」
僕はローリーの説明に少し呆れる。すごいな、ここの生徒たちは。そんな事まで自分たちでやっちゃうのか・・。でもどこかの国の大学生も似たような事をしていて警察沙汰になったって聞いたな。あれってどこの国だったっけ?
「まぁ、今回はこの学校を二分するジャックグループとユリウスグループの対決だから何もしなくても過去最高金額の売り上げが期待できるわ。もう、ユリウス様さまね。」
「なんかローリーはウキウキだね。」
「あら、言ってなかったっけ?私はクラス委員だから生徒自治会のメンバーなのよ。そしてなんと今回の『魔剣総戦』の監理委員に任命されました!」
「はははっ、そうなんだ。」
僕はローリーの言葉に軽く相槌を打つ。でも『魔剣総戦』監理委員ってなんなの?何だか僕の知らない事がぽんぽん出てくるな。
「魔剣総戦の管理委員っておいしいのよねぇ。履歴書にも箔が尽くし、お手当てもでるのよ。中には参加チームから接待までされちゃう場合もあるんだから!」
「へぇ、接待ねぇ。でもそんな事して参加チームにメリットがあるの?勝敗のギブアップ判定はあくまで自己申告なんだろう?」
「まぁね、でもほら、そこは政治家や商家の子供たちが多いから、なんとなくそうゆう事をしなくちゃいけないのかな、なんてゆう気持ちになるんでしょう。」
「はははっ、見よう見まねのごっこ遊びか。でも管理委員って何をやるんだい?場所の申請とか日時の取り決めとかはみんなジャックがやっていたよ?」
「うんっ、それらの事は当事者がやる事になっているの。管理委員会はあくまで参加しない生徒側をまとめるだけ。主な仕事は『魔剣総戦』の告知と環境整備かな。会場の観客席の設置や仮設トイレの準備なんかも管理委員会の仕事です。当日は外部からの出店もあるからそれらの対応もあるわ。」
「はははっ、まさにお祭りの実行委員なんだね。」
「まぁね、でも『魔剣総戦』を盛り上げるのは管理委員会の腕次第よ。例え、どんなにしょぼい組み合わせでも、煽って生徒たちに興味をもたせ楽しませるのが管理委員会の役目なんだから。でも、そうゆう意味では今回は楽よねぇ。今回くらいの組み合わせはちょっとないもの。何もしなくても委員会はがっぽがぽだわ。うんっ、いい時に生徒自治会員になっちゃった。ありがとうね、アルベール。」
「はははっ、そりゃどうも。がんばって稼いで下さい。あっ、なんだったら明日のお昼は僕が奢ろうか?たまには僕も学校の外で食事をしてみたいから。」
「あら、上手ね。さっそく接待ですか?しょうがないなぁ、本当は都心の高級レストラン辺りが嬉しいけど、盟友たるアルベールの懐具合を察するに近場で我慢してあげましょう。でもおいしい店があるの。明日はそこに行きましょう。」
「節約ばかりしていては心が荒んじゃうからね。よーしっ!明日は一張羅を着て誘っちゃうぞ!」
「あはは、期待しているわ。なら私もちょっとお洒落してこなくちゃね。」
「おっ、張り合う気だな?よーし、なら僕は白馬を引いてエスコートしちゃうぞ。」
「アルベール、それじゃただの先導よ。もしかしてアルベールって馬に乗れないの?」
「うっ、墓穴を掘ってしまった。いいんだよ!庶民は馬なんか乗れなくたって恥ずかしくないんだっ!」
「あはははっ、千キロジャンパーでも馬は苦手なんだ。」
うんっ、実は僕は馬が苦手です。馬車なんかに繋がれている馬にもあんまり近付きたくない。それは小さい頃の経験が尾を引いているのだろう。
そう、あれは僕がまだ小さい頃の話だ。当時、孤児院には1頭の馬がいた。これは別に農耕用ではない。孤児院の畑はそんなに大きくはないからね。だからこの馬は子供たちの情操教育と遊びの相手としてシスター・モニカが近隣の農家から譲り受けたものだ。その馬は年寄りで農耕には使えなくなったので本来なら食肉として捌かれるところを孤児院が引き取ったのである。
老いたとは言え馬1頭は農家にとって結構な資産である。でもその農家の主は長年一緒に働いてくれた老馬を、慣例とは言え肉にするのに躊躇いがあったのかも知れない。その事をシスター・モニカが察して孤児院への寄付という形で引き取ったのだ。
そんな馬が孤児院へやって来た。当時の僕らは大喜びである。みんなで手分けして世話をしたものだ。老馬もそんな僕らに大人しく世話をされる。まっ、ここら辺は農家の飼い馬だったからね。人には慣れていたんだろう。だけどある日事件が起きる。
その日、僕はあんまりにも大人しい老馬にいたずら心が湧き出した。なんと、木の下で大人しく草を食んでいた老馬の背中に木の上から飛び降りたのだ。うんっ、今から思えば本当に馬鹿だね。でもあの頃はまだ小さかったからなぁ。あんまり相手の事を気にかけられなかったのよ。ましてや相手は自分の何倍も大きな馬だったからね。物語の中の騎士のように颯爽と風を切って走ってくれるもんだと思っていたんだ。
当時の僕はまだ小さかったから体重はそれほど重くない。だが、突然背中に何か得体の知れないものに飛び乗られた老馬は驚いたのだろう。いきなり僕を乗せたまま走り出したのだ。僕はそんな状況に振り落とされまいと馬のたてがみを力いっぱい掴む。その事が老馬のパニックをさらに誘発する。老馬は背中に乗っている僕を振り払おうと大きく前足立ちになり、その勢いのまま僕を前方へと放り出した。僕は大きく弧を描いて無様に地面に叩きつけられる。
その後、孤児院裏の牧場で泣きじゃくっている僕のところへ院長先生たちが慌てふためいて駆け寄ってきて、僕を優しく抱きしめてくれた。まぁ、後で泣いている理由が判ったら思いっきり怒られたけどね。
以来、僕は馬が苦手になった。その事は馬にも伝わるのだろう。あれ以降、どんな馬もびくびくしている僕に反応して僕を警戒するようになったのだ。まさに負のスパイラルである。でもまぁ、今では僕も大人になったからね。さすがにもう震えたりはしないよ?今では必要があれば触る事だって出来るもの。でも乗るのは勘弁だなぁ。しかし、なんだね。川といい馬といい、小さい頃の僕ってやたらとトラウマの原因を作り出しているな。すごいぞ、小さい時の僕!何が嬉しくてそんな無茶ばかりしたんだ?
そんな昔話をローリーに話すと、彼女は先程までとはうって変わって真剣な顔になり僕の手を取りこう呟いた。
「アルベール・ドレステンに神のご加護のあらん事を。願わくば神のご慈悲により、この者に更なる勇気をお与え下さい。この者は人の痛みを知る者です。弱き者へ寄り添い導く強き者。試練はこの者をさらに強くするでしょう。ですが、この者は神のしもべではありますが、まだ若き未熟者です。なにとぞ過酷な苦難をお与えにならぬようお願い申し上げます。」
彼女は僕の手を額にあて、ひたすら祈り続けた。そんな彼女に僕は何故か何も言えなかった。そしてただただ祈り続ける彼女の手の暖かさを安らかな気持ちで感じていた。
でもローリー。気持ちはありがたいけど、なんかこれって死亡フラグなんじゃないの?もしかして僕死ぬの?相手はあのメイファンだから冗談だって笑い飛ばせないんですけど・・。
さて、そんな事があったが今はもう放課後である。今日も僕はうな垂れながらもジャックたちが借りた魔法試験場へと向かう。背後からはローリーの「がんばってねぇ~。」との声が聞こえてくる。ううっ、がんばりたくないです・・。仮病を使っちゃ駄目ですか?あっ、なんだか本当に腹が痛くなってきたよ。う~んっ、心なしか熱も出てきた気がする。ほら、体温計の目盛りも36.5度を指している・・。ちっ、平熱かよっ!壊れているんじゃないのか、この体温計っ!
そんなこんなで、その後も放課後の特訓は続いた。いや、あれは傍から見たら訓練と言う名を借りたイジメと映るんじゃないかな。なんで僕だけ標的役なんだろう・・。カムヒア教育委員会っ!ちったぁ、現場に出て仕事しろよっ!事が発覚してから頭を下げるなんて誰でもできるんだからなっ!・・でも教育委員会ってなんだろう?そんな組織、この国にあったかな?




